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夫に捨てられた元男爵夫人は、通信交換手として働きながら第二の人生を始めます  作者: キョクトウシラニチ


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10/17

10、チャーリー・ダイスという男2

おまたせしました。

「まぁ、あの方が奥様を追い出したっていう?」

「私ならそんなことをされたら自殺するかも知れませんわ」

「まぁ、あそこの大奥様は社交界でも声が大きい方でしたから……ねぇ?」

「オホホホッ」



 社交界で囁かれる声は、自分と母の精神をすり減らしていった。


 更に、家の中でも母が俺に文句を言って来る。


「ねぇチャーリー、あなたハリエットさんとはどうなっているの?もう三ヶ月も経つのに、家に手紙も来ないし、あなたからも話を聞かないじゃないの。ハリエットさんが家に嫁にきたらあんな噂なんて直ぐに止むというのに……」

「いつになったら正式に彼女とお付き合いするの?それとも籍は入れないの?」

「そもそもあの人と会えているの?」

「ねぇ、チャーリー」


「うるさい!」

 チャーリーは生まれて初めて母に怒鳴ってしまった。

 しかし母は母で、その声に逆上する。


「何ですって!なんて口をきくの!そもそも、付き合っているなんて、あなたの早とちりだったんじゃないの!?あんな噂が立つくらいなら、あのまま妻はジェイリーで良かったのよ!」

「うるさい、うるさい!母上だって、ジェイリーが気に食わないって言ったじゃないか!」

「嫁っていう存在は誰だって気に食わないわ!あなたがハリエットと結婚するって言ったから後押ししたのよ!」


 そんな言い合いを連日家でしている合間にも、社交界の噂は止まらなかった。

 今や貴族の中でダイス男爵家は『妻を虐げ、無慈悲に離縁をした家』だと噂されている。


 依然オーロラ劇団のハリエット・レスリーとは連絡も取れなかった。

 劇を観に行っても会えず、関係者に話をしても断られ、手紙には返事がない。彼女に拒否されているのだろうか。

 チャーリーはそれでも彼女を諦めたくなかった。

 それなのに母は飽きもせず、うんざりするほどチャーリーに文句を言う。


「ハリエットさんがダメなら、他に早く嫁を見つけないといけないわ」

「あなたはもう二十七歳なのよ!嫁の来手がないじゃない!」

「ああ……またお茶会で馬鹿にされたのよ!あなたが馬鹿なことをしたから!」

「今日なんて『サーヴェント家の令嬢を紹介しましょうか?』なんて嫌味を言われたわ!三十歳の出戻り娘を誰が嫁に貰いたいものですか!キーー!失礼にも程があるわ!」


 チャーリーの生活を支配したがる母は、次の縁談を決めようと躍起になっていたが、上手くいくわけがない。


 官庁の職場でもチャーリーは肩身の狭い思いをしていた。

 ヒソヒソと噂話をされているのだ。


「ねぇ、貴女さっき、あのダイス男爵とお話してました?」

「しておりましたけど?」

「あの人新しい奥方を探しているらしいわよ。気を付けてね」

「ご冗談を。存じておりますわ。絶対あんな家に嫁ぎたくないですもの。業務のお話しかしませんわよ」

「ですわよね……」

 女性事務官がそんなことを話しているのが耳に入ってくる。


 そんな時、愛妻家の上司がチャーリーの噂を聞き、直接離縁のことを聞いてきたのだ。

 チャーリーはこの時初めて、自分がした事を正直に他人に話した。離縁した日に手切れ金を渡して家を追い出したことだ。軽く叩いたことや無理矢理サインさせたことは言わなかったのだが……


 話を聞いた上司は絶句してから、絞り出すように言葉を吐いた。

「……元……奥方にそんなことをして……何を考えているんだ?先に話し合いをすれば良かったじゃないか?穏便に解決できただろうに。裁判にでもなったら、君はどうするつもりだい?今よりももっと社交界にいられなく……いや、子供の世代になっても周りが覚えているような醜聞になるぞ?」


