113 王座の揺らぎと密やかな誘惑! 傾国の王女が持ち込む、甘美なる「政略」の罠
レンの執務室には、テーブルを挟んで重厚なソファーが配置されていた。レンは一人がけのソファーに鎮座し、対面には3人がけのソファー。そこにヘレナとランドルフが並んで座る。
最後に入室したリリスは、レンの隣、つまり直角に配置された一人がけのソファーに優雅に腰を下ろした。
(……ふぅ。正面じゃなくて助かった。胸元があまりに過激な服だから、真正面だと視線のやり場に困って自滅するところだった)
レンは拳を硬く握りしめ、自分を律するように心の中で強く言い聞かせた。
(ついつい目がいってしまうのは男の性。だが、国王としての品位を保つんだ。……よし、大丈夫だ)
ポメラニアン風のコボルト・ポメとチワワ風のコボルト・チワが、手際よくヘレナたちへ紅茶をサーブし、続いてトイプードル風のコボルト・トイがレンに甘い香りのクッキーとおかわりを運んでくる。
ヘレナとランドルフは静かにその様子を見守っていたが、リリスだけはコボルトたちを慈しむような、とろけそうな瞳で見つめていた。
レンは紅茶で喉を湿らせ、湯気を立てるカップを置いて静かに口を開いた。
「……リリス。単刀直入に聞く。先ほど言っていた『重要な話』って何だ?」
「ええ、結婚のお話よ」
「……結婚? 誰の?」
「レン。貴方と……」
「へ? 俺?」
「――ヘレナとの結婚よ」
ヘレナはパッと顔を真っ赤に染め上げ、恥ずかしさのあまり俯いてしまった。横に座るランドルフは、まるで孫の結婚を祝うかのようなニヤニヤとした笑みを浮かべている。
(ああ、なるほど。まあ、ヘレナとはいずれ……とは前々から思っていたからな。これは驚きではない)
「お、おう……そうか。分かった」
「――そして、わ・た・し。ふふ」
リリスは長い睫毛を伏せ、官能的な唇で艶やかな笑みを浮かべた。
「へぇ……? ……って、ええっ!?」
レンは思わず椅子から転げ落ちそうになる。なぜミノス王国の王女であるリリスが、自分との結婚相手に含まれているのか。意味が理解できない。
「まあ、所謂政略結婚なのです。まずは、これをお読み遊ばせ」
リリスが優雅な所作で差し出したのは、ミノス王国国王の国印が押された正式な親書だった。
内容は建国と近隣二大国の打倒に対する最大限の祝辞、それに伴う莫大な祝儀目録。そして、大陸の均衡を保つためという大義名分を掲げた「同盟の締結」、その一環としてリリスを嫁がせるという「婚約の打診」が記されていた。
(ミノス王国の国王、もう戦勝の報を認識しているのか。情報収集が速すぎる……。これは、単なる親善の申し出ではないな)
レンは警戒心を隠さずリリスを見るが、彼女は終始落ち着いた様子で、澄ました顔を崩さない。
「リリスと婚約ねぇ……。俺はヘレナといずれ結婚するつもりだった。ヘレナとの縁談には否はない。……だが、俺は二人を同時に妻にするような器じゃない。ヘレナだって、そんなの複雑だろう?」
レンの言葉に、ヘレナは嬉しさを隠しきれない顔をしたが、すぐに真面目な王の側近としての顔に戻り、毅然と答えた。
「レン、私を選んでくれるなんて……本当に嬉しいわ。でもね、レンは今や『国王』なのよ。複数の妻を持つことは珍しくないし、後継者のことを考えれば、寧ろ複数の妃がいるべき立場なの。貴方の正妻である私が、それを否定する理由なんてないわ」
「そうは言ってもなぁ……」
(リリスに不足なんてない。むしろ傾国の美女だ。だけど、そういう条件だけで決める話でもないだろう)
レンが困惑しながらちらりと横を見ると、リリスは妖艶な笑みを浮かべたまま、わざとらしく前屈みになってレンに話しかけてきた。
「そう言うこと全てを含めての婚約ですわよ。レン様。結婚までに時間はたっぷりあります。ゆっくりと、時間をかけて私を見定めてくだされば宜しくてよ」
リリスの胸元が、ふわりと大きく開く。
(うわぁ……! 前屈みになるのは反則だ! 服の隙間から、ふくよかで官能的な胸が見える……。あかん、男の性だ、見ないようにするなんて無理だぞ!)
レンは心の中で苦しい言い訳を並べ、それでもリリスの瞳へと視線を戻そうと必死にもがく。
しかし、リリスはすべてを見透かしたような笑みを浮かべたままだ。彼女の眼差しは「どうぞ、お好きなだけ見て頂いて構いませんわ」と言っているようで、レンの理性を優しく、しかし確実に蝕んでいくのだった。




