15、恋の成就
おまたせしました!
「ジェイリーさんのことを、ずっと傍で守らせてくれませんか?」
そんな言葉をトバイアスから言われて、ジェイリーは呆然とした後、「……はい」と返すことしか出来なかった。
それって……それって、男女のお付き合いをするってことよね?
「っ、はひゃぁぁぁ……!」
その晩布団にくるまり、ジェイリーはゴロゴロと転がっていた。
さっき彼に包まれた手の感触が忘れられなくて、何度も思い出しては胸がきゅんきゅんと苦しくなった。
初めて好きな人ができて、その人と付き合うのだ。ジェイリーは元夫との経験のことなど何も思い出せないくらい、今の気持ちで一杯だった。さっきの破壊力のせいで、あのストーカーをしていた暴漢のことまで忘れそうな勢いだった。
ジェイリーは今夜は眠れるだろうか、と心配になっていた。
あれからつきまとい犯は失神したまま駐在所へと連れていかれた。
アパートの扉が衝撃で破損してしまっていたため、遅い時間ということもあり、今日ジェイリーは宿に泊まることになった。
トバイアスはとても心配してくれていて、宿のカウンターまでついてきてくれたのだ。
宿の鍵を受付係から受け取り、トバイアスにもう一度お礼を言った時だった。
「本当に、本当にありがとうございました。トバイアスさん」
宿のロビーで彼に頭を下げる。
感謝だけではいけない、彼には何かを返さなければならない。魔導防犯銃で犯人を倒すことが出来たこともそうなのだが、それだけではなかった。
トバイアスは魔導防犯銃を使用すると彼に分かるよう、空に雷爆魔法を打ち上げるように細工していたらしい。万一、犯人を無力化できなかった時や、他に困ったことがないように。
そのお陰で、すぐにツルで拘束されたままのジェイリーは助けてもらった。
さらに、駐在兵への対応も素晴らしかった。
緊張するジェイリーに代わって、駐在兵と話してくれたり、分かりやすく説明をしてくれたり、彼が全てをしてくれた。
その頼もしい背中にジェイリーは、あんな怖いことがあったのに、胸をドキドキさせてポーッとトバイアスを眺めていたくらいだ。
「いいえ。そんな、大したことではありません。ジェイリーさんに怪我がなくて、良かったです」
「あの、でも本当に、申し訳ないというか、どうしたらいいか、私、トバイアスさんに何も返せなくて……」
目の前にいる恩人と話していると、ジェイリーの目に涙が浮かんでくる。
本当に、どうやってこの恩を返すことができるのか分からない。
「返すようなことなんて……ジェイリーさんが元気でいてくれるだけで、俺は嬉しいですから」
彼の言葉に感極まって震えるジェイリーの手を、トバイアスの大きな手が優しく包み込んだ。
「あ……」
今度は目も頬も全部が熱くなってきてしまう。
そんなジェイリーにトバイアスが真剣な目をして言ったのだ。
「ジェイリーさんのことを、ずっと傍で守らせてくれませんか?」と。
翌日は駐在所ではなく、検察署で聞き取りをされた。
トバイアスは翌朝からもジェイリーに付き添ってくれた。
どうやら捕まえられた犯人は似たような前科があり、今回はナイフをもって来てジェイリーを拘束していたため、審理にかけられ、刑期が付くことになりそうだった。
軍に所属する犯人は、過去にも似たようなつきまといや、トラブルを起こしていたらしい。
しかも驚くべきことに、犯人はジェイリーと酒場で話す前に、軍の仕事でファーバー交換台を利用していて、ジェイリーとやり取りをしていた。その時にブラックリストに乗せられていた男だったのだ。
酒場でジェイリーの声に気付いて、彼女に一方的に執着した。というのが動機らしい。
元軍人なので、駐在兵や検察署に知り合いが多いらしいトバイアスは、ジェイリーに聞こえないように、上役の人たちと話し込んでいた。
その後「簡単に出れないようにしておきますね」と、トバイアスが言っていた。その目は全く笑っていなかったので、少し怖かったジェイリーだった。
検察の用が終わってからは、アパートの大家さんを呼んで壊れたドアを直してもらったり、散らかった部屋を片付けたり、トバイアスはたくさん手伝ってくれた。
危ないからとガラスが割れたバルコニーの近くのことはさせてもらえなかったので、ジェイリーは他の掃除をしていた。
散らかったガラスを片付け終わったトバイアスにジェイリーは声を掛ける。
「トバイアスさん。お茶を淹れますから、飲みませんか?」
「はい」
ジェイリーはやっと揃えた新しいティーセットを使いたかったので、ウキウキとお湯を沸かしていた。この部屋に人を招くことになったのも初めてでもある。
義母はお茶を淹れるのが得意で、ジェイリーは厳しく仕込まれたものだ。口うるさい義母があまり好きではなかったが、彼女のお陰でこれはとても上達していると思うのだ。
「美味い」
「ふふ、良かったです」
