106 モフモフ大混戦! 忍び寄る第二の刺客(妹王女)と、しょんぼりコボルト隊の奇跡の甘えん坊大作戦
「――さて、ヒダ王都の制圧は完了した。次は北で現在も戦闘中の、ヒダ王国国王軍とエマ王国軍の争いの場に、アレスの精鋭で乱入する!」
ヒダ王城を制圧した翌日。レンは仮の国王執務室に仲間たちを集め、地図を広げてビシッとカッコよく今後の作戦を話し始めようとした。……したのだが。
「ねぇ、やっぱりこの子たちって、お肉が一番大好きなのよねぇ?」
「わんわんっ(お肉は世界を救うくらい大大大好きなんだワン!)」
「そうそう、いい子ね。ほーら、たっぷりお食べなさいな」
レンの演説を完全に無視して、ロジーナが私物のマジックバッグから最高級の干し肉を引っ張り出し、給仕担当の超小型チワワコボルトの目の前にぶら下げていた。
チワワコボルトは、ウルウルとした大きな栗のような瞳をさらに輝かせ、短い前足をパタパタと動かして、小さな鼻をフンスフンスと鳴らしている。
「わんっ♪(いただくワン!)」
小さな口で、干し肉を健気に「はむっ」と咥えてモグモグする姿は、凶暴な魔物とは程遠い、ただの天使の塊である。
「それからね、この子たちはブラッシングもだーい好きなのよ」
ロジーナはマジックバッグから、今度は極上の豚毛ブラシを取り出し、チワワコボルトの細い背中を、絶妙な力加減で優しく撫で始めた。
「わんわん〜うにゃぁ……(そこ、めちゃくちゃ気持ち良いワン……とろけちゃうワン……)」
あまりの気持ちよさに、チワワコボルトは耳をペタンと後ろに寝かせ、ちっちゃな団子のような尻尾を「ブブブブッ!」と目に見えないほどの超高速で振り始めた。
「あらぁ! 本当に気持ち良さそうねぇ。なんて愛くるしいのかしら……キュンとしちゃうわ♪ お姉様が夢中になるのも無理ないわね。ねぇ、私にもそのブラシ、ちょっと貸していただけないかしら?」
「ええ、いいわよ。同志ルル、このあたりを優しく円を描くようにブラッシングするのよ」
「こうかしら? よーしよし、可愛いわねぇ♪」
ブラシを引き継いだもう一人の女性が、目をハートにしながら、チワワコボルトのお腹のあたりを優しくコショコショとブラッシングし始める。
「わんわんっ、きゃぅ〜んっ(そこも! そこも最高に気持ち良いワン! お姉さんマッサージ天才ワン!)」
チワワコボルトは、完全に野生を失ってゴロンと仰向けになり、短い四肢を天に向けて「おねだりポーズ」を炸裂させていた。
「――ちょっと待て、そこおおおおおおお!!!(怒)」
レンが、静まり返るべき軍議の部屋で大声を出し、全力でその光景を指差した。
指の先には、お肉を貢がれてヘロヘロに甘やかされているチワワコボルトと、それを幸せそうに囲むロジーナ、そして……見覚えのない超絶美女がもう一人。
「あら、どしたの陛下? 私のことは気にせず、先に作戦会議を進めて良いわよ? 私は陛下にどこまでも従うしー」
ロジーナが毛並みを整えながら、気だるげに手を振る。
「私も進めてもらって一向に構いませんわー!」
もう一人の美女も、チワワコボルトのフニフニの肉球を優しくぷにぷにしながら、満面の笑みで同意する。
「いや、進められるか! ……っていうか、あんた一体誰だよっ!?」
「私ですか? 私はミノス王国の王女、リリスの妹のルルと申します♪」
「はあ!?」
「私の新しくできた『もふもふ同志ルル』よ」
ロジーナが我が事のように誇らしげに胸を張る。
「リリスの妹ぉっ!?」
「そうです。アホな……いえ、情熱的な姉がアレス王国で大変お世話になりました」
前日、もふもふ欲のあまりレンに逆プロポーズを決意して国へ帰った姉のリリスに勝るとも劣らない麗しい美貌を持つルル姫。
