14、ダイアナ
お待たせしました!
ダイアナ・フランシスはモヤモヤとしていた。
昨日、同僚のジェイリーがつきまとい犯に襲われたという理由で、職場を休みにしていた。
上司の説明では彼女には怪我がないものの、駐在兵や軍の聞き取りがあり、今日は休みになると聞いた。犯人は無事捕まったということだ。
そう聞いたのだが、ジェイリーを心配する気持ちが無くなる訳ではなかった。
ジェイリーは約半年前、この職場に中途採用された女性だった。
最初は本当に彼女は緊張していたし、まるで誰かに傷つけられないように警戒した猫のようだった。
本人には自覚はないかもしれないが、特に男性に対して怖がっているように見えた。
彼女から事情を聞く前から、ダイアナも他の同僚もなんとなく事情が分かるくらいだったのだ。
読み書き計算と町の名前の把握、魔力の素養、この職種に就けるような教養を持つ女性が、彼女の年になって働くというのは、複雑な事情があるというものだ。
ダイアナは最初は彼女と仲良くするつもりはなかった。
けれど、人が落とした筆記具を親切に拾ったり、資料用の紙が足りない時には手が空いている時に取りに行ったり、少しでも自分が何か助力出来ることがあれば、彼女は控えめながらも手を差し伸べるような人だった。大きな力があるわけではない。だけどそんな細やかな行動に彼女の心が見えた。
ダイアナは一人で昼食を食べる彼女に、初めて声をかけ、友人になった。
もしかしたらジェイリーは、ダイアナが社交的で明るい人だと思っているかもしれない。けれどそれは裏を返せば、誰とも深い関係を築かないようにしているということだった。
けれど、ジェイリーとの出会いでダイアナは新しい価値観が芽生えた。
彼女は真面目な頑張り屋さんだった。
そんなジェイリーを応援したくなった。ただの友達から、ダイアナのなかでジェイリーは特別になっていたのだ。
ジェイリーは仕事に慣れ、職場に慣れ、周りの人々に慣れていった。
その成長を見ているのがダイアナだけでないのは、いかつい上司が不器用に笑顔を作るようになって気付いた。
トバイアス第一室長はジェイリーが働き始める前までは、生真面目な元軍人という評価しかなかった。所作が荒々しいわけでもない、むしろ丁寧な話し方も行動も上司としては良い。しかし、部下の交換手たちへはどこか一線を引いている。
交換手たちは女性が多く、まるでその女性たちとは仲良くなってはいけないと自分を律するような雰囲気。
女性交換手のなかには密かにトバイアスにアタックし、玉砕した人もいるという噂も聞いた。
その上司がさりげなくジェイリーを眺めているのを、ダイアナは見たことがあった。
そして、ジェイリーが彼が近づいた時だけ、かすかに頬を赤くさせているのにも……
ダイアナは野暮なことはしないが、ジェイリーにはもっと自信を持ってほしかった。
過去のせいで傷ついた彼女を酒場に誘ったり、仕事以外のもっと他のことにも目を向けて貰いたくて、恋愛話を向けてみたりもした。
酒場に誘い、やっとジェイリーが「行こうかしら」と言ってくれたときには、嬉しくて仕方がなかった。
彼女と似たような境遇だったララさんやクラリスさんも誘い、楽しく女子の話が出来た。
しかも、酒場で軍人らしい男性が話しかけてきて、一緒に過ごすことになった。
軍人の三人のうち二人はジェイリーの近くに座り、彼女を狙っているようだった。
そうでしょう?ジェイリーは可愛いでしょ?
離縁させられたといってもまだ二十一歳。栗色の波打つ髪、白い肌に化粧をしないのに長い睫毛。よく見れば整った美人なのである。地味な格好をしていても分かる人には分かるだろう。
このファーバー交換台に就職した当時はもっと顔色も悪かったが、今となっては艶々と輝き、瞳が生き生きしているのだから。
ダイアナは鼻を膨らませて、なぜか得意げな気分だった。
しかし、当のジェイリーは他人事というか、関わりたくないという雰囲気で軍人たちに接していた。それに、自分が狙われていたというのにも全く気づいていなかった。
しかし、数カ月経つと、ジェイリーも余裕が出てきたのか、少しずつ服が可愛くなったり、綺麗な靴を新調したりするようになった。
そのせいか、変な男に追いかけられていると、ジェイリーが不安になっていた。
……ジェイリーが自分に自信を持つのとは反比例して、そんな弊害があると思っていなかったダイアナはジレンマを感じていた。
ジェイリーはそんな心配事のせいで、少し顔が曇っていた。ダイアナも彼女を心配していた。
そんな時トバイアスとジェイリーに進展があったのだ。
自分の知らぬうちに二人は接点を持ち、しっかりと恋を発芽させていた。
元夫が襲撃してきたと聞き、ダイアナは驚くが、それをきっかけに、ジェイリーはトバイアスへの気持ちを自分で認識したらしく、顔を赤らめていた。
二人でデートをすると聞いて、ダイアナはちょっぴり寂しい気分になりながらも、自分のこと以上に嬉しかった。
やっと、やっと二人が近づいた。
そう思うと気合が入り、ダイアナは三時間もジェイリーを連れ回して、彼女に最高に似合う、だけど気合を入れ過ぎていない、トバイアスも好きそうなコーディネートを見つけた。
そしてやっぱり、ジェイリーは元が美人なので磨きがいがあった。
綺麗になったジェイリーはさらに恋する乙女の顔でダイアナに相談をもちかけてくるのだから、ダイアナの暴走は止められなかった。
「ねぇ、ダイアナ。……トバイアスさんにね、元夫のことでまた借りが出来ちゃったの。食事にも連れて行ってもらっちゃうし、……何をお返しすればいいと思う?」
