117 次なる一手は混迷の西へ! 揺らぐ信頼と、王女の戦線同行宣言
あれから2ヶ月の月日が流れた。
期限を厳守させた元ヒダ王国の領地平定、そしてロジーナ率いる軍勢による元エマ王国の完全制圧。その全てが完了し、名実ともに全ての領土がアレス王国のものとなった。
これに伴い、レンは全領主を王都へ集めて『新生アレス王国』の発足を堂々と宣言。同時に、レンとヘレナの盛大な結婚式、ならびにレンとリリスの婚約発表も無事に執り行われた。
一連の国を挙げた大祭典が終わり、王都は活気ある、しかし落ち着いたいつもの日常を取り戻しつつあった。
「ヒダとエマの制圧を完全に見届けた上での、あの『新生アレス王国宣言』。本当にカッコよかったわよ、レン」
「そうかな……? いや、そんなことないって」
いつもの国王執務室。書類に目を落としながらヘレナに真っ直ぐ褒められ、レンは耳まで赤くして照れくさそうに顔を背けた。
今日も今日とて、机には山積みの書類。それをこなすレンとヘレナ、そして傍らにはリリスの姿がある。
「だって、王国中の全領主たちを無理やり王都に集合させたのよ? あの賑やかさの中で堂々と演説する姿は、まさに一国の王だったわ」
「まさかあのタイミングで、結婚式と婚約発表まで同時にねじ込まれるとは思わなかったよ。あんなに派手で視線が集まる行事は恥ずかしくて、二度とごめんだな」
「あら、旦那様。私との本番の結婚式の時は、さらに我がミノス王国の有力貴族たちも大勢お呼びいたしますわよ?」
「うへぇ……」
リリスの容赦ない追撃に、レンは机に突っ伏して呻き声をあげる。
「ふふふ、そんなに嫌そうな顔をしないでくださいな。では、招待する貴族はこちらで厳選して、少しでも規模を絞りましょうか」
「ああ、そうしてもらえると本当に助かるよ。結婚式の差配はリリスに一任してるから、僕は口出ししないつもりだけどね」
そんな二人のやり取りを見届けてから、ヘレナがふと、ペンを置いて窓の外の穏やかな街並みに目を向けた。
「……こうして並んで仕事をしてると、結婚したからって、驚くほど日常は変わらないものね」
「そうだね」
レンは顔を上げ、ヘレナの問いに穏やかに微笑む。
「まあ、幸せなんてものは、後から『ああ、あの頃は幸せだったなぁ』って振り返って初めて実感するものらしいからね。今こうして、以前と何一つ変わらない平穏な生活を送れていること自体が、一番の幸せなのかもしれないよ」
「あ、勘違いしないでね? 別に今の生活が嫌だって言ってるわけじゃないのよ。私は今、充分すぎるほど幸せ。ただ、結婚したら何か世界がガラリと変わるのかなって漠然と思ってたから、案外普通なんだなーって、それだけよ」
「あらヘレナ。そんなことはなくてよ? ……『夜の日常』に関しては、ずいぶんと劇的な変化があったんじゃないかしら?」
悪戯っぽく微笑むリリスの発言に、ヘレナの顔が一瞬で真っ赤に沸騰した。
「り、リリス! その話はここでしないでって言ってるでしょ! どこで誰が聞いてるか分からないんだから!」
「というかヘレナ、あそこの控室の影で、プリシラとオリビアとロジーナがしっかり聞き耳を立ててるぞ」
レンが執務室のドアの隙間を指差すと、案の定、そこからコソコソと気配が遠ざかる音が聞こえた。
「ふふふ、聞かせてあげても良いのですけれどね。……まあ、恥ずかしがり屋の旦那様をからかうのはこのくらいにして。そろそろ我が国の、今後の明確な目標と行動指針を決めておいた方が良いと思いますわ」
リリスが表情を引き締め、本題を切り出す。レンも真剣な目つきになり、顎に手を当てた。
