12、つきまといの視線
お待たせしました!
※ストーカーの表現があります。
「どうしたの?ジェイリー」
ジェイリーの異変に気付いたのはダイアナだった。出勤の挨拶後、すぐに気付かれてしまったのには苦笑いしそうになる。
ジェイリーはデートの翌日、正体不明の人物から脅迫状を送られた。
『俺を裏切るな。あの男とは別れろ』という、短い文。
それだけだが、怯えない女性はいるだろうか。
ジェイリーは昨日も今日の出勤時も、怖くて仕方がなかった。
周りを警戒しながら、このファーバー通信交換台へと歩いた。
「トバイアスさんと、何かあったの?」
勘違いしたダイアナの眼光がギラリと光った気がした。
慌てて彼女に否定する。
「違っ、違うのよ!彼は全然関係なくて……」
そう、トバイアスはおそらく『あの男』である。元夫かもしれない謎の人物はジェイリーとトバイアスが一緒にいるところを見たのだろう。
それであんなものを寄越してきた……。でも、何故?
「元夫から、変な手紙が来て……」
恐らく元夫だと思うのだ。
「なんですって!……ね、ジェイリー。これはもう夫婦の問題ではないわよ。正式に別れているのに、何度もやって来るなんて、ストーカーじゃない?」
「でも、元夫っていう確証もないのよ。手紙が置かれていただけなの……」
「……そうなの」
肩透かしを食らったような顔をしたダイアナだったが、トバイアスが通信室に入ってくるのを見ると、彼のもとに一直線で歩いて行ってしまう。
「ダ、ダイアナっ」
「トバイアスさん。おはようございます」
「おはようございます。ダイアナさん。ジェイリーさん」
トバイアスはジェイリーを見つめてから挨拶した。
「おはようございます」
「あの、お話があるんですけれど。少しお時間いいですか」
「ああ。大丈夫ですよ」
トバイアスはダイアナの言葉に少し不思議そうに頷いた。
「え?」
いきなりのことでジェイリーはダイアナとトバイアスを見比べて慌てていた。
「行くわよ。ジェイリー」
ダイアナはなぜかトバイアスとジェイリーを連れて、会議室へと歩いて行く。
会議室でダイアナは熱弁を振るった。
彼女の主張は元夫の凶行から、ジェイリーを守るために、トバイアスがジェイリーを送り迎えするべきだというものだった。
「で、でも、そんなの、トバイアスさんに迷惑だわ」
「迷惑ではない」
ジェイリーが恐縮していると、トバイアスはそんな彼女の迷いを切り捨てるように答えた。
「ジェイリーさん。こういうことは室長である私たちに報告してください。この施設の大事な仲間の一人なんですから」
「トバイアスさんもこう言ってくれてるじゃない」
ダイアナは自分の意見が通ったことで、ウキウキした顔をしている。
ジェイリーは顔を赤くさせていた。
「今月はあと十日もありませんから、他の室長に代わってもらうこともあるかもしれませんが、来月からは完全に勤務時間を合わせましょう」
「室長が無理なら、私たちも一緒に帰るわ。ジェイリー。ね、ララさんとか他の交換手たちも気にしてもらったほうがいいわ」
「ダイアナ……トバイアスさん……」
ジェイリーはこの二日間ずっと心細い気持ちだったので、じんわりと目が熱くなった。
「ジェイリーさん。俺を頼ってください」
真剣な顔をしたトバイアスがジェイリーの手を掴んで、優しく温めるように包み込んでくれた。
「ありがとう……ございます」
その大きくて温かい手に我慢できなくなってしまって、ジェイリーは涙を零してしまったのだった。
謎の脅迫状のこともあり、ジェイリーのことは交換手たちにも共有され、トバイアスがいけない日は必ず女性三人で帰宅する事になった。
朝も誰かがジェイリーの家に迎えに来てくれて、ジェイリーは恐縮しつつも喜んでしまっている。新しい街に引っ越してきて、友人も知り合いもいなかったのに、今はどうだろう、ダイアナという友人も、職場仲間もいる。頼れる上司もだ。
「ねぇ、トバイアスさんとの劇場デートの服は用意しているの?」
ダイアナがまた目を光らせてきた。
「え?……ちょっと色々あって、忘れていたわ」
勤務後、ダイアナとララさんと夕暮れの街を帰っていた時だった。
あの脅迫状のせいで、次のトバイアスとのデートの約束を失念していたのだ。
「だめよ!ねぇ、ララさんもジェイリーのデート服見繕ってくれない?」
ダイアナはまた鼻を膨らませていた。
「もちろんよ!是非参加させて!」
ララさんまで、鼻息を激しくした。
「ちょっと、ふ、二人とも……」
かくして、ダイアナとララさんによって、ジュイリーはまた着せ替え人形にされてしまったのだった。
