2、ファーバー通信交換台
お待たせしました。
ジェイリーの初出勤時、魔導通信事務局の局長は「魔導通信電話には、雷属性のほんの少しの魔力よりも、なによりサービス力が大切なのです。貴方の活躍を期待していますよ」と激励してくれた。
彼の言う通り、ジェイリーの魔力量で問題はなかった。
魔導通信室の室長に仕事の説明をしてもらい、ジェイリーは目を輝かせていた。
彼女の仕事は、顧客から掛かって来た電話を指定の番地へと魔法で繋げ、それを記録する業務になる。古参の職員の中には十回線を同時に操作できるような凄い人もいた。
通信時に声が聞き取りやすいという事で、女性が沢山採用されていて、同じくらいの年頃の女性たちが働いていた。今や平民の商会主の方が伯爵家などよりもずっとお金持ちになっている時世でもあるので、同じように困窮した下級貴族の出自の人もおり、ジェイリーだけが浮くこともないようだ。
ファーバーの街に住居を借り、初めての一人暮らしと、仕事、平民としての暮らしに慣れるのに疲れながらも、毎日はあっという間に過ぎた。幸いというか、ジェイリーの生家はかなり平民に近い暮らしをしていたので、元に戻ったともいえ、そこまで彼女は不便を感じなかった。
それから二ヶ月経ち、ジェイリーは職場に友達も出来て楽しく働くことができていた。
「おはようございます」
「おはようジェイリー」「おはようっ」「おはよー」
ジェイリーが通信室に入り、声を掛けると、先に来ていた同僚たちはそれぞれ挨拶を返してくれた。
「聞いてよジェイリー、私、昨日ね……」
ジェイリー個人に話しかけてくれる友人の同僚も少なくない。
出勤したジェイリーは自分の席に座り、作業用品を引き出しから取り出す。使いやすい位置にそれぞれを配置し、ヘッドセットを頭に装着したら、業務が始まる。
「はい。ファーバー通信交換台です。通信したい場所と名称をお願いします」
「了解しました。十三の六ですね」
「こちらはファーバー通信交換台。王都通信交換台ですか?」
「申し訳ありません。通信が切れました。もう一度繋ぎ直します。ファーバーの三八の七、ディアス様で、間違いありませんか?」
ジェイリーの周りのデスクでも、接客をする色んな声が聞こえてくる。
魔法を起動する音、魔導機械を操作する音、書類を書く音、色んな音が通信室に満ちていた。
魔導通信電話は発展途上の技術であるため、まだまだ電話機自体が置いてある場所が少ない。電話機を置いてある場所へと交換手が繋いでからもかなり待たされることも多く、会話が終わるまで交換手は通信を維持する魔法を使い続ける。回線を使用した時間や通信状況の記録もする。
通信回線に大量の雷魔力が通されているため、交換手自身の魔力は殆ど要らないが、雷属性の魔力を持っていないと使用出来ない。そのため、彼女たちはこの職場で重宝されるのだ。
元々どれだけの給金かは聞かされていたが、初めて給料を受け取った時は胸が弾んだ。
今はお金に困っていないといっても、自分の働きで現金が貰えるのは本当に感動だった。男爵家の夫人として家で働いていた時は、家令と共に給料の査定や諸経費の帳簿仕事を預かっていたが、ジェイリーに与えられるものはダイス家のお金の一つだった。
夫人用に割り当てられたお金は特に無駄遣いをしていなかったが、社交用のドレスや、着飾るための宝飾品などに使われ、ジェイリーの手元に残るようなものではなかったのだ。
実際、離縁時に投げつけられた現金は社交界用のドレス二着分ほどの額といえるだろう。
魔導通信交換台でのお給料は、読み書き計算、魔力の操作と、電話での対応能力が必要だ。ジェイリーにとっては難しくない作業だったが、学歴と人を選ぶことで女性にとっては高給取りなのだった。