「え……?」


 自分はそれほどのことをしたのだと、この時になってやっとチャーリーは認識した。離縁して約五ヶ月経った頃のことだった。


 ハリエットとは会えず、新しい嫁は見つからない。パーティでは噂され、職場でも居心地が悪い。家でも母には文句を言われたチャーリーは、思いついた。


 そうだ。ジェイリーと復縁して、ハリエットは愛人になって貰えばいい。

 ジェイリーが帰ってさえくれば、噂は全て嘘で、ちょっとした行き違いだったと印象付けられる。ジェイリーにそう言わせればいい。


 チャーリーは探偵を雇い、ジェイリーの居場所を突き止めることに成功した。


 ジェイリーは離縁されてしばらくしてファーバーへと転居し、そこで魔導通信交換手として働いているという調査結果を得たのだ。


「ふん。そうか。ファーバーか」

 ファーバーまでは馬車で六時間もかかるため、一日仕事だ。

 とりあえず一度その勤務先であるファーバー交換台に、ジェイリーがいるかどうかを確認しようと、近くの公衆電話から電話を掛けることにした。


 電話はまだダイス男爵家の屋敷には導入していない為、夜遅くに貴族街の中央にある公衆電話の小さな建物に入って、ファーバー交換台へと繋いでもらった。


 ファーバー交換台に繋がったものの、「ジェイリー・ダイスはファーバー交換台にはいない」と、けんもほろろに言われてしまった。


 探偵にもう一度問い直すと、調査は間違いないという。


 仕方がないので、休みをとり、自らファーバーに足を向けることにした。


 そこで、チャーリーは人生で初めてというほどの痛みを感じる、酷い経験をした。


 ファーバー交換台の建物から出てきた元妻は、町娘のような格好をしていたが、前よりもなんだか輝いていて、一瞬誰か分からなかった。

 気を取り直して、彼女を呼び止め、話し合いをするために喫茶店へ従者を連れて入った。


 そこまでは良かった。

 復縁の話をしたら泣いて縋って来るだろう。

 そうしたら、こちらも急にあんなことをして悪かったと謝ってやらなくもない。

 魔導通信交換手なんて仰々しい職種についていようと、ジェイリーなど上手くやれるはずはないし、たぶん生活にも困っているし、俺と復縁できるならなんでもするだろう、と高を括っていた。


 ジェイリーは、俺に会えたのに嬉しそうな顔一つしなかった。

 最初は驚いただけかと思っていたのだが、彼女は面倒な客が来た時の使用人のような顔で、表情は平坦で、業務的な話し方をした。

 こんな女だったろうか?

 いや、俺と話す時はいつも笑っていた。あの彼女の笑みが媚びているように感じ、チャーリーは余計にジェイリーを軽視していたはずだ。

 ダイス男爵家にいさせてやっていた。立場の弱い女。

 だが、今目の前にいるジェイリーは安い平民の服を着てはいるが、年相応に瑞々しくも自立した立派な一人の女性に見えた。

 平民になった彼女は昔とは比べようもないほど不自由な暮らしをしているはずだ。

 女だてらに外に働きに出て、自分で金を稼いでいる女なのに。


 くそ!だが、ジェイリーが帰ってさえくれば、全ての問題が解決するのだ。

 なんとか説得するためにチャーリーは言葉を並べた。


 しかし、チャーリーが話せば話すほど、彼女の雰囲気は固くなり、手ごたえがない。


 そのうえ、自分に対して「他の人と結婚しろ」「自分はもう関係ない」などと言ってきたのだ。

 こっちが下手に出ていれば、調子に乗っているのだ。

 頭に血が上って、またジェイリーを引っ叩いて、言うことを聞かせようとしたら……


 その瞬間、体が引き裂かれそうなほどの激痛と、筋肉の硬直、声さえまともに出せない苦痛を感じた。


「がっ、……あっ、ぁーッ~ーーっ」

 口から悲鳴とも、うめき声とも違う音が漏れていた。


 男に雷魔法をかけられたのだ。

 それは解放されても、体全体が痺れ、一時間以上まともに動かすことが出来ないほど強力な魔法だった。魔法のことに詳しくはないが、軍事目的で作られた特殊な魔法があるとは聞いたことがある。

 男はジェイリーを庇い、確固として彼女を守る姿勢を取っていた。

 その勇ましさと体格、額の傷と魔法の正確さで男が軍関係者であると判る。その雰囲気は隠しようがなかった。


 動けない状態で、ジェイリーには決別の言葉を投げつけられ、さらに見知らぬ男がチャーリーに二度と来ないよう脅しをかけてきた。

 あの瞳孔の開いた緑色の目は、チャーリーに恐怖を植え付けるのに充分な恐ろしさがあった。

 男の握った拳は無数の傷があり、簡単にチャーリーを制圧できるだろう。それどころか、息の根を止めることさえ容易であることを無意識に感じ、細い悲鳴が口から漏れた。


 去り際に、ジェイリーと男が目配せをして頷いていた。

 そのお互いへの信頼を感じる仕草に、チャーリーはさらに頭を殴られたような気分になった。


 ジェイリーは今まで何もできない女だと思っていた。

 つまらない女だと……そう思っていた。

 俺に捨てられて、失意のままどこかで細々と生活をしているのだろうと……

 だが、全部違った。

 彼女は俺と別れた後のほうが、生き生きとしていた。

 違う街に住み、仕事を得て、俺のいない場所で新しい人間関係を築いていたのだ。

 ジェイリーには既に自分が必要ないのだ、と思い知らされ、自分から切り捨てたものの価値を今更になって惜しむ。

 ジェイリーが結婚当初チャーリーと心を通わせようとしていたのを思い出し、胸が苦しくなった。

 自分勝手にも裏切られたような気分さえ感じている。



 痺れが残る腕を擦りながら、従者に肩を貸してもらい、ホテルまでの道を歩く。


 道中、チャーリーはファーバーの街角に張りつけられていた、オーロラ劇団の出張公演のポスターをぼんやりと見つめていた。


 ポスターの中のハリエットは笑っていた。

 あの誰もが魅了される笑顔で。

お読みいただき有難うございます。


チャーリーざまぁの回でした。

少しは胸がすいたでしょうか。これでしばらくチャーリーは出てきません。


次回はやっとデートのお話です。


ジレジレが長すぎるでしょうか?まぁ、そういう話なので許して下さいw


また評価頂きました(うへへ)有難うございます。

堅苦しい文章で読む人を選んでしまうかもしれませんが、もう少しお付き合いいただけると嬉しいです。

感想や、評価、リアクション、ブクマや誤字報告もいただけると嬉しいです。

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