104 伝説の伯爵(ランドルフ)降臨! 暴かれる怨敵・六天魔王と、断頭の覚悟
「――初めまして、陛下。我が最愛の孫娘であるヘレナが、日頃より大変お世話になっております。テイマーズギルドの総ギルドマスター、ランドルフと申します」
ヘレナの背後から、年齢を感じさせない凛としたオーラを放つ、とんでもないイケメンの老人が現れた。男は流れるような所作でレンの前へと跪く。その一挙手一投足に、百戦錬磨の風格が漂っていた。
「「プ、プロフェッサー(教授)……っ!?」」
その顔を見た瞬間、後ろにいたフェルダーとロジーナが、今日一番の驚愕の声を揃えて上げた。
「ガフガフ?(プロフェッサー? 偉い人間なのかワン?)」
「ウォンウォン(ヘレナとよく似た、お日様と大自然の匂いがするワン)」
ワイマラナーのアハトとボルゾイのノインが、興味津々といった様子で鼻をクンクンと鳴らす。ランドルフは2匹をチラリと一瞥すると、その高い知性を即座に見抜き、優しげな笑みを浮かべて再びレンへと頭を垂れた。
(ヘレナが孫娘ってことは、ヘレナのおじいさん!? ……ってことは、あの伝説の『ワイバーンをテイムして一代で伯爵にまで上り詰めた』っていう、大陸屈指の超大物テイマーじゃん!!)
「と、ということは、ヘレナ。君、ワイバーンの背中に乗ってここまで飛んできたのか!?」
「ははは、正確には純血のワイバーンではなく、亜種の『レッサーワイバーン』です、陛下」
ランドルフがレンの驚きに朗らかに答える。
「ガフガフ(わいばーん?)」
「ウォンウォン(さっき空から変なトカゲの匂いがしてたのはそれだワン)」
「あ、あぁ、ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません! どうぞお立ちください、ランドルフさん。アレス王国国王のレンです。お会いできて光栄です。ヘレナには本当に、国の根幹を支える大きな力を貸してもらっています」
「ははは。陛下、私はすでにアレスの民、臣下となった身です。どうか敬語などお使いになられませぬよう」
ランドルフが立ち上がると、床に転がされていた冒険者ギルドの総ギルドマスターが、狂ったように激昂して叫び散らした。
「ラ、ランドルフ……ッ! 貴様、貴様ほどの英雄までもがヒダ王国を裏切り、その糞ガキの軍門に降ったというのかあああああ!」
「ウォンウォン(このおんぼろ人間、本当にうるさいワン)」
「ガフガフ?(マスター、いい加減これ斬っていいワン?)」
「待て待て、2匹ともちょっと落ち着け」
殺気立つアハトとノインを、レンは苦笑いしながら手で制する。
「裏切った、か。いや違うな、サバス。俺が中央を離れている間に、お前が私怨でテイマーズギルドを辺境へと執拗に追いやったんだろう。我が主君であるレン陛下がこの地で建国されたのだ。領地に属する組織が、新たな王に従うのは自明の理。……つまり、お前自身の愚行が、この結末を招いたのだよ」
どうやら、冒険者ギルドの総ギルドマスターの本名は「サバス」というらしい。
「ぐぬっ……! しかし、お前は――」
「サバス! お前は、あまりにも大局の判断を誤った!」
ランドルフの鋭い一喝が、サバスの言葉を完全に叩き潰した。
「何をおおお!」
「サバス、お前の本当の目的は何だ? コボルトを殺すことか? 目の前の魔物を全滅させることか? ――違うだろう。お前の真の悲願は、あの故郷を滅ぼした『打倒・六天魔王』のはずだ! 同胞を、仲間を、愛する家族を惨殺したあの強大な敵の力を、恐怖を、お前は誰よりも肌で感じていたはずだ。あの化け物どもを倒すには、普通の国、普通のやり方では絶対に不可能なことくらい、お前だって分かっていたはずだろう!」
「……っ!」