各交換台には、膨大な雷系魔力を魔導回線に流し続けている人たちがいる。
ファーバー通信交換台にいる五人の室長らは、戦争中雷魔法を使い軍に参加していた元軍人と、国の魔法開発技術者だった。昼夜の交代制で働いている彼らは、想像もできないほどの魔力量を持っているという。
ここでは必ず一人または二人の室長が交換台に責任者として出勤しているという管理体勢だった。
『ねぇ、ねぇ、名前を教えて?今度ファーバー行くからさ、一緒にお茶しない?』
「いえ、あの、困ります。宛番地を言って貰えませんか?」
『先に君の名前教えてよ。こんな可愛い声さぁ、お茶しようよ』
「番地を……」
『頼むよぉ、お茶だけ、ね、お茶だけでいいからさ』
ジェイリーが困った客に対応していると、後ろから彼女のヘッドセットを外された。
「?」
「代わりに私、トバイアスが承ります。番地をどうぞ?」
背後に立っていたトバイアス・モンローがジェイリーが使っていたヘッドセットを自分の頭に着け、ジェイリーのマイクに言葉を放っていた。業務的な低い声が響く。
黒髪がさらりと彼の額で揺れ、チラリと傷跡が見えた。彼は緑の瞳を少し皮肉気に細めながら、ジェイリーの机にある受信記録にペンを走らせていた。
「あ……」
ジェイリーが慌てていると、トバイアスは小さく頷いて、客との取次ぎを終わらせた。
「ありがとうございます」
「気にしないで。はい、これ維持してくれる?」
薄く笑って、雷の通信魔法をかけつつ、反対の手で僅かにジェイリーの手に触れた。彼から流れてくる通信魔法の細い光線を受け継ぐ。
あれだけジェイリーに粘着質に絡んでいた客は、男性の声に変わった途端、態度が変わったようだ。
トバイアスにペコリと頭を下げる。
「また何かあったら、報告して」
「はいっ」
思わず言葉尻が弾んでしまった。
トバイアスが元気のいい返事にクスリと笑う。
トバイアス・モンロー元少佐は陸軍の第三部隊というところで長年戦っていたらしい。額にもそうだが、手にも細かい傷跡が見える。戦争が終わり、軍から退いて国から斡旋された職が、この魔導通信室の動力ともいえる第一室長の座だという。
ジェイリーには彼が戦場で大声を出して命令している姿が想像できない。低い声音が柔らかで所作は丁寧だし、静かな雰囲気を纏う人だからだ。
噂好きの同僚の話ではトバイアス室長は軍で『雷撃の剣』と言われていたらしい。
充電といわれる通魔回線に魔力を注ぎ込むのも彼が担っている作業だ。きっとかなりの魔力持ちなのだろう。それにさっき受け継いだ通信魔法の繊細さといったら、綺麗に紡がれた絹糸のような美しい魔法回線だった。きっと細かな魔力操作も得意としているのだろう。
ジェイリーは自分の頬の赤みを抑えるように、そっと頬に手をやる。
離縁された身でこんな思いを持つのは烏滸がましいのだが、ジェイリーはトバイアスに好感をもっていた。
最初彼に会った時、軍人特有の大きな体躯と冷静な眼差しが少し怖かった。だけど業務で接している内に、トバイアスのこういう優しさと、機転の利く頭の良さに、いつのまにかときめいてしまっていた。もちろんジェイリーだけが彼に優しくされている訳ではないし、彼は従業員みんなに目を配ってくれる人だ。
勘違いしないよう、ジェイリーは自分の心の中にだけ留めようと思う。
この仕事を始めて知ったのだが、ジェイリーの声は少し可愛いらしく、ああいった困った客にたまに目を付けられる。中身は離縁された傷物の女だというのに、声だけで男が釣れるなんて皮肉なものだ。
他の交換手でもこういったトラブルはたまにあるのだが、ジェイリーは柔和な受け答えのせいか、二ヶ月前に働き出してもう三回目になる。