しかし、その瞳には姉と同等、いやそれ以上に狂気的な「モフモフ愛」の光がギラギラと宿っており、今は給仕用のヨークシャーテリアコボルトの顎の下を、指先で「ちょりちょり」と撫で回していた。
「わ、わん……(うっとりワン……)」
ヨーキーコボルトも、極上の指使いに抗えず、目を細めてルルの膝にトテッと顎を乗せて甘えている。
「ロジーナ!! 国の今後を決める重臣の軍事会議に、そんな怪しすぎる他国の部外者を勝手に連れてきたらダメに決まってるだろ!」
「だってぇ、ルルもモフモフが死ぬほど好きなのよ? 私たちの尊い『同志』だわ」
「そうなのですよ、レン陛下! 同志ロジーナの言う通りですわ! モフモフは世界共通の絶対正義! 正義の前に国境など関係ありませんのよ!」
ルルはロジーナの言葉に激しく同意し、小さな拳をギチッと握って、謎のモフモフ正義論を熱く主張した。
「はぁ……(またこのタイプかよ……)。取り敢えずルル王女、君は今すぐこの部屋から出て行きなさい!」
「は〜い、失礼いたしましたぁ♪」
ルルはレンの冷たい言葉にも全くめげず、最後にチワワコボルトの頭を「ちゅっ」と可愛く吸うように撫でてから、名残惜しそうにフリフリとドレスを揺らして執務室を出ていった。
コボルトたちの可愛い反省会
ルルが退室した直後、部屋の隅で、もふもふたちの秘密の反省会が始まっていた。
「ワンワン(ヨーク、他国の工作員かもしれない不審な女に鼻の下を伸ばして、本当に大丈夫だったかワン?)」
ゴールデンレトリーバー風の大型コボルト・ツヴァイ(2)が、心配そうにヨークシャーテリアコボルトの頭を大きな肉球でペシペシと撫でながら聞いた。
「わんわん(あのルルって女の人、お姉さんのリリスと同じくらいマッサージが超プロ級だったから、不可抗力だワン……)」
ヨーキーコボルトが、耳をシュンと下げて前足で顔を覆う。
「ワォンワォン(敵のハニートラップかもしれないんだから、あんまり無理はするなよワン。僕たちのモフモフは陛下だけのものなんだからワン)」
フラットコーテッドレトリバー風の黒毛もふもふ・フィア(4)も、お姉さん気質で心配そうに鼻を近づけてクンクンと匂いを嗅いでいる。
「わんわん(大丈夫ワン、ちゃんとアレス王国への忠誠心は1ミリもブレてないワン! お肉美味しかったワン!)」
そんなコボルトたちの、癒やし度100%の可愛い会話(通訳:レンの脳内)を聞いていたレンは、こめかみを頭痛交じりに押さえながら、目線を元凶のロジーナへと移した。
「……ロジーナ。何故、ミノス王国の王女が、この陥落したばかりのヒダ王城の奥に最初からいるわけ?」
「ん〜? 聞いたところによると、あのルルちゃん、ヒダ王国のヨリツナ王子の『妻(正妃)』らしいわよ?」
「はあああああああ!? ど真ん中の超・敵国関係者じゃん!!」
「え〜、でも彼女、アレスの軍勢が城に入ってきた時、一歩も抵抗しないで『コボルトちゃんたち可愛い! 私はアレスに全面降伏して忠誠を誓います!』って真っ先に降伏してきたわよ〜?」
「ん〜……。敵ではないのかもしれないけれど、どう考えてもこの重臣会議のメンバーではないだろう……」
「そうだね〜。言われてみればそうかも」
ロジーナは、全く悪びれずに「てへっ」と首を傾げる。
「はぁ……(もう突っ込む気力もないよ……)」
ガックリと肩を落とすレン。すると、その両脇から、ぬくもりを伴った大きなもふもふがピトッと寄り添ってきた。
「ウォン(マスター、元気出すワン。僕たちがついているワン)」
「ガフガフ(マスター、よしよしだワン。悪い人間は俺がいつでも噛み砕いてあげるワン)」
ワイマラナーのアハトと、ボルゾイのノインが、レンの顔や手を大きな舌で「レロレロ」と熱烈に舐め回し、フサフサの体を全力でこすりつけて慰めてくれる。
「ふふ、アハト、ノイン、いつも有難うな……。お前たちのモフモフだけが僕の癒やしだよ。……よし、気を取り直して、今後の行動を説明するぞ!」