「お前は分かっていない、覚悟が足りないんだ。目的を成し遂げるためなら、泥水を啜っても、地を這いつくばっても、悪魔にだって魂を売る。その本当の覚悟が無いから、こんな中途半端な場所で、哀れな終わりを迎えることになるんだよ!」
「くっ、うう……ぅ……!」
サバスは血が出るほどに唇を噛み締め、その目から悔恨の涙がボロボロと溢れ落ちる。
「ヒダ王国ごときの器では、どうひっくり返っても六天魔王を倒すには役不足だ。だが、このアレス王国のコボルトたちを見ろ。これほど見事に、あっさりとヒダ王国を国ごと打倒してみせた。お前が真に復讐を遂げたかったのなら、プライドを捨てて土下座してでも、全財産を差し出してでもレン陛下に頭を下げ、アレス王国の臣下となってその勢力拡大に寄与すべきだったんだ!」
「し、しかし……っ! 魔物は……、あの魔物どもは、私の家族を、すべてを奪っていった敵なんだ! 敵なんだよおおおおお!!」
サバスの絶叫が謁見の間に虚しく響く。
「はぁ……。どこまでも器のちっちゃいことを言うな……。お前は……、事ここに至っても、魔物への無差別な嫌悪感を拭い去ることはできないか……」
ランドルフは深く、重いため息をついた。そして、完全に諦めの念を乗せた表情でレンへと振り向く。
「陛下、このサバスという男はダメです。本当は私の古い知人として、陛下の『世界征服』の強力な右腕に仕立て上げ、協力させようと思っていたのですがね。敵に回せば厄介ですが、味方にすればこれほど頼りになる男はいなかった。――しかし、コボルトをベースに大発展を遂げる我がアレス王国にとって、魔物への嫌悪感を克服できない者は『百害あって一利なし』です。ここで一時的に命を救ったところで、必ずどこかでコボルトたちを裏切り、陛下に害を成すでしょう」
「そ、そうか……(いや、元々助ける気は1ミリもなかったけどね)」
ランドルフの冷徹かつ客観的な評価に、レンは心の中でそっと呟く。
「サバス! 案ずるな、お前が恐れた六天魔王は、いずれ我がレン陛下が完膚なきまでに叩き潰す。お前には悪いが、ここまでだ。お前の代わりに、俺が陛下を助けてその敵を討ってやるよ」
「そ、そんな――」
ザシュッ――!!!
サバスが言葉を言い切るより早く、ランドルフは洗練された神速の動作で腰の長剣を抜き放ち、その一閃でサバスの首を綺麗に刎ね飛ばした。あまりにも見事な、一瞬の幕引きだった。
「えっ……陛下が、あの伝説の六天魔王を倒すの……?」
ロジーナが、驚きと興奮を隠せない様子でレンを見つめる。
「おうよ。陛下は、この世界すべてを征服するつもりだからな。それなら、いずれあの傲慢な六天魔王の勢力とも真っ向からぶつかるさ」
レンが自ら口を開く前に、ランドルフがさも当然のようにロジーナへと言ってのけた。
「……かっこいいっ……!!」
ロジーナの瞳が、完全に憧れと恋を孕んだきらきらとした目でレンをロックオンする。その瞬間――。
「駄目えええええーーーっ!!! レンは私のなんだから、変な目で見ないでっ!!」
ヘレナが凄まじい勢いでレンの前に立ちはだかり、まるで宝物を隠すように両手を大きく広げてロジーナを威嚇した。
「はは……こりゃ参ったな」
ヘレナのあまりにもストレートな独占欲に、レンは顔を真っ赤にして照れ笑いを浮かべる。
「ウォンウォン(マスター、顔が茹でダコみたいに真っ赤だワン)」
すかさずノインが冷静なツッコミを入れる。
「陛下、うちのヘレナをどうか末永く頼みますよ?」
返り血を拭いながら、悪戯っぽくウィンクしてみせるランドルフ。
ドキン、と心臓が跳ね上がるレン。
「ガフガフ!?(マスター、このウインクジジイもちょっと怪しいワン、今すぐ斬る!?)」
「斬っちゃダメだって! 彼は味方、しかもヘレナのおじいさんだから絶対ダメ!!」
王座の周りで繰り広げられる、もふもふ騎士たちとのドタバタなやり取りに、激動のヒダ王国攻略戦は、アレス王国の完全なる大勝利の笑みとともに幕を閉じるのだった。




