103 墜ちた絶対権力! 復讐に狂った総ギルマスの正体と、ヘレナの神出鬼没な諜報網
かつて凄惨な仕打ちを受けた者たちを文字通り灰燼に帰した後、レンはふたたび謁見の間の王座へと深く腰掛けた。
その両脇には、いつもと変わらぬ威風堂々たる佇まいでワイマラナーのアハトとボルゾイのノインが控えている。
「ウォン?(マスター、今度はなんだか薄汚い人間が来たワン)」
「ガフ?(往生際が悪いワン、これもすぐ斬るワン?)」
2匹が低く唸る視線の先。ロジーナが縄で無造作に縛り上げ、文字通り「荷物」のように引き摺ってきた男が、床に転がされながらうるさく喚き散らしていた。ヒダ王国の冒険者ギルドを裏から牛耳る最権力者、総ギルドマスターその人である。
「痛い痛いっ! 儂を誰だと思っている、無礼者め! この縄を今すぐ外せッ!」
「陛下、お待たせ。この這いつくばってる腐れジジイが諸悪の根源。我が国の可愛いコボルトちゃんたちを不当に貶めた、冒険者ギルドの総ギルドマスターよ」
ロジーナが容赦なく縄の端を放り投げると、総ギルマスは床に顔を打ち付けた。
「……俺を指名手配にして、ずいぶんと楽しそうにコボルトの討伐令を出してくれたらしいな。処刑される前に、何か言い残しておくことはあるか?」
玉座の上から、レンの冷徹な声が響く。
「ふん、儂を誰だと思っている! 直ちに解放しろ! 魔物ごときを率いて人間の国を襲うなど、貴様は完全に『魔王』認定だ! 大陸すべての冒険者ギルドが黙っておらんぞ! 貴様は今後、大陸中の冒険者から命を狙われ、その悍ましい犬どもは一匹残らず皆殺しにされるのだ!」
「ほう、上等だ。俺の愛するコボルトたちに牙を剥くというのなら、大陸中の冒険者ギルドを一つ残らず根絶やしにしてやろう」
レンが冷たく言い放つより早く、総ギルマスの言葉にピキリと青筋を立てた人物がいた。
「――いま、コボルトちゃんたちを『皆殺しにする』って言ったわね?」
ドゴッ!!!
「ぶふぇっ!?」
ロジーナの容赦ない前蹴りが、総ギルマスの鳩尾にクリーンヒットした。あまりの痛みにエビ反りになる老人。
「つぅ、うぅ……ロ、ロジーナ! このアレスの犬に成り下がった裏切り者めがあああ! 冒険者は魔物を倒すのが仕事だろうが! コボルトなんぞと共闘しおって、狂ったか!」
「はあ? 嘘つきジジイが寝言言ってんじゃないわよ。戦争中立を謳っておきながら、アレス王国に先に手を出したのは冒険者ギルドの側だって言うじゃない。それに、あんたが流した『アレスのコボルトは人間を襲う危険な魔物』なんて大嘘、こっちに来れば一発で分かるわよ! あそこまで理性的で優しくて可愛い子たち、人間以上の存在だわ!」
「ウォン!(その通りワン! 僕は毎日の演武を欠かさない、高潔な騎士だワン!)」
ノインがシュッと美しい姿勢で胸を張る。
「馬鹿なことを言うな! 魔物はどこまでいっても魔物だ! 人間とは決して相容れん! 現に今だって、この国を暴力で襲っているではないか!」
「これは『戦争』なのよ。戦争において、敵国の武装勢力(ギルドや衛兵)を襲うのは当たり前でしょ。アレスのコボルトたちは無抵抗の民には一切手を出してないわ。村を襲う盗賊や、敵国の民に暴力を振るって金品を強奪するあんたたちの兵や冒険者より、コボルトたちの方が遥かに人道的で規律正しいわよ!」
「ふん……っ、今に見ておれ。手痛いしっペ返しを食らうぞ!」
「ガフガフ(それはないワン。マスターの敵は、俺たちの圧倒的な『怪力』で全員すり潰すワン)」
アハトがフンスと鼻を鳴らし、バカを見る目で首を振った。
暴かれた歪んだ復讐心
「……言い残すことはそれだけか? つまらないな」
レンが退屈そうに頬杖をついた時、後ろに控えていたフェルダーが、ふと何かに気づいたように口を挟んだ。
「なぁお前、あれか? ――昔、南方にあった『六天魔王の国』の生き残りか?」
「な、……っ!?」
総ギルマスの顔が、初めて恐怖で引きつった。
「そ、それがどうしたというのだ!」
「いや、魔王と魔物たちに自分の故郷や国を奪われたから、そこまで異常に魔物を嫌悪してるのかと思っただけだ。復讐の力を得るために冒険者ギルドに入り、執念で総ギルドマスターまで登り詰めた……ってところか」
「ふん、貴様も元冒険者なら分かるだろう! 冒険者は魔物と戦う職業だ! 魔物を従えるテイマーの連中も、魔物と一緒にいるお前たちも、すべて間違っているのだ!」
「ははぁ〜ん。だからテイマーズギルドの活動をあんなに目の敵にして、執拗に妨害してたのか。点と線が繋がったぜ」
「な〜んだ、そういうことだったのね。どうしてあんなにテイマーズギルドに嫌がらせをするのか長年の疑問だったけど、スッキリしたわ。自分の過去のトラウマと私怨を、このアレス王国に持ち込まないで欲しいわね」
――えっ?
いつの間にか、謁見の間の中に当然のような顔をして立っているヘレナの姿を見て、レンは目を丸くした。慌てて隣のノインとアハトに視線を送る。
「ウォン(僕たちは最初から知ってたワン)」
「ガフガフ(ヘレナ様のネズミの匂いが、さっきからずっとしてたワン)」
(知ってたなら、入ってきた時に目配せくらいしてよぉ!)
「ヘレナ……君、王都の防衛はどうしたの? ミノス王国への警戒は?」
レンが冷や汗を拭いながら問う。
「あはは、なんか冒険者ギルドの総ギルマスが捕まるって聞いて、ちょっと気になっちゃってね。大丈夫、状況はネズミたちで完全に掌握してるし、用件が済んだらすぐ帰るから」
「いや、いつの間にこっちに来たんだよ。行軍にはいなかっただろ」
「ついさっきよ」
「はあ!?」
ヘレナのフットワークの軽さに、レンは(どういうこと……?)と処理が追いつかない顔をするのだった。私怨で世界を巻き込もうとした哀れな総ギルマスの処分を前に、アレス王国の上層部はどこまでもマイペースに、そして確実にヒダ王国の完全掌握を完了しつつあった。




