七 ヨソモノ
それから二人は、いくつか村内の家を巡ることとなった。どの家も荒れ果てており、見るに堪えない惨状を何度も目の当たりにした。だが一方で、村の崩壊に繋がる情報は不気味なほど見つからなかった。おそらく、調査をしに来た国の役人により全て回収されてしまったのだろう。
結果的に、現状は惨殺跡が残った廃村というだけである。民家を見る限りでは、噂以上の情報は出てこないようであった。そんな状況に飽きてきた小影は辟易した表情を見せるも、蘭果は期待を込めた笑みを崩さなかった。帰りたいという意思を込めつつ、小影は蘭果に問う。
「ねぇ、もう調べ尽くして何も出てこなさそうなのに、まだ続けるの?」
「調べ尽くした? 何をバカな。文献だけが情報というわけではないのだヨ。それに、最後に行くべき所があるのダ。この村の、最奥にサ」
そう告げて、蘭花は正面の奥の方を指差す。気付けば二人の行く先にもう民家はなかった。あるのは鬱蒼とした木々と、何かに続くような一本の道。その先は何処か、忌まわしく近寄り難い雰囲気を纏っていた。だがその先にあるものこそが彼女の望むものなのだろう。幾分かの警戒からか、蘭果の無数の眼があちこちに逸れる。何かを探すようであったのは、おそらく危険かどうかを確かめる為であろう。
これまでとは比にならない程の緊張感を、或いは果てしない探求心からの期待感を伴って、二人は村の最奥へと歩み始めた。
≪≫
そこには小さな祠が一つ、建てられていた。手入れがされている様子はない。当然と言えば当然であろう。ただでさえ人が立ち入ることのない捨てられた村であるのに、その最奥に辿り着く者などそうそういるはずがない。何十年も放置されていたであろうことを証明するように、石造りの祠は苔むして鎮座していた。
蘭果は祠を前にして、睨むように観察を始めた。その一歩後ろから、小影が見守る。何かを祀っていたであろうそれに禍々しい気配を感じて、小影は近付きすらしたくなかったのだ。一方で蘭果は無神経に、ベタベタ触る勢いで調べ尽くさんとしている。
「ねぇ、あんまり勝手に触んない方がいいと思うよ」
「オヤ、私が祟られると恐れているのカ? 案ずるな、私は既に怪異側の存在なのだからネ」
「いや違うけど。万が一にもあんたの共犯って思われたくないし」
正直なところ、この百々目鬼が呪われて祟られようが知ったことではない。だがもし、小影自身にも怒りの矛先が向くのならば話は変わってくる。これ以上面倒事など増やしたくはなかったのだ。そんな思いとは裏腹に、蘭果は変わらず調査を続けているのだが。
まあ確かに、この祠が気になるのも事実だ。こんな小さな村の最奥に作られた祠など、不気味でしかない。まるで隠すように、封じるように。一体村民達は、何を祀っていたのか。
そう、だからこそ関わるのが嫌なのだ。祀っていた何かに触れることが、普段よりも何倍も恐ろしかった。
「……で、何か見つけた? 何もないなら、もう帰りたいんだけど」
「ン、もう少し待ってくれ。そこまで時間は掛からないサ」
そう言って祠をひっくり返す勢いで調べる蘭果は、もはや祠荒らしにしか見えなかった。小影はもう一歩後ろに後退った。
と、その時だった。小影から見て右側の木々の中から、妖しい気配を察知したのだ。同時に腐臭のような臭いもする。すぐにわかった。これは、いつも見ているような人の霊だ。
程なくして、そいつは姿を現した。巨頭の村民らとは違って、人の形は保っている。だが正気はなかった。目は虚ろで、不規則にギョロギョロと動き回っており、何処を見ているのかわからない。足元も覚束なく、ゆうらりとそこに立っていた。
小影は真っ直ぐそいつを見据える。そいつも視線に気がついたのか、ギンと小影に目の標準を合わせた。それを見て、察する。こいつは自分達を害そうとしているのだと。怪異側に、引き入れようとしているのだと。
小影はポケットに入った『それ』を握り込む。そいつは今にも飛び掛かろうとする勢いだった。迷いはない、はずだった。だが、どうにもあの巨頭の村民達がちらつく。あの百々目鬼は、こいつをどう認識しているのだろうか。
ほとんど無意識的だった。チラリと、目線が蘭果の方へと移る。数多の目で感じ取ったのであろうか、彼女はそれを見逃さなかった。変わらず胡乱に、彼女は微笑む。
「やりたければやればいいサ。そいつは所詮、余所者の野良幽霊だからナ」
――迷いは、消えた。
目線を元に戻すと、そいつがいよいよ小影に迫りくる直前にまで来ていた。だが触れられるよりも先に、小影は拳を振り切った。掌中には護符が握りしめられている。蘭果と対峙した時と同じものだ。
正面から拳を受けたそいつは、それだけで呆気なく散っていく。完全に消えたのを確認して、小影はふっと一息ついた。背後からは一人分の小さな拍手が聞こえてくる。
「お見事。流石は私が見込んだ用心棒ダ」
「あんたの力じゃないだろうに。というか、あのくらいならあんたも対処できたんじゃないの?」
一瞬、躊躇こそしてしまったが、それほど強い怪異ではなかった。それならば、小影よりも強いはずの蘭果が対処できないわけがない。そんな疑問に、蘭果は困った顔をして答える。
「そうは言ってもね、調査している最中に襲われたら流石の私でもかなわないのだヨ。だからこそ、護衛が必要なのサ。
特に、さっきの奴はここを守っている怪異とみた。やはりお前を連れてきて正解だったようダ」
「え、じゃあやっぱり消したら駄目なやつなんじゃ……」
「ところがそうでもない。守っていると言っても、奴が独占したいが為だったようダ。祠の主にでも惹かれたのだろうナ。そのせいで、あの村人らも迷惑していたようダ。言っただろう? 『余所者幽霊』とナ」
確かに小影が倒す前、彼女はそう言っていた。ならば、その時点であの怪異の正体には気が付いていたということになる。あいつと対面したのはさっきが初めてだったはずなのに、一体いつから? 彼女は、何者?
……などという思考は、蘭果の話によって遮られてしまう。
「とすればな、ここに祀られていた存在がますますわからなくなるのだヨ。秘密裏に隠され、部外者をも魅了する存在。彼らは一体、何を祀っていたのだろうナ」
そこまで言って、蘭果は黙り込む。おそらく考察に脳を回し始めたのだろう。小影からすれば、正直どうでもいいことであった。むしろここから離れたい、という忌避感の方が強かった。
そうして一頻り考え込んだ後、蘭果は再び口を開いた。
「マァ、とはいえ此処の探索はあらかた終わったかナ。小影、帰るぞ」
「ようやくか。流石に疲れた」
「ハハッ、このくらいでバテているようではいけないナ。今回は楽な方ダ」
「どっちかっていうとお前に振り回されたのが大きいんだけど。てか、次があるみたいな言い方やめろ」
そう小影が反論すると、蘭果は意味深に微笑む。小影とて、彼女にこれ以上関わるつもりはなかった。だから、次などあるはずがない。それでもなお、蘭果は表情を崩さなかった。
「ナァ、小影よ。取り引きがあるのだが――」
蘭果が何かを言いかけた、ちょうどその時だった。
ガサリと、二人の背後から物音がした。その場所は、村の入り口から戻る方向、二人が帰る道であった。




