109 終わりの幕引きと新しき地平! 降り注ぐ血雨の果てに、ただ穏やかな風が吹く
「……儂は見誤っていたようだ。レン、貴殿にこれほどの才覚があるとは露知らず。思えば、あの辺境の村で貴殿が上げた功績を確認した時、他人任せにせず……自分の目で、その評価を確認すべきだったな」
国王は静かに、自らの過ちを認めるような苦笑いを浮かべた。
「ああ。もしあの時、あなたが正しく評価をしてくれていたら、俺もここまで血の道を歩む必要は無かったかもしれない。今頃、ヒダとアレスが協力し、そのまま勢いでエマを飲み込んでいたことだろうよ」
「ははは……否定できぬな。その通りかもしれぬ。あのコジマ公爵が生きていれば……彼が背後を固め、この優秀なコボルトの騎士たちと共にあれば、エマなど一捻りだったか」
「陛下、何を仰るのですか! コボルトですよ? しかも、あのレン如きに頭を下げるなど……っ! ひぃっ!?」
側近の1人がヒステリックに叫んだが、国王はその言葉を遮るように、殺気を孕んだ眼光で側近を射抜いた。
「黙れ!」
「……なるほど、ここに居る者共はレンの配下にはなれんか。今更、かつて見下していたレンを国王として認め、忠誠を誓うことはできんだろう。……好きにするが良い」
「陛下、な、何を仰るのですか……!」
先ほど国王に殴り倒された側近が、頬を腫らしながら信じられないという目で主君を見上げた。
「儂は判断を誤り、この王国を崩壊させた責任を取ろう。……レンの隣りに居るその騎士、かなりの凄腕のようだな。私の介錯、果たせるか?」
国王は、もはやコボルトを「犬」と侮ることなど微塵もなく、同格の武人としてアハトに問いかけた。
「ガフガフ(……御意。王の最期、このアハトが責任を持って見届けるワン)」
自信に満ちたアハトの態度を肯定と受け取った国王は、ゆっくりと至宝の剣を鞘から抜いた。
「ひと息に、頼むぞ」
そう呟き、国王は自らの腹部に冷徹なまでに深く、迷いなく剣を突き立てた。
その瞬間、アハトは雷光のような速さで国王の懐へ踏み込み、そのマチェットで一切の迷いなく国王の首を刎ね落とした。
レンはその様子を、どこか遠い世界の出来事のように、まるでテレビ画面でも見ているかのようにぼーっと眺めていた。
「陛下ああああああッ!!!」
側近たちの泣き叫ぶ声が、戦場に悲しく響き渡る。
「……さて。国王は逝った。あんたらは、俺に忠誠を誓えないんだろう?」
「レン、貴様ァ……! よくも国王陛下をッ!」
涙で滲んだ目でレンを睨みつける側近たち。
「どうやら国王の言葉通りだな。昔、俺を虐げていたお前たちが、今さら俺に忠誠を誓うことなど不可能か。……――殺れ」
国王の首を落としたアハトは、気配を殺したまま次なる獲物を狙う。レンの命と同時に、アハトの刃が側近たちの首筋や心臓を、一撃で、確実に仕留めていく。
「バウバウッ(殺れッ、一人も残すなワン!)」
フンフの号令で、背後に控えていた槍隊が一斉に突撃。完璧な「槍衾」が、逃げ惑う側近たちの胸を等間隔で貫いた。
「せめて……一太刀ィィィッ!」
槍の壁を越えて、捨て身でレンの首を狙おうとする側近。しかし、その刃がレンの髪に触れることさえ叶わない。目の前に立ち塞がったノインが、一閃。それを鮮やかに斬り払い、ロジーナがトドメの刺突を心臓に打ち込んだ。
レンは、目の前で次々と絶命していく側近たちを、目を逸らすことなく見続けた。かつて幼い自分を虐げていた者たちが、血溜まりの中に沈んでいく様を。
(……けして、良い気分じゃないな。「ざまぁみろ」とか、爽快感があると思ったんだが、全くそんなことはない。むしろ、重い……。だが、これも俺が引き起こした責任だ。目を逸らさず、事実を見届けることこそ、王の務めなんだろうな)
「……終わったか。後始末を頼む」
レンはフンフに淡々と声をかけると、手元の書状を広げ、内容に視線を落とした。
「これを上手く使えば、ヒダ王国の領主たちを配下に組み込むことはできるだろうが……正直、国名はもう『ヒダ』のままにしたくないんだよなぁ。愛着も何もないし」
「なら、いっそアレス王国の『属国』にしちゃえば良いんじゃない?」
エリーがレンの呟きを拾って、軽やかに応える。
「それも一理あるけど……領主たちが素直に納得するかどうか」
「納得しない者は倒してすげ替える。納得する者がいれば儲けもの、ぐらいの気持ちでいいのよ。元々、武力で従わせるつもりだったんでしょう?」
「……そうだね。エリーもたまには良いこと言うね」
「『たまには』って何よ、失礼ね!」
「ワンワン(偶々だワン!)」
ツヴァイが、エリーの背後からニヤニヤと茶々を入れる。
「ああっ、ツヴァイ! 今、絶対何か失礼なことを言ったわねッ!」
「ワンワン(本当のことを言っただけだワン!)」
そう言って猛ダッシュで逃げるツヴァイを、エリーが楽しそうに追いかけていく。
先ほどまでの血生臭い光景が嘘のように、レンの周囲には、いつもの平和で少し騒がしい仲間たちの日常が戻ってきていた。レンはその光景を少しだけ寂しげな、しかし穏やかな眼差しで見守るのだった。




