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夫に捨てられた元男爵夫人は、通信交換手として働きながら第二の人生を始めます  作者: キョクトウシラニチ


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4/17

4、夜勤と元夫の声

お待たせしました!

今回オペレーターへのカスハラの表現があります。お気を付けください。

 ファーバーの街に引越し、電話交換手として働いて半年が経ったころ、ジェイリーは新聞のとある記事に目が留まった。


 新聞記事には劇団スターのスキャンダルが書かれていた。

 今までジェイリーは本格的な劇を見たことが無かったため興味がなかったのだが、とても人気のあるスターがいるらしい。名前はどこかで聞いたことがあったのだが、その人の白黒の写真が新聞の一面に載っていた。


 綺麗な人だ。

 とても綺麗で一度見たら忘れられないくらいの美貌の女優。


 それは離縁した日に、ジェイリーとは入れ違いに夫に会いに来た女性だった。


「ハリエット・レスリー……」

 昼休みに新聞を読んでいたジェイリーが、思わず名前を呟くと、隣のテーブルにいた同僚のダイアナが「ハリエットがなに?」と聞いてきた。

 ジェイリーが新聞を指さして、この人のこと知っているの?と聞くと、ダイアナは少し鼻を膨らませた。

「ジェイリーったら知らないの?今大人気のオーロラ劇団の看板女優様よ!私も王都に行って観劇したことあるけど、演技も歌も最高だったわよ」

「まぁ」

 ダイアナはわざわざ彼女の劇を観に、王都まで六時間も馬車に揺られたらしい。オーロラ劇団自体がとても人気なのだが、三年前くらいにハリエットが主役を演じた舞台が売れに売れ、延長公演が各地で行われることになったとのこと。

 劇団には他にも人気女優がいるが、彼女が一番人気を誇っているらしい。

「でもね、やっぱり売れる女優には男が寄ってくるじゃない?彼女は今二十二歳だけど、ちょっと誰かと会食に行ったらすぐに噂が立つみたいで、いつもスキャンダルだって騒がれているのよ」

「綺麗な人だものね」

 そういうこともあるだろう。けれど、彼女はジェイリーの元婚家に直接足を運んでいた。夫とは本当の恋愛をしているのかもしれない。あの冷徹な彼があんな顔をしていたのだもの。

 ジェイリーは彼女との結婚生活では一度も見せなかった恋する男の顔を思い出して、頭を振った。

「この間も伯爵様に求婚されたとかで新聞記事になってたわねぇ」

 ダイアナがほうっと嬉しそうな溜息をついた。

 きっとファンの彼女からしたら、スキャンダル記事も女優の人気の証ととらえているのかもしれない。実際そうなのだろう。

「あの、男爵……様は?」

 この記事には夫のことなど書かれていないが、もしかしたら過去に名前が挙がっているのだろうかと、ダイアナの返答を引き出してみた。

「男爵?エガート男爵のこと?それともルシアッティ男爵のことかしら?二人ともただの友達だって話ね」

 夫とは違う名前が出て、ジェイリーは内心驚く。他にも彼女と噂になっている人が沢山いるのが分かるが、夫はどうなっているのだろうと少しだけ引っかかった。それに、エガート男爵もルシアッティ男爵も未婚の若い貴族だったと記憶している。普通の良識ある女性なら既婚男性に手は出さないと思う。

「今度オーロラ劇団がこのファーバーに出張公演に来るけど、もし良かったら私と一緒に見に行く?素敵よー、ハリエットの歌を一度聴いたら、忘れられなくなっちゃうの」

 キラキラした顔でダイアナがそう言ってきたので、ジェイリーは曖昧に頷いておいた。


 胸がざわざわしていたが、午後の職務も順調に進んだ。


 ところが――



『チッ!俺がさっき掛けた番号と同じだって言ってんだろ!?そっちで調べろよ!』

 相手の通信先を聞こうとすると、客が前に掛けたところだと言って聞かなかった。もしかしたら、相手の番号を忘れてしまったのかもしれない。

「申し訳ございません。何時ごろのお話で……」

『うっせー!おい、お前じゃ埒があかねぇ!上司出せ、上司』

「恐れ入りますが、何時ごろにかけて頂いたかを言ってもらえれば……」

『ゴタゴタ抜かすんじゃねぇ!』

 男の怒号にジェイリーの肩がビクリと跳ねた。

 いけない。こんなことでビクビクしていたら仕事にならない。でも、こんなに激しく男性に怒鳴られたことなど、あの離縁の日以外になかったため、ジェイリーは恐怖で涙がジワリと浮かんできた。


