3、同僚とジェイリー
お待たせしました!
「朝の連絡があります。先日、マルグリットさんが作成していた受電表を元に、ひな形になる表を作りました。とても見やすく、書き込みにも迷いが少なくなると思います。皆さんのデスクに既に配布していますので、今から使い方をレクチャーしますね」
トバイアスがそう言って、マルグリットに目線を向けた。彼女は少し恥ずかしそうにしながらも自分が作った受電表の説明を始めた。
「わぁ、表に工夫がしてあるから、これなら話をしながら書き込むのが楽だわ」
「そうね。凄いわ。マルグリットさん」
「えへへ。ちょっとした事なんだけど」
みんなの前で褒められたマルグリットが、顔を赤らめていた。
背の高いトバイアスが上の方から、従業員みんなに対して「本日から受電表はこれでお願いします。それと、何か良い改善案があればまた知らせてください」と言った。
そして今日も業務が始まる。
ジェイリーたち魔導通信交換手は、客が電話をしたい場所に雷電気魔法を使い通信を繋げるのを主な業務にしている。もちろん会話は魔力を通して交換手には聞こえてくるため、守秘義務を彼女たちは守らなければならない。
ジェイリーの知る限りでは始まったばかりのサービスなので、通話は緊急性のある公的な連絡がほとんどだ。
お客様が通信を繋げた時間を計り、記録をするのも彼女たちの仕事だ。それを後から通信主へと請求する電話通話料の計算は他の補助事務員がしてくれる。
請求先は電話機を持っている施設や店になる。個人宅に置いているのはまだまだ貴族や大商会などが多い。これから電話機はたくさん普及されるかもしれないが、通魔回線開通が未発達であり、田舎の町はまだ通っていない場所がある。
それに電話通話料は高く、月々の魔導通信回線料も請求されるため、個人が持つのにはかなり費用が掛かるものだ。
ジェイリーも個人的に電話を使ったことはない。元婚家の男爵家でもまだ通信回線は繋げていなかった。伝送便という手紙のやり取りが、この国で今も通信の主流だ。
そんな走り出したばかり技術だが、ジェイリーはこの施設で働いて二ヶ月の間にも通信量が増えているのを感じていた。
「ねぇ、ジェイリー。今日の仕事終わりに皆で飲みに行くんだけど、もし良かったら一緒にどう?」
昼休みの間、そんな声をかけてくれたのは同僚のダイアナだった。彼女はジェイリーと歳も近く、よく世間話もしてくれる良い友人だ。離婚したばかりの時は少し暗かったジェイリーだったが、同僚らが優しかったため職場環境にもすぐ慣れたのだ。
「ありがとう……そうね。……行こうかしら」
「やったぁ!行こう、行こう、ジェイリー」
ダイアナは田舎の子爵家出身だが、子沢山の家で貧乏らしく、四女でもある彼女はほぼ平民と変わらない所作だった。去年長兄が子爵位を継いだので、自分は完全に平民だと笑っていた。
いつも明るいダイアナは心優しいので、元夫のせいで今は少し男性が怖いジェイリーを心配してくれていた。こちらに引っ越してきてから、外出という外出をしていなかったし、家は最初ベッドくらいしかない有様で、やっと少しずつ生活環境を整えることが出来ていた。
同僚たちにはそんな自分の身の上を軽く説明しているため、彼女たちは余計にジェイリーに優しいのかもしれない。
同じ境遇というほどではないが、ジェイリーの他にも孤独な身だったり、家族のために働かないといけない等という訳ありの女性がここには多かった。
今日は仕事の後、何人かで酒場に行こうという話になり、ジェイリーは初めて参加する。
当たり前だけれど、同じ年代の人たちと一緒に酒場に行くのも、夜に繁華街に行くのもジェイリーは初めての経験だった。
回数は多くないものの夫に連れられて、夜会に行ったことはあるのだが、それも男爵夫人としての参加であるし、こんな自由なことをしたことはなかった。
ジェイリーは女一人で夜の繁華街を歩かないようにしていたので、物珍しくてキョロキョロとしていた。日が落ちた街は魔力灯が等間隔で灯され、綺麗に整備されていて素敵に感じた。王都とはまた違う賑やかさで商人の街であるファーバーの魅力でもあった。
「ジェイリー?このあたりにはあまり来ないの?」
ダイアナは首を傾げていた。
「ええ。まだこちらに来て二ヶ月とちょっとだし、一人で夜に歩く気にもならなくて」
「そうだったのね。じゃあ、別に急いでいないしゆっくり店まで行きましょ」
「ありがとう」
ダイアナはゆっくりと歩きながら、この街を案内してくれた。
酒場に着くと、先に仕事を終えていた二人の同僚が夕食と酒を始めていた。
「お疲れ様ー!」
四人の女たちはそれぞれ色々とありながらも、楽しく同じ時間を共有した。
「えー、だって、ジェイリーはまだ二十一歳でしょ?今からいくらでもやり直せると思うけどなぁ」
「でも、私離婚されたのよ?」
「私も離婚したことあるけど、今幸せよぉ」
そう言ったのは三十歳のララさん。離婚歴があるが、今は再婚して子供も三人生まれたとか。短縮勤務で子育てしやすい職場を探していて通信室で働き始めたらしい。今日は旦那さんに子供を預けて参加している。
「そうよ、そうよ。今からよ」
女性ばかりでそんな話をしていると、酒場にいる男たちがこちらをチラチラと見ているのを感じた。