「このチケットを使いなさい!!」
ダイアナが勢いで彼女に渡したのは、オーロラ劇団ファーバー出張公演のチケットだ。
ファンクラブの限定の抽選券で前列中央のなかなか手に入らない席。しかもファーバー公演の初日という記念すべきチケットだった。正直最高の席である。
先日ダイアナはファンクラブ抽選に当たり、見事勝ち取ったのだが、ジェイリーと一緒に行こうと誘うつもりだったのだ。
彼女もどうやら主演女優のハリエットが気になっていたらしいので、このオーロラ劇団の魅力を知ってほしかった。
「これは……ダイアナが好きな劇団のチケットじゃない。あなた楽しみにしていたんじゃないの?」
申し訳なさそうにジェイリーが手を振る。
「チケットだったら今からでもまだまだ買えるわ。……それに、これはちょうど良いのよ」
「ちょうど良い?」
ジェイリーは純粋な反応をしていて、またそんなところも可愛らしかった。
ダイアナはついつい口がニヤニヤと笑ってしまう。
「トバイアスさんとの次のデートの取りつけを、これを渡すことで作れるのよ!」
拳を握りしめて、彼女の反応をチラリと窺うと、ジェイリーは頬をポッと赤くした。
デート当日はガチガチに緊張していた二人だったが、ジェイリーとトバイアスのデートは無事に成功した。これで次の観劇デートに繋がったのである。
しかし、デートの翌々日に出勤してきたジェイリーの顔色は良くなかった。
どうやら、ジェイリーは誰かに変な脅迫状を貰ったらしい。
全く心当たりがないというわけではない。元夫がいる。
ジェイリーは楽観主義者なのか、まだ自分が誰かに執着されているなんて思わないのか、一人で抱え込もうとしていたので、ダイアナは立ち上がった。
遠慮するジェイリーの代わりにトバイアスに報告し、ファーバー交換台の交換手たちを巻き込み、彼女を守ろうと思ったのだ。
ジェイリーの人徳のお陰か、彼女を擁護してくれる同僚は沢山いた。
同僚と協力して、彼女と一緒に通勤した。
しかし、ダイアナはジェイリーに贈られる不気味なプレゼント、ただの好意や悪戯だけではないものを感じていた。
でも、トバイアスが送り迎えをするようになれば、相手も逃げるだろう。
そう思っていたのだ。
トバイアスが送り迎えするようになり、すぐに犯人はジェイリーの家を急襲した。
ダイアナが提案したことが逆効果になり、犯人を逆上させることになるとは、一般的な考えをするダイアナたちには考慮することはできなかった。
ダイアナは終業後に一人溜息を吐きつつ、自分の行動を反省していると、デイロンが声をかけてきた。
「どうしたんだい?君の元気がないなんて珍しいじゃないか。やけに交換台が静かな気がするよ」
今日も飄々とした雰囲気の彼は、長身を少し屈ませてダイアナを眺めていた。
「デイロンさん……、私、余計なことをしてたのかなって……」
ジェイリーの心がまた傷ついたのではないかと、とても心配だった。ただでさえ、彼女は元夫から酷い目に遭わされ、最近もつきまといの恐怖にさらされていたのだから。
「私のせいであのつきまとい犯を刺激したのかもしれなくて……ジェイリーに酷い心の傷を与えて――」
「ふっ……」
「なんで笑うんですか?」
口を押さえて笑いを隠しているデイロンに、不可解に思ってダイアナは顔を上げた。
「ごめん、ごめん。ちゃんと状況を言ってなかったね。君はジェイリーさんと親しいようだし、詳しく説明するよ」
デイロンは帰宅していた隣の交換手の席に着くが、長い脚を収められずに横にずらして座った。
そして彼から、ジェイリーが昨日すぐに魔導防犯銃を撃ち、即座に犯人を無力化させていたことや、そのあとトバイアスがすぐに到着して駐在兵に知らせたこと。
そのどさくさに紛れてトバイアスが彼女に告白し、二人は正式に付き合うことになったと教えられた。
今日、休んでいるのは本当に事情聴取などの手続きや、割られたガラスの処理や、部屋の掃除のせいで出社できないだけだと言われた。
「トバイアスが魔導通信で、今朝電話をかけて来てさ、開口一番何言ったと思う?」
デイロンは面白そうに笑って続ける。
「『ジェイリーと付き合うことになった。犯人は捕まえた。明日は休むから交代してくれ』……だよ?それだけ言って電話切ったんだよ?」
え……?
「ほら、そんな顔になるよね。だから、ね?ふふふ……あの二人は大丈夫。心配するだけ無駄無駄」
ヒラヒラと手を振って、隣の席に座った彼はまたニコニコと笑う。
ダイアナは眉を寄せていた。
トバイアスはなんというか、直情的というか不器用というか……
「ふ、ふふふっ……」
二人がそうなっていたのかと知ると、思わずダイアナも笑ってしまった。
隣の席の男はそんなダイアナを穏やかに眺めていた。
ダイアナが緊張を解いてクスクスと笑っていると、椅子から立ち上がったデイロンはポンッと彼女の頭を優しく撫でてから、ポツリと言った。
「ジェイリーさんのことばっかり心配してるけど、君のほうが気にした方がいいじゃない?そんな無邪気な可愛い顔は、あまり外でしない方が良いよ」
「え?」
去っていくデイロンの背中を、ダイアナはしばらくボーッと見つめていた。
お読みいただき有難うございます!
今回はダイアナ視点のお話になりました。
彼女から見たジェイリーのことで、ジェイリー視点からは見えないものを書いてみました。
次回はジェイリーに戻り、事件のその後からになります。
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