あれから脅迫状はまだない。
けれど、通勤時には誰かの視線を感じたりはする。
さらに……
ジェイリーのポストに、『俺もベーコンが好き』というメッセージが付いたベーコンが入っていたり、ジェイリーがいつも利用している雑貨屋で売られているハンカチが入っていたことがある。
「前の旦那さん……なのかしら?」
ハンカチを見たダイアナはポストの前で眉をひそめた。
「元夫はトバイアスさんに震えあがっていたのよ……人を雇って嫌がらせしているのかもしれないわ」
ジェイリーは溜息を吐いた。
ララさんも謎のプレゼントを目の当たりにして、嫌な顔をしていた。
「ジェイリー。警戒するばかりだと、普通の生活がままならないわ。でも、……家の中でも気を付けてね」
「ええ。心配してくれてありがとう。ララさんも、ダイアナも」
二人に見送られながら自分の部屋の中に入ると、ジェイリーは少し肩を落とした。
翌朝、ジェイリーは起床し、出勤のために身支度をしていた。
洗濯物を干している時、何だか気になって、バルコニーからアパートの前を覗きこむと、そこにはトバイアスがいた。
今日から彼が朝も夕方も送り迎えをしてくれるという話だったが、少し早くてジェイリーは驚く。
トバイアスは道行く人たちを警戒しながら立っているので、まるで狼みたいに見える。
これではトバイアスが不審者だと思われないだろうかと、ジェイリーは思わず笑ってしまった。
「おはようございます。トバイアスさん」
「はい。おはようございます。ジェイリーさん」
ジェイリーが笑顔で彼に声をかけると、大きな体で振り返ったトバイアスが返事をしてくれた。
ジェイリーは朝一番に見るトバイアスも素敵だな、と思った。
黒い髪と、少しだけ見える額の傷、凛々しい眉毛と薄い唇。
あまり直視すると、顔が赤くなりそうだったので、ジェイリーは進行方向に顔を向けた。
二人でオーロラ劇団の話をしながら、職場まで歩いて行く。
「あの、トバイアスさん。もし迷惑でなければなんですけど……」
ジェイリーはとても緊張しながら切り出した。
「こんなに、お世話になってしまって、申し訳ないと思いまして。これ、食べて貰えると嬉しいんですが……」
「え?」
ファーバー交換台に着く前に、鞄から出したものを彼に渡す。
ジェイリーは胸が苦しいほど緊張している。なぜなら、彼女はやっと最近まともに卵焼きの火加減と塩コショウとスパイス・ソース等を覚えたばかりなのだ。彼の口に合うといいのだが……
「これは……昼食……?」
「は、はい……あまり料理に自信はないのですが。もし良ければ……卵焼きとベーコンと葉野菜のサンドです」
料理上手のララさんに簡単で美味しい昼食レシピを教えてもらった。隠し味はパンに塗るマヨネーズに混ぜたマスタードだ。ジェイリーも試食したがたぶん大丈夫だと思う。
ちなみにダイアナもそこそこ料理ができるらしい。
送り迎えをしてくれた交換手の同僚たちにも、ジェイリーはちょっとしたお礼のお菓子を渡している。
「嬉しいです!」
トバイアスは目をキラキラさせて、ジェイリーの取り出した包みを受け取ってくれた。
受け取った際に、彼の大きな手がジェイリーの手ごと包んだので、緊張と違う感情で頬が赤くなってしまう。
トバイアスも首から耳まで赤くしていて、口は緩んでいた。
「美味しくなかったら……無理して食べなくても」
「いいえっ。ジェイリーさんに作って貰ったものが美味しくない訳ないですから。絶対食べます。ありがとうございますっ」
トバイアスの勢いにジェイリーは変な緊張がなくなっていた。本当にこの人といると、心が解れてしまう……。
好きだな……と思った。
「ジェイリーさんもお昼は同じものですか?」
「はい。一緒に作ってきました。お揃いです」
ジェイリーはにこにこと笑って、彼に答えた。
「お揃い……」
元々血色の良かったトバイアスの顔はさらに分かりやすく赤くなっていた。彼は手で口元を隠して、緩む顔を見せないようにしていた。
そんな様子を誰かに見られていたとは、二人とも思っていなかったのである。
物陰に隠れて、二人の背後から外套を被った男が睨んでいた。
舐めるように見つめる男の眼には、トバイアスに笑いかけるジェイリーの顔が映っていた……
お読みいただき有難うございます!
トバイアスとの関係は進んでいるものの、いよいよ誰かが近づいてきます。
次の話はちょっと色々あります。お楽しみに
感想やブクマ、評価、リアクションもありがとうございます。モチベーションにしています。まだ物語は続きますので、お付き合いいただけると嬉しいです。