一口飲んだトバイアスは息を吐いて、鼻から抜ける香りを楽しんでいた。綺麗に片付いたバルコニー側の窓からの日差しに目を眇めて、満足そうな顔をしていた。
大きな体なので、口づけるカップが小さく見える。
人の恐ろしさを昨日も思い知ったのに、この人とはこんなに穏やかな時間を過ごすことができる。
元夫は目を合わせることもせず、自分が言いたいことだけ言って、ジェイリーとの時間を持つことはしなかった。
「このお茶は八番街の通りの輸入食品のお店で見つけたんです。ダイアナとクラリスさんが教えてくれて……」
何気ない雑談にも耳を傾け、彼の凛々しい眉を動かしている。
「俺も、一度その店に行ってみたいな」
「ええ。今度行ってみましょう」
そんな風にジェイリーのお気に入りにも興味を持ってくれる。やっぱり、好きだなと、そんな彼を見つめていた。
外を眺めていたトバイアスは少し顔を赤らめ、こちらに真剣な目線を向けた。
綺麗な緑の瞳に、額の傷、さらりとした黒髪に、またジェイリーは綺麗だなと思う。
トバイアスはそのままの眼差しでジェイリーを見つめている。
「恋人として、一緒に行っていいですか?」
ジェイリーの部屋の割れたバルコニーの窓には、新しいガラスがはめられている。
気に入って買ったレースのカーテンが少しだけ風に揺れ、室内には紅茶の香りが漂う。
窓から見える二人の影は少しの時間、お互いを確かめるように重なったのだった。
「ジェイリーったら!心配して損したわ!」
ダイアナは頬を膨らませていて、ジェイリーは目を白黒させた。
ジェイリーがつきまとい犯に襲われ、翌々日に出勤した第一声のわりにはご挨拶である。
「トバイアスさんと、さっき手を繋いでたの見たからね!」
小さな声だったが、慌ててジェイリーはダイアナの口を手で押さえる。
ファーバー通信交換台の少し前で手を離しておいたのに、もっと前で見られていたようだ。職場恋愛は禁止というわけではないが、当分周りに発表はしないでおこうとトバイアスと話していたばかりだというのに。
「んふふ、ふふ……」
口を押さえられながら、ダイアナはまだしゃべろうとした。
「ごめんなさい。ダイアナ、ちゃんと説明するから……」
焦ったジェイリーはそう言って、ダイアナを宥めた。
お昼休み、ダイアナに事情聴取され、ジェイリーは洗いざらい吐かされた。
「あの雷爆魔法にはびっくりさせられたわ」
ダイアナが言うにはファーバーの東側にある彼女の実家の中でも、あの大爆音が聞こえてきたという話だった。
「ええ。しかもトバイアスさんがすぐに駆け付けてくれたから、私もそこまで怖くなかったわ」
「それにしてもあの酒場での軍人の一人が、ブラックリストの軍の人だったなんてねぇ」
ダイアナは驚きながらも、昼食のパンを食べていた。
ジェイリーもあの人に襲われるまで、顔も思い出せなかったほどだ。
「ええ。あのとても卑猥なことを言ってきた人だったらしいわ」
「うわぁ……」
ダイアナが顔を顰めた。
「トバイアスさんが色々と手を回してくれてね、当分軍の矯正施設へと送ってくれるって言う話になったのよ」
「ほうほう」
「トバイアスさんが言うにはね、北方の国境線の近くにある施設らしくて、逃亡もできない柵に囲まれているって……」
「ほうほう」
「?」
犯人の話をしているのに、どうしてだか、ダイアナはニヤニヤしていた。
「な、なんでそんなに笑っているの?」
「幸せそうで良かったわ。私……余計なことしたかなって思っていたけど、なんだかんだでトバイアスさんと上手いこといったみたいね」
ジェイリーはポッと顔を赤らめた。さっきまでの会話でジェイリーは何度もトバイアスの名前を出していたのに気付いたのだ。
「あの、……ダイアナにも、心配ばかりかけてごめんなさいね。あと……本当にありがとう」
気を取り直して真剣に彼女にそう言った。ずっと応援してくれている彼女に、心からお礼を言おうと思ったのだ。
「気にしないで。二人が上手くいってるみたいで本当に良かったわ」
そう言われてしまうと、ジェイリーの顔がボンッ!と熱くなった。
「え?」
すぐにダイアナにバレてしまい、休憩室にはダイアナの声が響いた。
「ちょっと、どこまで?どこまで進んだの?!ジェイリー?!白状しなさーい!」
ジェイリーとダイアナ二人が話をしているのを、他の交換手たちは驚きながらも微笑ましく見守っていた。ダイアナだけでなく、他の交換手もトバイアスと手を繋いでいたのを見た人もいたので、みんな何となく事情は飲み込んでいたのだった。
お読みいただき有難うございます!
やっとくっついたー!の回です。
ストーカーも片付きました。
さて、あと数話で完結しそうな勢いです。
もう少し物語はつづきますので、最後までお付き合い頂ければ嬉しいです。よろしくお願いします。
リアクションや、評価、感想、ブクマ頂けて作者喜んでいます。




