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夫に捨てられた元男爵夫人は、通信交換手として働きながら第二の人生を始めます  作者: キョクトウシラニチ


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11/17

11、デートのち脅迫状

お待たせしました!

 デートに着ていく服をダイアナと夜まで吟味した後、ジェイリーは自分のアパートの部屋の扉の鍵を開けようとして違和感に気付いた。


「あれ?」

 家の鍵は開いていたのだ。

 閉めるのを忘れたのだろうかと今朝のことを思い出す。

 確かに閉めたと思うのだが、毎日当たり前にする習慣のため、はっきりと確定することができない。

 もしかして、空き巣?

 緊張しながら音を立てないように小さくドアを開けて、中を窺うが何も見えない。魔導ランプを付けないとこの部屋は夜には真っ暗になるのだ。

 ジェイリーは鞄の中にある魔導防犯銃を手に取り、中にそっと入っていく。


 しかし部屋の中には誰も隠れていなかった。


 最近仕事は忙しくないのに、浮足立っているのか、こういった些細な間違いが多い。物を違う場所にしまい込んでいたりすることもあった。

 ホッとして、魔導ランプを付け、ジェイリーは自分の頭を軽く小突く。

「もうっ、鍵をかけ忘れるなんて……」




 やっとトバイアスと食事をする日になった。


 あれから強面のトバイアスの脅しが効いたのか、元夫が再びジェイリーの前に姿を現すことはなかった。

 ジェイリーはこの日ソワソワと業務をこなし、室長のトバイアスを意識しないように必死だった。


「ジェイリー……?落ち着いて?ヘッドセットを逆につけてるわよ?」

 昼休み明けの業務開始時、見かねたダイアナがジェイリーに突っ込んでくれた。

「あっ。……ありがとう、ダイアナ」

「緊張しているの?午後の勤務が終わったら、トバイアスさんとディナーだものね」

 ダイアナが苦笑いしている。

「え、ええ」

 そうなのだ。好きな人、というものが初めて出来た上に、その人との初めてのデートにジェイリーは気が気ではいられなかった。なぜか少し手が震えている。

「しょうがないわねぇ。いい?たまに一緒にランチの時に彼と話していることの延長なだけよ?」

 そうは言うが、やっぱり二人きりというのが違う。

 ジェイリーの様子にダイアナはふうっと、笑いながら溜息を吐いた。

「よく見て?トバイアスさんの靴下」


「え?」


 意味が分からなくて、見ないようにしていた彼の方を向き、足元を見てみる。


「ぁ!」


 トバイアスが室長の椅子に座っていて、丈夫そうな長い脚の先、トラウザーの端からチラリと見える靴下は、色が白と黒。完全に間違っていた。


「彼も少し余裕がないみたいね」


「……ふふっ」


 二人でひとしきりクスクスと笑うと、ジェイリーはトバイアスをチラリと見てみる。


 すぐに目が合って、彼はサッと顔を逸らした。その首から耳までは赤くなっていた。


 ダイアナは「あの人も結構分かりやすいわねー」とあきれた顔をしていた。



 そんな微笑ましいやり取りのお陰で、ジェイリーは午後の勤務もちゃんとやり遂げることが出来た。





「お疲れ様!ジェイリーがんばってね!おさきー」

 颯爽と後片付けをするダイアナにジェイリーは両こぶしを握って笑う。

「お疲れ様。ありがとう!ダイアナ」

「ふふふ」



 ジェイリーは控室で身支度を整え、ダイアナにお薦めしてもらった新色の口紅を塗り直した。


「よしっ」



 待ち合わせはファーバー交換台の建物の近くにある噴水広場。

 ジェイリーが着いた時にはトバイアスが既に噴水の近くのベンチに座って待っていた。


 トラウザーの裾から少しだけ見える靴下は、白と黒。


 ジェイリーはとびっきりの笑顔で、彼の元へと歩いて行った。




 トバイアスは軍に勤めていた時からファーバーには何度も来ていた事もあり、街を良く知っているらしい。雰囲気の良い料理店へと連れて行ってくれた。高級過ぎるわけでもなく庶民的ではあるが、きちんとした食事が出てくる良い店だった。


 デートの服装はダイアナのお陰でとてもいい服を選べたと思う。気合が入り過ぎず、仕事中も浮くこともなく、それでも綺麗で可愛い服を彼女がチョイスしてくれた。

 あまり自分の容姿には自信がないけれど、今日出勤したときのダイアナや他の同僚の褒め言葉で、ジェイリーは少しだけ胸が張れている。


 トバイアスとの食事も、彼が気を使ってくれ、ジェイリーも沢山話をすることができた。

 緊張しそうになったけれど、彼は今もあの白と黒の靴下を履いているのだと思うと、なんだか気が楽になった。

 肩から力が抜けたジェイリーは楽しく過ごすことができた。仕事の話だけではなく、この間の元夫を撃退してもらった礼から、魔法の話、子供時代の話等、色んな事を語り合った。