お昼休み、自分の対応の拙さで、こうなるのかと考えこみながら昼食のパンを口に運んでいた。
「ジェイリーさん。お疲れ様です」
「あ、トバイアス室長。お疲れ様です」
休憩スペースで座っていたジェイリーの隣の席にトバイアスがやってきた。
「さっきは大丈夫でしたか?」
トバイアスはこうしてフォローまでしてくれるのだから、頭が下がる。
「ええ。一緒にお茶に行こうと誘われていただけですから、大丈夫です」
前回の人には粗暴な言葉を投げられたので、ジェイリーは一週間ほど仕事を交換手の補佐に変えてもらったくらいだった。そのことがあって、彼も気にかけてくれているのだろう。
あの時は本当に怖かった。
なにせ「若い女が働いているってことは嫁の貰い手がないんだろ?俺が寂しい身体を慰めてやるよ」なんて卑猥なことまで言われたのだ。貴族として生まれたジェイリーはそんな酷い言葉を投げつけられたこともなかったため、しばらく見知らぬ男性が怖くなってしまったくらいだ。
「本当に……女性と話ができていると勘違いするなんてな。軍関係の荒くれ者どもには困ったもんだ」
トバイアスは眉間に皺を寄せた。
ファーバーの街の南側は軍の施設があり、軍関係者の他地方への通信が多い。それに軍人は女たらしが多いと聞く。今日の件も前回、前々回も軍関係者だったのは掛けてくる元の電話機番号で分かっていた。
「何回かやり取りなさると、疑似的に距離が近くなると思われてしまうのかもしれませんね」
「……ジェイリーさんは声も可愛いからな……」
トバイアスが何かをボソリと呟いた。
「え?」
「ぁっ、いや、声が魅力的なので、軍の女日照りのヤツらが勘違いしやすいのだろう。ゴホンッ!……そうだな……受け答えの声のトーンを低くしてみるのはどうかな?それだけでも、印象が変わると思うのだが」
トバイアスは何かをごまかすように少し慌てていたが、その助言は自分では考えつかないことだったので、とても良い助言だと思った。
「まあっ、それは良いですね。では、……『ファーバー通信交換台です』……こんな感じでしょうか?」
彼に提案された通り、少し音程を低くして話してみた。
「うん。一度それで試してみよう」
トバイアスは満足そうに頷く。
「はい。あの、……トバイアスさん、いつもありがとうございます」
「ああ、気にしないでくれ。室長としての業務だから」
「はい」
彼は前に他の交換手にもこうして仕事のアドバイスをしていた。自分だけではないのだが、なんだか胸がポカポカとしてしまう。
大きな体躯がデスクの間を抜け、彼の席の方へと戻って行く。ジェイリーの瞳はそんな彼の後ろ姿を追いかける。
トバイアスは雷魔力供給用の室長のデスクの隣にある部屋に入って行った。今から定期的に充電する魔導蓄電装置へと魔力を流すのだろう。
さらりとした黒髪が綺麗だなと、パンを頬張りながらそんなことを思ってしまった。
もし彼が軍の制服を着たら、どんなに勇猛な姿なんだろう……雷魔法の攻撃も凄そう……
離婚させられ人生に絶望していたジェイリーは、新天地で生活が安定し始め、トバイアスにほのかな思いを寄せる余裕が出来るほどには心が解れていた。
まだお金には余裕があるけれど、早めに職を求めたことでジェイリーの世界は新しく開け、確実に一歩ずつ前に向かっていると思えた。
お読み頂きありがとうございます!
補足 電話交換手とはトトロに出てくる電話の交換手と同じだと思って頂ければいいです。村に電話一個あるかどうかみたいな状態です。この世界でも個人で電話機をもっている人はまだいない設定です。
さっそくブクマが!嬉しいです。
次回もファーバーでのジェイリーの生活の回になります。
また2,3日中には更新します。よろしくお願いします。




