112 凱旋と傾国の囁き! 妖艶なる王女リリスの再来と、静まり返る本陣の怪
二つの王国に致命的な打撃を与え、大陸の勢力図を完全に塗り替えたレンたちは、新たな拠点となる元ヒダ王国の王都へと帰還した。
ここはすでにアレス王国の「新王都」となることが内定しており、城門では、留守を預かっていた内政官のヘレナや、元最高幹部のアドバイザーであるランドルフをはじめとする重臣たちが、威風堂々たる様子でレンたちを出迎えた。
「ロバート、ご苦労様。――南のヨリツナ軍は完全に叩いたのか? ヨリツナ本人はどうなった?」
レンは馬を降りると、真っ先に前線から戻っていたアレス王国の将軍・ロバートへ歩み寄った。
元ヒダ王国の広大な領地を統治する上で、最大の障害となるのは旧王族の血筋だ。その中でも、王位継承順位1位であり、なおかつ戦術兵器並みの高スキルを誇るヨリツナの存在は、生かしておけば必ず後に大きな禍根を残す。
「心配は要りません、レン様。プロフェッサーの残していったレッサーワイバーン隊の空爆のおかげで、敵の陣形を問題なく撃破しました。ヨリツナ本人もなかなかしぶとく苦労させられましたが……この私が、確実に討ち取ったことを見届けております」
「そうか、本当にご苦労様。……これでようやく、憂い無くこの国の統治に専念できるな」
ロバートの頼もしい報告に、レンは深く安堵の息を吐いた。ロバートはかつてAランク冒険者として名を馳せ、片足を失ってからは解体士としてギルドで燻っていた男だ。フェルダーの師匠でもあり、その確かな武腕と統率力はアレス王国でも屈指の信頼を得ていた。
「レン様、お帰りなさいませ♪」
軍事的な確認を終えた直後、華やかな香水の香りと共に、リリスが優雅な足取りで前に出てきた。
「……リリス? 何故君がここにいるんだ? 確か、自分の国(ミノス王国)に帰ったんじゃなかったっけ」
「ええ、一度は帰国いたしましたわ。……そして、すぐに戻ってまいりましたの」
リリスは、超大型犬であるセントバーナード風のコボルト・ツヴェルフ(12)を従え、これ見よがしに胸元が大きく開いたセクシーなドレスを揺らした。ふくよかで形の良い胸をピンと張って出迎える彼女の姿に、レンの視線は無意識のうちに吸い寄せられてしまう。
(あ、やべっ……!)
男の性として、美しく妖艶な女性の肢体に目を奪われるのは仕方のないこととはいえ、これを正妻ポジションのヘレナに見つかったら、後でどんなお説教(あるいは冷たい視線)が待っているか分かったものではない。レンは慌ててヘレナの方へと視線を走らせた。
しかし、ヘレナは何故か不自然なほど俯いており、レンと目を合わせようとしない。
(……? 怒ってないのか? ひとまずホッとしたけど……気をつけなきゃな)
レンは心の中で冷や汗を拭った。
隣国ミノス王国の王女であるリリスは、誰もが認める絶世の美女だ。噂では「妖艶で聡明」と称えられているが、これまでのレンから見た彼女は、コボルトを見るたびに「モフモフ! はぁはぁ!」と理性を失って追いかけ回す、ただの残念なポンコツお姉さんでしかなかった。
だが、今日の彼女は明らかに雰囲気が違っていた。いつもなら真っ先にコボルトへ突撃するはずの彼女が、妙に落ち着き払った大人の余裕を醸し出している。なるほど、大人しくしていれば確かに「聡明な傾国の美女」に見えなくもない。
「あら、どうしたのかしら……? そんなにじっと私を見つめて。ふふ、私に見惚れてしまったのね?」
リリスはふわりとレンの懐へ滑り込むように距離を詰めると、その豊かな果実のような身体を密着させた。そして、レンの耳元にそっと熱い息を吹きかけるように、吐息混じりの妖しい声で囁く。
「ッ……!?」
背筋にゾクゾクとした衝動が走り、レンは思わず跳び退きそうになりながら再びヘレナを見た。いつもなら「リリス様、陛下に対して不敬ですよ!」と割って入るはずのヘレナが、何故か今日に限っては、大人しくジッとその光景を見つめているだけなのだ。その静けさが、逆に不気味で仕方がない。
「長旅でお疲れでしょうから、詳しいお話は後ほどお部屋で伺うわ。……とても、重要な『お話』がありますの」
リリスは唇の端を吊り上げ、エロティックな笑みを浮かべた。その隙間から、特徴的なスプリットタン(割れた舌)がチョロリと覗く。長い睫毛の奥にある淫らで妖艶な瞳が、レンの理性をちりちりと刺激してくる。
ゴクリ、と無意識に唾を飲み込むレン。
(流石はミノス王国の秘密兵器……傾国の美女と言われるだけはある。絶対に流されちゃダメだ、気を引き締めないと……!)
王の休息と、静かなる訪問者
凱旋セレモニーを終え、ようやく解放されたレンは、城の自室にあるふかふかのソファーに深く腰掛けて寛いでいた。ソファーの背後では、ワイマラナーのアハトとボルゾイのノインが、マチェットに手をかけながら隙のない構えで護衛を務めている。
テーブルの上には、ポメラニアン風の小型コボルト・ポメが一生懸命に煎れてくれた淹れたての紅茶と、お茶請けのクッキーが綺麗に並べられていた。
「アハト、クッキー食べる?」
レンが、背後で鼻をフンスフンスと鳴らしているアハトに尋ねる。
「ガフガフ(食べるワン! マスターがくれるなら喜んでいただくワン!)」
「はい、あ〜んして」
「ガファー(あ〜んだワン!)」
レンが手首をスナップさせてクッキーを放り投げると、アハトは器用に空中で「ぱくんっ!」とキャッチして、美味そうにサクサクと音を立てて食べ始めた。
「ノインも食べる?」
「ウォンウォン(……私は現在、マスターの護衛任務中だワン。任務が終わるまで職務を全うするワン)」
「相変わらずノインは堅いねぇ。ちょっとくらい息抜きすればいいのに」
レンが苦笑しながら紅茶に手を伸ばした、その時。
「わんわんわんわん(マスター、失礼いたしますワン。ヘレナ様、ランドルフ様、そしてリリス様が、陛下にお目通りを求めてお見えだワン)」
扉の隙間から、柴犬風のコボルト・シバが、落ち着いた、それでいてよく通る小声でレンに告げた。
(ヘレナとリリスが一緒……? それに、引退気味のランドルフさんまでわざわざ揃って来るなんて。一体何の話だろう。さっきリリスが言っていた『重要な話』って、これのことか?)
レンは背筋を正し、ソファーの上で服の乱れを整えると、シバに向けて静かに頷いた。
「――入室を許可する。通してくれ」
「わんわん(畏まりましたワン。お通しするワン)」
シバが丁寧に一礼し、重厚な扉を静かに開き始めた。緊張感を孕んだ空気と共に、アレス王国の未来を左右する奇妙な3人の影が、レンの部屋へと足を踏み入れてくるのだった。