「……そうなんです。私、自分が雷属性だって知らなくて、静電気がよく起きるけど、痛くないのに、なんでみんなビックリするんだろうって思っていたんです」

「あはは、俺は最初に魔法が発動した時、家のカーテンを焦がしてしまったんです。母が目を白黒させていたのを思い出しましたよ」

「まぁ……、最初から焦げるくらいの魔力の強さでしたのね」

 布のカーテンは本来、雷の魔法を使ったところでなかなか焦げない。子供の時から彼の魔力量は多かったということだろう。

「そうですね、ちょっと強めだったので、すぐに魔法の発現だってわかったのは良いですが……軍関係の育成機関に入れられて、十歳から親とは離れ離れです」

「今はご実家には帰っていらっしゃるのですか?」

「軍を退役してからは、このファーバーの近くの街に実家があるので、たまに帰っていますよ」

 ジェイリーの実家はもうない。弟の家族と父は王都よりはファーバーに近い場所に住んでいるが、そこはジェイリーの生まれ育った家ではない。

 そういえば、自分の生活を立て直すのに必死で弟に連絡をするのをもう数カ月忘れていた。心配しているだろうか。

 久しぶりに手紙を、いや、電話をかけてみようか……あの田舎の村には魔導通信回線が繋がっていただろうか……

 ちなみに、ジェイリーたち交換手は常識的な回数であれば電話回線を使い放題である。交換手の特権だと、遠くからファーバーまで出稼ぎに来ている女性が言っていた。

「私も少し遠いので、今度、弟と父に電話でもしてみようと思います。やっぱり声で直接話すのってとても心が伝わりますものね」


 二人でそんなことを話しながら、美味しい食事を楽しんだ。

 あっという間に時間は過ぎ、ジェイリーのことを考えてくれたのか、トバイアスは「そろそろお開きにしましょうか」と言ってくれた。


 お酒は食前酒だけにしたので、今日は全く酔っていないはずなのだが、高揚した気分はやはり彼と一緒にいるからだろうか。

 トバイアスの少し強面な顔も、今日はずっと柔らかい表情だ。


 紳士らしく、彼はジェイリーを家の前まで送ってくれた。


「あの、トバイアスさん。お食事に誘ってくださって、ありがとうございます。でも先日のことで、こちらこそお礼しないといけないので、これ……」

 アパートに着くと、ジェイリーは勇気を出してトバイアスに小さな封筒を渡してみる。


 不思議そうにトバイアスは封筒の蓋部分を開けて、中身を確認していた。

 中にはダイアナが譲ってくれたオーロラ劇団のチケットが入っている。ファンクラブではないと予約できない特等席二枚のチケットだ。


「一緒に観に行きませんか?」

 ジェイリーが上目遣いで、恐る恐る彼の様子を窺うと、トバイアスは顔を赤くして嬉しそうにしていた。


「はい!行きます!」


 叫んだわけではないが、大きな声だったので、ジェイリーは面食らった。

 トバイアスも自分から出た声量に驚いたのか、口を押えている。

 彼の反応に自分も頬が紅潮して嬉しかったが、同時に、そういえばこの日に時間が空いているか分からないなと心配になった。まだ来月の勤務予定表は作られていないはずだが……。

「あ、でも……この日の都合は大丈夫でしょうか?一ヶ月後のこの日なんですけど……」

 トバイアスの大きな手の中にあるチケットに記載されている日付を指さすと、トバイアスはまた嬉しさを隠しきれていない顔で返事をした。


「はい!大丈夫です!室長の権限で、休みをねじ込みますから!」

 また声量を間違えていて、トバイアスは口を押えた。


「まぁ……うふふ」

 その返答に思わずジェイリーが笑うと、照れ隠しにトバイアスも笑い出した。

「あはは」

「ふふふふっ」


 今日の二人のデートはこんな風に和やかに終わったのだった。




 翌日は休日だったので、ジェイリーは家でゆっくりとした時間を過ごしていた。

 昨日のことが夢のようで気分はとても良い。

 少し遅めに起床し、マイペースに掃除に勤しんでいると、久しぶりに玄関のチャイムが鳴った。先月、大家さんが魔導ガスの点検に来た時以来だ。


「はぁーい」


 ジェイリーはすぐに返事をして、玄関まで歩いていき、のぞき窓を覗いたのだが、誰の影も見えない。

「どなた?」


 少し離れているのかと声をかけても、返事は返ってこなかった。


 ……え?


 ジェイリーはこの時になって、やっと危機感を持った。

 前にも同じように、無言でチャイムだけを鳴らして誰かが立ち去った。このあいだも家の鍵が開いていたことがあったばかりだ。あの時は自分の不注意だと思っていたのだが……


 元夫?

 それとも元夫がさしがねた荒くれ者かもしれない。


 扉を開けたらどうなるか分からない。


 どうしよう……


 玄関に置いてある防犯銃を握り、引き金を出し、指をかける。


 情けなくも震えて、筒がゆらゆらと左右に揺れてしまうが、ジェイリーは一度息を深く吸った。



 勢いよくドアを開けつつ、銃を構えた。


 ……。


 今回も誰もいない。しかし遠くで誰かの足音が遠ざかっていくのが聞こえた気がする。


 ジェイリーは身を乗り出して、扉の左右を警戒したが、廊下には誰もいない。


 しかし……

 扉に陰になるように手紙が落ちていた。



 周りを警戒しながらそれを拾い、ジェイリーはすぐに扉を閉める。

 普通の手紙ならアパート一階のポストに入っているので、ここまで人が来るのはおかしい。

 緊張しながら、それを開けると……


『俺を裏切るな。あの男とは別れろ』


 と、書いてあったのだった。

お読みいただき有難うございます!


ジェイリーの恋は進んでいるものの、変な手紙が……というお話。

さて、これからジェイリーはどうなるのか、あの脅迫状は誰が書いているのか、トバイアスは……?


まだストックがあるため、翌日更新は続きます。


うへへ。リアクションいつもありがとうございます。感想やブクマ、評価もお待ちしております。誤字脱字報告も助かります。

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