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夫に捨てられた元男爵夫人は、通信交換手として働きながら第二の人生を始めます  作者: キョクトウシラニチ


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5、ジェイリーの城の防犯銃

おまたせしました。

 仕事にも慣れ、ジェイリーは少しずつ自分の生活を改善していくことにした。

 なんせ、貧乏とはいえ元貴族令嬢で、男爵夫人だったジェイリーだ。自分の身支度は問題ないが、料理はもちろん掃除をやったことが無かったため、最初は宿屋で暮らしていたくらいだ。

 魔導通信室の借上げ宿舎に移り、ジェイリーは少しずつ身の回りのものを揃えた。古い貴族の屋敷でもなく、義母の干渉がない自分だけの部屋を作るのはとても楽しかった。



「……ジェイリーさん。こんにちは。買い物帰りですか?」

 水色の布団のシーツを購入したうえに、食料まで買い込んでいたジェイリーは両手に大荷物を持って、自分のアパートに帰ろうとしていた。

 通りかかった大きな体の持ち主は、ジェイリーを見つけると落ち着いた声で呼び止めた。


 手に荷物を抱えていたため、あたふたとしながら声の方向を見上げる。

 トバイアス第一室長は少しだけ口角を上げてこちらに歩いてきていた。

「こんにちは、トバイアスさん。ええ。……買い過ぎたみたいです」

 休みの日の午後、ジェイリーは買いだしに出ていたのだ。独り身なので時間が空いている時に色々と買い物をしておかないと、困ることが多い。

 ファーバーの雑貨屋が立ち並ぶ商店街の軒下で、ジェイリーはたまたまトバイアスと出会った。

「大変な荷物ですね、持ちましょうか?」

 トバイアスはニコりと笑ったつもりなのか、凄んでいるのか分からない顔でジェイリーの荷物を指さした。ジェイリーは今日休みだが、トバイアスは深夜夜勤からの午前中までの勤務だったのかもしれない。疲れている人にそんなことをさせられない。

「え?悪いですよ」

 首を振ったのだが、元々限界を迎えていた紙袋の中身がバサバサと下に落ちてしまった。

 トバイアスはひょいひょいとそれらを紙袋に戻すと、ジェイリーの荷物も軽々と片手に持ってしまう。ジェイリーは両手に抱えていたのに、彼が持つと片腕に納まってしまった。

「時間があるから大丈夫ですよ。たしか部屋は近くでしたよね?急いでいないので、気にしないで下さい」

 そう言うと、先に歩き始めた。

「あ、トバイアスさん。こっちです!」

 違う方向に歩きだしたので、さっきの力強さとのチグハグさにジェイリーは思わず「ふふっ」と吹き出した。

 トバイアスは無表情のまま、踵を返した。少し耳が赤い気がするが、間違えたのが恥ずかしいのだろうか。


 とりとめのない世間話をしながら歩いていると、家までもう少しのところで、紙袋を抱えたトバイアスがジェイリーを真剣な顔でジッと見てきた。

 今日も真っ直ぐで艶やかな黒髪が綺麗だとジェイリーは思った。綺麗というのは立派な体躯のトバイアスには似合わない言葉かも知れないが、いつも自然にそう思うのだから仕方がない。


「最近、何かありましたか?」


 彼の低い声に胸が少し跳ねる。


「あ……」

 ジェイリーはあの夜勤の日に掛かってきた元夫からの電話のせいで、この数日、心が少し落ち着かなかった。

 久しぶりに夫の声を聞き、しかもジェイリーの行方を捜しているのを知り、当惑していたのだ。

 それにあの日の心の傷はまだ塞がっていなかったのだろう、日常では忘れていたのに、元夫の声を聞いて頬を打たれたこと、あのズタズタに心を引き裂かれて途方に暮れた日を思い出してしまった。

 夫からジェイリーを切り捨てたのに、まさか今更自分を探しているなんてと、訳が分からないのだ。今になって渡したお金が惜しくなったのか、それとも何か他に理由があるのか……

 そんな解決できない悩みのせいで、仕事で失敗はしないものの、順調とは言えなかったかもしれない。


「いえ。その、ちょっと色々とありまして」

「仕事のことでしょうか?大丈夫ですか?」

 本当に良い上司である。ジェイリーは胸がまたポカポカと温かくなった。

 この人は部下の心情にまで気を使ってくれる人なのだ。

「いえ、プライベートなことですので、お気になさらず。相談するようなことではないので」


 そう、一度だけ元夫から電話がかかってきた。それだけだ。何も相談なんてできない。


「……そうですか」


 丁度ジェイリーのアパートに到着し、トバイアスは一度アパート全体を見渡し、少しだけ息を吐いた。

 そして、荷物を持つ逆側の手で、ポケットから何かを取り出した。


「ジェイリーさん、女性の一人暮らしは何かと心もとないかと思います。……ですから、これを差し上げます」


 太い指ほどの銀色の筒――……何だろう?