「大丈夫かい?対応を変わってくれる?」

 後ろからスラリと背の高い男性がジェイリーの肩を叩いてそう言う。

 彼は第二室長のデイロン・アダムス。今日のファーバー魔導通信室の責任者だった。


 ヘッドセットを外して、彼に渡し、後ろで様子を窺う。


「私、室長のデイロンが通信を代わらせてもらいます」

「はい」

「ではそのさっきかけたという時間を元に番地を探しますので、だいたいの時間を教えてください」

「……はい。承知いたしました」

 デイロンさんは声が低いのだが、彼が更に深くしたような威圧的な声音にしていた。そのせいか、相手は素直に話をし始めたようだ。

 特に困らされることもなくデイロンは通常通りの操作を始めて、彼から通信魔法を引き継ぐ。


「感情的な人は沢山いるから、気にしないで。きっと相手も明日には忘れているだろうしね」

 デイロンさんは手をヒラリと振って、ジェイリーを慰める言葉を掛けてくれた。


 室長は五人いるが、みんなとても良い人ばかりだった。トバイアスもデイロンも元軍人だが、威圧的なこともないし、命令をしてくることもない。



「さっきのお客様、大手の商会の人みたいだけれど、いつも粗暴で嫌な感じよね」

 ダイアナが作業の合間にジェイリーの受電表を見て、ポンと肩を叩いて慰めてくれる。

「迷惑顧客リストに入れておきましょう」

 ララさんも落ち込むジェイリーに声をかけてくれた。

 ジェイリーはこんな事で落ち込んでいられないと、ニコリと笑顔を作って拳を握った。

「大丈夫です。ありがとうございます」


 電話は使用が少なくなる時間帯もあるため、交換手同士でこういった小さな会話ができる。業務のことであれば特に咎められることはない。


「あ、デイロンさん。先程はありがとうございました」

「いえいえ。これ、さっき言ってた迷惑顧客リストに書いておきましたから、名前と時間が合っているか確認してください」

「はい」

 デイロンはやせ型なのであまり体には威圧感がない。けれど、やはり目は戦ってきた人のそれだし、手や腕には古い傷跡が見えた。


「あーん。いいなぁ、デイロンさん素敵よねぇ」

 彼がジェイリーの机から去ると、ダイアナがそんなことを言ってきた。

「ダイアナったらっ、はしたないわよ」

 ジェイリーはクスクスと笑う。


 室長たちはまだ若く、五人のうちデイロンとトバイアスは独身なのだ。ダイアナのようにコッソリと狙っている子たちも何人かいるようだ。デイロンのほうが優男に見えるため人気がある。


 ジェイリーは内心溜息をついた。

 トバイアスさんは素敵だけど、私なんて離縁した傷物だもの。相手にされるわけがない……

 そう思うと一つ年下の結婚歴もないダイアナが羨ましかったのだ。


「ねぇ、ジェイリーは今日宿直だったわよね?」

「ええ」

 深夜帯から早朝までは特に電話が使われることが少ないため、三十人ほどいる交換手は、室長一人と交換手二人のメンバーだけで回している。それでも十分なため、交代で宿直室で寝ることもできるくらいだ。ジェイリーは独り身であるし、家に待つ人もいない為、宿直も対応していた。

「じゃあ、退勤した後に差し入れ持ってきてあげる」

 ダイアナは宿直当番を親から禁止されているため、少し申し訳ないと思っているのかよく差し入れを持って来てくれるのだ。

「わぁ、ありがとう」

 この職に就いて本当に良かったと感じることがある。

 こういう同僚とのやりとりは、傷ついたジェイリーの心を温かくして癒してくれていた。




 深夜になり、ジェイリーは続けて勤務していた。今日は三時まで勤務し続け、それから他の人に交代してジェイリーも仮眠する予定だ。


 深夜にもなると、一時間に二十件もあれば多いほうで、本当に時間が経つのが遅く感じる。


 午後十一時四十二分、着信がありジェイリーはデスクのペンをとった。


「はい。ファーバー通信交換台です」

『こちらは王都通信交換台。ファーバー通信交換台へ、ダイス男爵より通信です』


 ダイス男爵……。

 それはジェイリーの元夫のことだった。

 ドクリと心臓が嫌な鼓動を打つ。

「……この、ファーバー通信交換台にですか?」

『はい。では回線を繋ぎますね』

 こういった通信交換台への電話はたまにある。しかし、ジェイリーは元夫がこの交換台へと電話をする理由が分からなかった。

 指先が少し震えた。


 ププッと、魔導回線が繋がった音がし、ジェイリーは意を決して、口を開いた。

「こちら、ファーバー通信交換台です」

「私、王都のチャーリー・ダイスと申します」

 元夫の声だ。

 この声を最後に聞いたのはあの冷たい雨の日。頬を叩かれ、無理矢理離縁書を書かされた時だ。

 一体、この男は何を言おうと、ここに電話を掛けてきたのだろう。


「そちらに、ジェイリー……、ジェイリー・ダイスは在籍しておりますか?」


 その言葉を聞いて、ジェイリーは自分の身体と心が切り離されたかのような感覚になった。


 彼は何を言っているのだろう。離縁したのに一体なんなのだろう?手酷く扱って今更なんの用が……?そもそも、ジェイリーの声を聞いてもこの人はジェイリーだと気付いてもいない?ここに私が在籍していたら、何があるというのだ?


 自分の身体から離れた思考は疑問に埋もれながらも、ジェイリーの体は声を震わせないよう、少し低い声を出した。


「いいえ。そういった者はおりません」


 そう、何よりももう離縁しているのだから、ジェイリーはダイス姓を失っていた。これはしっかりと王都の役所でも確認を取っている。ファーバーへの転居届を書いた時も、既に離縁届は提出し受理されていてジェイリーの姓は元に戻っていた。

 今、実家の苗字に戻った自分は、ジェイリー・ケルトンなのだから。


「……そうですか。分かりました。ありがとうございます」


 そう言うと、彼は電話を切った。


 通信室に一人、ジェイリーの細い溜息が落ちた。

お読みいただきありがとうございます!


久しぶりに出てきた夫……さて、これからジェイリーのファーバーでの生活はどうなっていくか……


引き続き続きます。特に問題が無ければ、まだストックがあるので翌日更新する予定です。

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