「ほら、あの人たちジェイリーを見ているわ」
隣で意味深に笑うのは二十四歳のクラリスさん。彼女はジェイリーに少し境遇が似ている。先程聞いたところ、十七歳の時に婚約を相手側から破棄され、男爵家の次女の彼女は貴族学園を卒業後に縁談もなく、働きに出たという話だった。婚約破棄や離婚された貴族女性は、実家にも身の置き所がないというのが残念な真実だ。
でも彼女は今、商家の跡取りと交際している。来年には結婚する予定らしい。
酒場の対面にあるテーブルには三人組の若い男達がいて、彼らとチラチラと目が合う。
軍の人たちだろう。体格が良く、若くて精悍な男性たち三人でお酒を飲んでいるが、ジェイリーはまだそんな浮ついた気分にはならない。
元夫とは結婚前に二回しか会わなかったし、結婚した後も週に一度夕食を共にして、義務的に私を抱くだけだった。彼から私への情熱を感じることはなかったし、そんな夫の態度に私も諦めていた。実家が没落した後からは、さらに冷ややかな態度を取られた。子供ができないのは当たり前だったのだ。
さらに、離縁したあの最後の日、男性使用人がジェイリーを力ずくで家から追い出した時の恐怖がまだ癒えなかった。女性の力は男性と比べてとても弱いのだ、と思い知らされた経験だった。
見知らぬ男性と仲良くなれる勇気はまだ持てない。
彼らと目を合わさないために、あちらに顔を向けないようにした。
だけど、自分たちがチラリとあちらに目線を向けたことで、彼らは大丈夫だと思ったのか、男性たちはこちらの席の隣のテーブルに移ってきた。
「こんばんはー。一緒に飲ませてくれる?」
「お邪魔しまーす」
「こんばんは」
少し酔って火照った顔をした彼らが、ご機嫌で近くに座ってきた。ジェイリーの隣だったので、少し身を捩ってなるべく距離をとる。
「いいわよー」
ダイアナは彼氏募集中なので、簡単に許可を出してしまった。
一人がそう言ってしまうと、他のメンバーは反対する機会がなくなってしまう。ララさんもクラリスさんも肩をすくめていた。彼女らはパートナーがいるため、積極的には交流しようとは思っていないのだろう。
彼女たちが左手の薬指に結婚指輪や恋人からの指輪をはめているため、男性達もなんとなく察したかもしれない。
やはり彼らは軍の兵隊さんらしく、ノリの良いダイアナと話をし始め、色々な軍の面白い話を披露した。楽しい話だったので、ジェイリーも段々と身構えていたのを緩めることができた。
軍の男性は女性関係にだらしないと聞くが、こうして出会いを探しているのだろうか。
ダイアナは一番流暢に話をする人と馬が合うみたいで、二人の間は狭まっている。
他の二人の男性も体はがっしりしているが穏やかそうだ。けれど、ダイアナ以外は今は恋を求めていないので、なんとなく受け流す感じで話を聞いている。
「俺たちは軍で同じ隊に所属しているけど、君たちはどういうお知り合い?」
「私たちは職場の同僚なのよ」
積極的ではないジェイリーとクラリスさんを気遣ったのか、既婚のララさんが話をしてくれた。
「四人とも?」
「ええ」
「どういうお仕事?」
「魔導通信の施設で働いているわ」
「通信?あ、電話?」
どうやら、二人とも仕事関係で電話を使っているらしく、ジェイリーたちと話したことがあるかもしれないね、と盛り上がった。
少しイレギュラーがあったものの、楽しい雰囲気のままジェイリーたちは解散した。
帰り際に彼らにもう一件行こうと誘われたのだが、ダイアナも直ぐに断っていた。
ジェイリーは初めて庶民として酒場に行き、男女垣根なく話をして楽しめた。ダイアナのように自分から話をすることはまだできなかったが、新しい街と職場で目まぐるしく環境が変わっている割には順調で、気分が良かった。
なにより同僚と一緒にこういう場所に来れたことが楽しくて仕方がなかった。
ジェイリーは帰り道にふと、やっぱりまだ男性は怖い……と感じていた。大きな体と低い声、何度かあの時の元夫と使用人にされた仕打ちを思い出してしまった。
時間薬というものがあるけれど、いつか普通になるのだろうか。
……。
そういえば、第一室長のトバイアスは怖くない、と思った。
トバイアスはさっきの男性たちより体が大きくて威圧的だ。初めて彼が目の前に立った時は怖かったけれど、仕事に真剣で部下たちにも丁寧だからか、怖いなんてすぐに思わなくなった。逆に今は彼が職場にいると安心するぐらいだ。
離縁させられて、家を追い出され、新しい場所に来て、初めて働いてお金を稼ぐ。
元夫や姑、元婚家のことなど、最近はたまにしか思い出さないようになっていた。
楽しい職場仲間に囲まれて、あの時人生が終わったと思った日には、こんな日常になると思ってもみなかった。
さっきダイアナが言った「今からいくらでもやり直せる」という言葉を思い出し、じわじわと胸を温かくしていた。
ファーバーの騒がしい街中をジェイリーは軽い足取りで家路についた。
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一応ストックがあるうちは2、3日中に更新する予定です。よろしくお願いします。
次回はまた職場パートに戻ります。仕事に慣れてきたジェイリーにちょっとした出来事があります。