レンは2匹の首元を極上の手つきでワシャワシャと掻いてやりながら、ようやく全員を見回した。
集まっている人間のメンバーは、フェルダー、エリー、ダリア、ゲイル、ロジーナの5人。
コボルト側は、レンの絶対護衛であるアハトとノイン。そしてツヴァイ(2)、フィア(4)、ドーベルマン風のドライ(3)、シベリアンハスキー風のフンフ(5)の6匹。さらに、給仕用の小型犬コボルト2匹の、計8匹だ。
「え〜、まずフェルダー。君は第一騎士団の人間兵たちとともに、このヒダ王都に居残ってくれ。残党勢力の完全制圧と、民たちの都市生活が日常に戻るように、臨時の統治管理を頼む。この戦争が終わったら、正式にここをアレス王国の『新王都』にするつもりだから、その基盤作りだ。頼んだよ」
「ああ、任せておけ。内政のガタつきは俺たちがきれいに整えてやるさ」
フェルダーが頼もしく拳を叩く。
「よし。で、残りの人間メンバーとコボルトたちで、一気に北の前線に向かう!」
「バウバウ!(北の敵も、俺の咆哮で全員ビビらせてやるワン!)」
「ワンワン!(道中のナビゲートは任せてワン! 全速力で駆け抜けるワン!)」
「ワォン!(ダリア様の魔法と一緒に、私も戦場で大暴れして頑張るワン!)」
フンフ、ツヴァイ、フィアが、それぞれ嬉しそうに前足をドタバタさせてやる気をみなぎらせる。しかし、レンは申し訳なさそうに眉を下げた。
「あ……ごめん、フンフ、ツヴァイ、フィア。お前たちの3匹は、行軍中は影に潜んでもらって、北の戦場に到着してから『後から派手に召喚』する予定だったんだけど……」
レンのその言葉が響いた瞬間――。
「バウバウ……(そんなぁ……せっかくの久しぶりの登場なのに……また影の中でお留守番なんて、寂しいワン……)」
「ワォン……(マスターぁ……私のふかふか、道中寂しくないようにレン陛下にずっと触っていて欲しかったのにお預けワン……?)」
「ワン……(あんまりだワン……ツヴァイ、悲しくて涙が出ちゃうワン……)」
ハスキーのフンフ、フラットコーテッドのフィア、ゴールデンレトリーバーのツヴァイの3匹が、一瞬にして耳を限界までペタンと伏せ、太い尻尾を股の間に完全に巻き込んで、執務室の床に「ずーん……」と突っ伏してしまった。大きな瞳に涙をいっぱいに溜めて、上目遣いでレンをじっと見つめてくる。その圧倒的な「かわいそうなもふもふアピール」の破壊力は、国家を揺るがすレベルだった。
「ね、ねぇレン……。別に一緒に行っても良いんじゃないかしら? 今回は隠密進撃じゃなくて、大々的な乱入作戦なんでしょ?」
あまりの可哀想な姿に胸を締め付けられたエリーが、たまらずレンの袖を引いて助け舟を出した。
その言葉を聞いた瞬間、3匹の大型犬コボルトたちが、待ってましたとばかりにガタッと起き上がる!
「ワンワンっ(そうだそうだワン! エリー姉ちゃんの言う通りだワン!)」
「ワォンワォン(隠す必要なんてないワン! 堂々と陛下に同行するワン!)」
さっきまでの絶望が嘘のように、尻尾をブンブンとちぎれんばかりに振り回してレンの体に突撃し、3匹まとめてレンを床に押し倒して「乗っかりモフモフおねだり攻撃」を仕掛けてきた。
「わわっ! ちょっとお前たち、重い、重いってば! ……はぁ、分かったよ、仕方ないなぁ! 道中もずっと一緒に行こう!」
「「「ワォーーーーンっ!!!(計画通りワン! マスター大好きワン!!)」」」
部屋中に響き渡る歓喜の遠吠えと、レンを埋め尽くす極上の毛並みの嵐。北の前線へ向かうアレス王国の最強部隊は、出陣前からコボルトたちの甘えん坊大作戦によって、どこまでもアットホームで愛くるしい、最強のもふもふ軍団と化して出発の時を迎えるのだった。




