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第13話:魔道具の価値と影

 お茶会という名の、静かな殺意が満ちた会場を後にする。

 自室へと続く廊下を進みながら、私はようやく、肺に溜まっていた重たい空気を吐き出した。

 屋敷に足を踏み入れた瞬間の、あの肌を焼くような緊張感。

 それが茶会室を出たことで、わずかに、けれど確実に和らいでいく。


 背後に控えるカイルとリアナの気配も、どこか張り詰めていた糸が緩んだように感じられた。

 

「はあ……。とりあえず、第一関門突破、かしら」

「アナスタシアお嬢様」

 

 カイルが静かに、けれどどこか重みのある声で私を呼んだ。

 見れば、彼はいつもの無表情を保ちつつ、呆れたように眉根を寄せている。

 

「……お身体の方は大丈夫ですか。見たところ魔道具は正常に作動しているようですが」

「シリュス様のこの魔道具は本当にすごいですわ。全く不快感もなく浄化してくれて、とても便利です。やっぱりあの方は素晴らしい魔導師様ね」

 

 私が「超高性能な便利グッズ」のおかげだと安堵(あんど)して笑うと、カイルは冷ややかな視線を私に向けた。

 

「その『便利』のせいで、貴女は毒入りの紅茶を、おかわりまでしてがぶ飲みしていましたよね。……その言葉、そのままシリュス様に報告しておきます。『頂いた魔道具が便利だったので、毒をがぶがぶと美味しそうに飲んでおられました』と」

「えっ、ちょ、カイル!? 言い方! 悪意がありますわ!」

 

 想像してしまった。

 その報告を受けたシリュス様が、美しい顔に青筋を立て、周囲の気温をマイナス四十度まで引き下げて私を無言で詰めてくる姿を。

 

「お願いカイル、それだけはやめてくださいませ! うう、せめて『仕方なく一口飲んだら止まらなくなった』みたいに…なんとか、こう、もう少しオブラートに包んでださいませ!」

「余計に頭が悪そうですよ。……そもそも、アナスタシアお嬢様。貴女はそのブレスレットの意味を分かっていない」

 

 今度はリアナが、困ったように笑い、私の手首の魔道具を指差した。

 

「このブレスレットに埋め込まれた魔石。これはシリュス様が時間をかけて、ご自身の魔力で染め上げられたものです。ここまで美しい魔石なら、小国一つが買えるほどの価値があるでしょう。それに……この国の貴族女性なら誰しも一度は憧れる伝統については、当然ご存知でしょう?」

「……え?」

「これだけの純度の高い魔石をシリュス様の上質な魔力で完全に染めるなど、それこそ『生涯の伴侶』を(めと)る時くらいしかあり得ませんわ」

 

 ーー婚約。

 ーー魔石。

 

 リアナの言葉に、前世でプレイしていたゲームの記憶がパッと火花を散らした。

 確かあのゲームでも、第一王子が聖女に「僕の魔力を込めた」とか言って、目が潰れるほど豪華なネックレスを贈っていたシーンがあった。

 あの時は、攻略対象が愛の重さを競い合っていたっけ。


 けれどその裏、画面の中のアナスタシアはセシリアに薬を打たれて災厄化していく最中だったので、私はそれを見てイライラが頂点に達していたのだ。

 不遇なキャラが壊されていく横で、呑気に愛の重さを競い合う彼らの姿に耐えられず、深夜の眠気も相まって「はいはい、お幸せに」と連打で読み飛ばしてしまっていた。


(……嘘。あのギャグっぽいイベント、この世界では婚約申し込みレベルの『ガチ』なやつだったの……?)


 もっとちゃんと設定を読みこんでおけばよかったと、今更ながら当時の自分の詰めの甘さを呪いたくなった。

 国一つが買えるような代物であり、かつ、実質的な求婚。

 それを私は、「便利な浄化装置」だと思って毒をがぶ飲みするのに使ってしまったのか。

 

「さらに言えば、その短剣もです」

 

 カイルが、私のドレスの装飾に紛れさせ、家族の鋭い目から逃れるように深く腰へと忍ばせていた短剣を指で示した。


「それはゼノス様の愛剣『陽炎(かげろう)』の夫婦刀。陽炎の魔力特性に適合する相手、つまり(つがい)として認められる強者でしか扱えない代物です。その美しさ、性能からしても他国からも喉から手が出るほどほしいでしょうね。……お二人から同時にこれほど熱烈に求婚される女性なんて、この国中を探してもお嬢様くらいのものですよ」


私はゴクリと息を呑む。

急に、二人から頂いた魔道具の価値が、物理的な質量を持ってずしりと身体にかかるような感覚に陥った。


「よっぽど身近な部下として側に置きたいのだとしても、上等過ぎる気がしますね。リアナの言う通り――正式な『妻』として迎え入れたいのか」

「……お二人とも、お嬢様を独り占めにしたくて仕方がないようですわ」


 カイルの冷静な分析と、満足そうにニコニコ笑うリアナの煽るような言葉に、私の顔が沸騰しそうになる。


「ええええええええっ!?!? な、ななな、なんでそんな大事なこと、今言うのよ! っていうか、絶対に誤解よ! お二人ともボロボロの私を見かねて、その、慈善活動みたいなもので……!」

「声が大きいです、お嬢様」


 パニックで叫びそうになった私の口を、カイルが素早く抑えた。

 彼の瞳が、一瞬で鋭い「護衛」のそれに切り替わる。


「……静かに。騒げば、潜んでいる『奴』に気付かれます」

「……え?」


 カイルの声は低く、冷徹だった。


「屋敷に到着してから、あの茶会室にいる間……ずっとこちらを観察していた気配がありました。シリュス様たちの情報にあった身元不明の護衛かと思いますが……あれはただの護衛ではありません。かなりのやり手かと。」

「やり手……?」

「おそらく、護衛というよりは殺し屋、あるいは暗殺者の類でしょう。隠密スキルの精度が異常に高い。……ずっと、お嬢様が隙を見せる瞬間を、獲物を狙うように見定めていました」

 

 姿が見えない、殺し屋。

 その響きに、シリュス様たちの魔道具の重圧に震えていた背筋が、別の冷たい恐怖で凍りついた。

 けれど、確かに誰かに首筋を撫でられているような、ねっとりとした殺気が影の中から漂ってくる。


「……これからの動きも、読まれている可能性があるわね」

「ええ。ですが、そう簡単には近づかせませんよ。今はどうやら、お義母様の側に戻ったようですし」

 

 カイルは懐から分身を作る魔道具を取り出した。

 それを自室の扉の前で起動させると、私とカイルにそっくりな「分身」がぼんやりと現れる。


「数時間は持ちます。リアナはこの分身を連れて、部屋に入ってください。お嬢様が眠りに就いたと、家の者たちの目を欺く。……その隙に、私とお嬢様で執務室へ潜入します」

 リアナが心配そうに私の手を握る。

「……お嬢様。何かあれば、お渡しした地図を使って迷わず私のところへ来てくださいませ。いいですね?」

「ありがとう、リアナ。カイルもいるし、無理はしないと約束するわ」


 私は、リアナと「偽物の私」が部屋へ入っていくのを見届け、カイルと共に闇の深い廊下へと足を踏み出した。

 腰にある「夫婦刀」と、腕にある「婚約の証」にそれぞれ触れる。


(任務を遂行して、ちゃんとお返ししなきゃ…!)


 そのとてつもない重みが、今は守りというよりも、お二人からの「絶対に離さない」という無言の縛鎖(ばくさ)のように感じられて、私はもう一度、強く身震いした。 

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