「デイロンが開発した物です」

 デイロン第二室長が開発?ジェイリーはよく分からなくて首をわずかに傾げた。

 トバイアスは首に手をやって、少し言い難そうにしていた。

「軍で使われていた物を民間用に改良したもので、これは魔導防犯銃です」


「魔導……防犯……?」


「はい。中には大量の雷魔法の魔力が込められていて、ここを、……こう、引っ張ると安全装置が外れ、同時に引き金が出てきます。それを指で引いて起動させます」


 銀色の筒はトバイアスの手の中で、パチンという音と共に引き金のついた小さな銃になった。


「ええ!これって、もしかして……」

 ジェイリーは新聞に書いていた記事を思い出して、思わず口に手を当てる。

 この国が勝利を掴み、終戦を迎えることができたきっかけともいえる軍事兵器革命の一つ。それが魔導銃だった。

 魔法の力を銃に込めるような魔導武器の一つで、膨大な魔力を持つ魔法使いと呼ばれる者が充填した魔法を、一般の兵士が使うことを可能にした代物だった。強力な威力があり、持ち運びも大きくなく、それまでの『魔法使いしか魔法を使えない』という常識をひっくり返す発明だったと聞く。


「魔導銃を改造したものですので、効果は抜群です。もちろん当たった者が死ぬような強い魔法は入っていませんから、安心してください。せいぜい一定時間相手が失神するくらいでしょう」

「まぁ……」

 そんな貴重そうなものを貰っていいのか躊躇したのだが、どうやらそれは試作品の一つらしく、三本も同じものを貰ってしまった。


「こんなに……悪いです」

「あ、はい。まだあるんですけれど……」

 彼のポケットには複数の筒状の物が見える。

 なんだか沢山渡してきそうな気がして、ジェイリーは使うことがないと思い、三本だけにして貰った。

「デイロンは兵器開発が好きなので……室長の片手間にこういったものの設計図を書いているんですよ」

「凄いですね」

「はい。凄い奴です。ではここで」

 そう言うと、彼は少し口角を上げてから、素早く踵を返した。お礼に何かした方が良かっただろうかと思いつつも、あっという間に小さくなる背中に「ありがとうございます。また明日」と小さく挨拶した。


 部屋に戻ると、ジェイリーは初めての防犯魔導具を一つは鞄に、一つは玄関先に、一つは予備として部屋の奥に仕舞った。

「ふふっ、なんだか心強いわね」

 鞄に一つこれを入れていれば、夜の街も気にせず歩けそうな気がした。


 トバイアスの真剣な顔をふと思い出して、ジェイリーは頬を押さえたのだった。

 意識しないようにしているのだけど、こんな風におせっかいを焼かれると、どうしようもないではないか。

 いけない、いけない。私は離縁された傷のある身。あんな立派な元軍人さんに、特別に思われている訳ではない。ただ、部下の心配をしてくれただけだ。



「よし、整理整頓とお掃除はこれで終わり」

 ジェイリーは片付いた部屋を見渡して、ホッと一息ついた。

 清潔に拭いて掃き清めた室内に、綺麗に洗ったベッドシーツと、新しいマグカップ、ちょっと奮発して買ったテーブルクロスを敷き、大満足だった。

 働き始めて半年が経ち、やっと片付けと掃除に慣れてきたのだが、しかし問題は料理だった。



「きゃぁぁっ!」


 先日買ってきたフライパンの上で弾ける油に、ジェイリーは叫んだ。


 鍋の蓋で飛んでくる油を阻止しつつ、叫びながらジェイリーはフライパンにベーコンを投げ入れた。

 投げ入れたせいで魔法コンロのヘリにくっ付いたのをつまみ取り、必死でまたフライパンに投げ入れ、今度はベーコンがパチパチ弾けたのに「ひぃぃっ」と叫ぶ。


 なんとか卵を入れて蓋をして、やっと肩の力が抜けた。


「なんで!なんで、こんなにパチパチするの?」

 一人で呟いて、出来上がった卵とベーコンを皿に乗せた。


「硬い……味がない……」


 そんなこんなでジェイリーは一人での生活を謳歌していた。



 借上げ宿舎の普通のアパートの二階にあるジェイリーの部屋だが、こじんまりしている割にはバストイレが別々で、小さなバルコニーまでついているのが気に入っている。


 不意にリンリンとチャイムが鳴って、休みの日の昼食をとっていたジェイリーは、口をナプキンで拭くと、玄関に向かった。大家さんだろうか、この部屋を訪れたことがあるのはそれくらいだった。


「はい。どちらさま?」

 ジェイリーが玄関を開ける前に問うと、何も返事はなかった。覗き穴を確認しても誰も立っていないため、ジェイリーは少しだけ扉を開けた。



「……誰もいない」


 左右を見渡したが、誰もいないアパートの廊下しかなく、ジェイリーは少し周りを警戒しつつ、首を傾げて扉を施錠したのだった。他の部屋と間違えて呼び鈴を押したのか?

 ドア越しに声をかけるまで時間がかかってしまったから帰ってしまったのかもしれない。何か大事な用があれば、きっとまた訪れるだろう。


 そう考えたジェイリーはこの時、特に気にしなかった。


お読みいただきありがとうございます。


もし先が気になると思えましたら、ブクマやリアクション等頂けると、作者が喜びます。


特に問題が無ければ、ストックが尽きるまでは毎日更新の予定ではあります。


次回はジェイリーの日常に不穏な影が忍び寄る?!的なお話になります。

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