108 武威の終焉と「王の継承」! 愚かな側近を殴り飛ばすヒダ国王の決断
「ワンワン!(マスター! 前方、槍隊の包囲網の中からワン!)」
「国王が『レンと直接話をしたい』って言ってるけど、どうする?」
ゴールデンレトリーバー風の大型コボルト・ツヴァイ(2)とエリーが、激しい戦闘の痕跡が残る戦場をゆっくりと進むレンの元へと駆けて来た。
「……会おう」
「分かったわ。ツヴァイ、手出しはしないでレンを待つように、槍隊の面々に伝えてきて」
「ワンワン!(了解だワン! 伝令に走るワン!)」
ツヴァイはふさふさの尻尾を揺らしながら、俊敏な動きで元来た方向へとダッシュしていった。
「ちょっと急ぐか。長居する場所でもないしね」
レンたちは歩く速度を上げ、ツヴァイの後を追って包囲網の中心へと向かった。
緊迫の対峙、錆びついた特権意識
ゲイルとシベリアンハスキー風のコボルト・フンフ(5)が率いる槍隊が、敵の残党を完全に孤立させている一画。そこにレンたちが到着した。
「ガウガウ(マスター、お待ちしていたワン)」
レンの姿を確認したフンフの短い指示により、整然と並んでいた数千の槍隊は見事な規律でさっと道を開け、静かに主君の通り道を確保する。
「ご苦労」
フンフの額を優しく撫でてやり、開かれた道を進むレン。その両脇には、すでにマチェット(大型短刀)を抜き放ち、いつでも主の敵を細切れにできるよう鋭い眼光で身構えるワイマラナーのアハトとボルゾイのノインが付き従っている。
微動だにせず、鉄の規律で槍を構えて敵を見据えるコボルトたちの中心。そこに、ヒダ王国の国王と、数人の側近たちが取り残されていた。
側近たちは剣を抜いて必死に身構え、国王を守るように盾となっているが、全身汗だくで激しい疲労の色が隠せない。
「お久しぶりですね。ヒダ王国国王陛下」
レンは、跪くことも、頭を下げることもしなかった。堂々と胸を張り、まるで道行くただの知人に声をかけるかのような、極めてフラットなトーンで国王に語りかける。
国王とレンの視線が、空中で真っ向からぶつかり合った。
(……変わらないな。相変わらず、他人を圧殺するような凶暴で迫力のある眼光だ)
国王もまた、黙して語らず、威厳を保ったままレンの瞳をじっと見つめ返してくる。しかし、その静寂を破ったのは、未だに状況を理解していない側近の怒号だった。
「レンッ! どこまで無礼なのだ貴様! 恐れ多くも国王陛下の御前であるぞ! 王国から領地を賜る恩恵に預かりながら、そのような薄汚いコボルトなどを使って反逆を企てるとは……恥を知れ、この身の程知らずが!」
それまでの張り詰めた緊張感が嘘のように、レンの顔を見た瞬間、過去の「雑用係」としての姿を思い出したのか、急に勢いづいて罵声を浴びせてくる側近たち。
「……やれやれ。一応、俺もアレス王国の国王なんだけどな。つまり、対等な話をする気は更々無いと、そういう理解でいいのかな? 元々はそっちから俺の命を狙い、領土を強奪しようと仕掛けてきたくせに、今更何を言ってるんだ。アホくさい」
未だに特権階級の意識が抜けない側近たちに心底呆れ果てた顔をして、レンは早々に興味を失い、振り返って元来た道を戻ろうとした。
「待て! ……レン!」
背後から、低く地響きのような国王の声が響く。
「降伏の話かと思ってわざわざ足を運んだが、俺に降るつもりは無さそうだ。それなら、もう俺には何の用も無い。そこでエマの軍勢に挟撃されて、無様に死んでくれ」
レンは振り返ることもなく、冷淡に歩き続けた。
「待てと言っている!!」
再度、国王が大声で叫ぶ。
「ぶ、無礼にも程があるぞレン! 国王陛下の御前で背を向けるなど――」
なおも喚き散らす側近の言葉を遮るように。
――ドカッ!!!
「がはっ!?」
凄まじい鈍い音が響き、国王は叫んでいた側近の顔面を、容赦ない拳で殴り倒した。床に叩きつけられ、鼻血を流して気絶する側近。
「……誰が発言を許可した。しかも、戦いの趨勢が完全に決した『戦勝国の国王』に向かって放つ言葉か、それが」
国王は拳についた血を忌々しげに振り払う。
その肉体のぶつかる音を聞き、レンは静かに振り返った。
「降伏する気はあるのか?」
レンは淡々と国王に告げる。
(実の父親とこうして対峙して、何か胸に込み上げる感慨深いモノでもあるかと思ったが……本当に、驚くほど何も感じないな。幼い頃から父親らしい接触なんて何一つ無かったから、僕にとっては『いつも威張っていて印象の悪い知人』程度の存在でしかないんだな)
「ふふふ……ははははは! 変わらず覇気が無く冷めた目をしているが……なるほど、一国の王としての冷徹な素養は十分に備わっているようだな、レン」
「それで?」
レンは冷酷に、何の感情も乗せない瞳で国王を見詰めた。
「我がヒダ王国は――正式に、アレス王国国王たるレン、お前に全てを継承させる」
「へ、陛下!? 何を仰るのです、そのような雑種の子に――」
――ドカッ!!!
「ぎゃっ!?」
またしても、余計な異を唱えようとした別の側近を、国王は躊躇なく殴りつける。
「黙れと言ったはずだ。……レン、これがその公的な証明よ」
国王は甲冑の懐から、王家の紋章が刻印された正式な譲位の書状を取り出した。
「ノイン、受け取って来い」
「ウォン(了解だワン、油断せず行ってくるワン)」
ノインは美しい足取りで国王の前へと進み出ると、マチェットを構えたまま、もう片方の手で静かに書状を受け取った。
「くくく……コボルトとは言え、これほどの大軍を率いるだけあって侮れんな。その隙のない身のこなし、放つ迫力。一廉の国を代表する武人に勝るとも劣らん」
国王は、至近距離で自分を睨みつけるノインの放つ王者の風格を間近で見て、感嘆の吐息とともにその感想を漏らすのだった。