「そうだなぁ。当初は次にミノス王国をどうにかするつもりだったが、リリスと婚約した以上、当面は不戦同盟の方向だ。となると、東にある騎馬民族の『カイル王国』と、エマの北にある軍神をいただく『エチラル王国』だけど……。あの二国は長年争い続けているとはいえ、どちらも個々の軍事力が強大すぎる。今のアレス王国じゃ、まだ正面から対抗出来るとは思えない」
「では、西のカガーラ教国は? あそこは宗教国家ですから、迂闊に手を出すと泥沼の聖戦になって面倒極まりない。だからこそレンは、南の我がミノス王国に手を伸ばす計画だったのでしょう?」
「その通り。アレスもミノスも海に面していない内陸国だから、本当ならミノスのさらに南にある国を制圧して、海への出口を確保したい。だけど――」
「……『六天魔王』が支配する、オワリル王国ですよねぇ」
「そうなんだよ。あの化け物地帯に突っ込むのは流石に自殺行為だ。ミノスの北は我がアレス、南は六天魔王、東は騎馬民族……。となると、残された進路は、大きな湖があるという西の『オミラン王国』しかないよな」
「想定通りですわ。六天魔王の脅威は、これまで通り我がミノス王国が南の防波堤となって食い止めます。その隙に、レンは西のオミラン王国へ進出する。これしかありません」
「うん……そうだね……」
リリスの完璧な情勢分析に同意しつつも、レンの歯切れはどこか悪かった。
「……どうかなさいました? 何か心配事でもおありかしら?」
「いや、それは……」
言い淀むレンに代わって、ヘレナが呆れたようにため息をつき、ずばりと核心を突いた。
「要するにレンは、ミノス王国が本当に裏切らないか心配なのよね。もし西の国を全力で攻めている最中に、後ろからミノス王国に挟撃でもされたら、アレス軍には退路がなくなるもの。レン、もうリリスは身内なんだから、そういう懸念ははっきり言いなさいよ」
ヘレナの遠慮のない言葉に、リリスは一瞬ハッとした表情を見せたが、すぐに納得したように深く頷いた。
「なるほど……。まだ正式な婚姻前ですし、国同士の信頼としては、そこまで強固ではないと見られても仕方ありませんわね。今回の婚約発表の時も、我が国からは国王と重臣が数名形ばかりに参列しただけですし……。よろしいですわ、ならば次の西征には、私も同行いたします」
「えっ!? ちょっと待ちなさいよ。そりゃあミノス王国の王女が軍に同行してれば、後ろから撃たれる心配はないでしょうけど……リリス、貴女は戦えないでしょ? 戦場じゃ完全に足手まといよ!」
ヘレナが慌ててリリスの参戦に反対の声をあげる。しかし、リリスは余裕の笑みを崩さない。
「大丈夫ですわ。ツヴェルフが私を完璧に守ってくれますもの。ねえ、ツヴェルフ?」
デスクの足元で丸くなっていた白い魔獣が、顔を上げて短く吠えた。
「わんわん!」(任せてワン!)
「それに、ほら。あそこにいるロジーナだって守ってくれるでしょう?」
いつの間にか控室のドアから顔だけ覗かせていたロジーナが、満面の笑みで親指を立てる。
「守るよー! リリスちゃんには美味しいお菓子もらう約束してるからねー!」
「……それに何より。そもそもレンだって、純粋な戦闘力だけで言えば、決して高い方ではないのではなくて?」
リリスからの思わぬ流れ弾に、レンは胸を派手に撃ち抜かれた。
「うっ……! そ、それなりには戦える、と思う、かな……?」
自信なさげに助けを求めるように、部屋の隅に寝そべっていたアハトとノインに視線を送るレン。しかし――。
「ガフガフ」(主殿の戦闘力は低いワン)
「ウォン」(他の魔王や軍神に比べたら圧倒的に弱いワン)
「お、お前たちまでそんな容赦ない判定を……っ!」
愛犬(魔獣)たちにまでバッサリと切り捨てられ、レンはアハトとノインを恨めしそうに軽く睨みつけるのだった。
かくして、新生アレス王国の次なる目標は西のオミラン王国に決定し、なぜか王女リリスを伴う形での遠征準備が、賑やかに、そして着実に幕を開ける。




