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追想カルマティック ~欠落少女らは今日も怪異蒐集に励む~  作者: 晴牧アヤ
第一章 廃村へようこそ、この余所者如きが。
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六 巨頭の村民

 その村は、そこまで広い所ではなかった。夜闇で奥の方はよく見えないが、点々と建っている民家の数はそれほど多くないように思えた。おそらく小規模な集落だったのだろう。そして、その家々のほとんどが半壊の状態にあった。それが、蘭果が話した首歪村伝説でいうところの「一人の村民により荒らされた」部分であるのだろう。


 そんな首歪村へ足を踏み入れてすぐに、小影はこの場所の異常性を理解した。空気感自体は、先程とさして変わりはしない。ぱっと見ただけでは、ただの廃れた村だろう。

 だが微かに腐臭と、何者かの視線がその評価を塗り替える。怪異への耐性が幾らかついている小影だったが、あまり長く滞在したいとは思えなかった。適当についていって、さっさとここから離れてしまおうと小影が考えている中、蘭果はフラフラと近くにある民家の方へ向かい出す。まるでそこが手頃な探索場だとでもいうように。

 正直、小影のことは認識外にあるように思えて、もう帰ってもいいのではないかと逡巡する。しかしそれでは財布が取り返せないし、それ以上にどれだけ逃げようが必ず追ってくるのだろうという想像は難くなかった。であれば、不本意だがやはり付き合う他ない。一瞬考えた逃亡計画は投げ捨て、今まさに民家に入ろうとしている彼女の元へと駆け寄った。


「遅いぞ、小影。時間は有限なんダ。モタモタするなヨ」

「あんたが自分勝手にフラつくからでしょ。せめて一言頂戴」

「ハハ、それもそうダ。肝に銘じておくヨ」


 口では反省したように言うが、その態度は全く気にする様子がない。どうせ改善する気はないのだろうと、小影は半ば諦めた。

 そうしたやりとりもありつつ、二人は民家の中へと入り込む。古びて朽ち始めている一軒家。玄関の扉も壊れて外れており、扉としての機能を為していない。開けるというよりそれを退かすように侵入し、散策を開始した。

 想定通りというべきか、想像以上というべきか。窓は当然割れており、家具はあちらこちらに散乱している。何かの棚も横倒しにされているし、パキッと何かを踏んだかと思えば食器の欠片であった。そして極めつけに、赤黒く変色して飛び散っている血痕。偶然この家だけがここまで荒れているというわけではないだろう。であれば、この村の噂はほとんど事実で間違いないということになる。


「マァ、ある程度予想通りであったことダ。噂に関係する書類も見つからなかったことだし、この家で調べられることはもうないカナ。もう行くぞ」


 他の場所を調べていたであろう蘭果が、小影にそう言うなりさっさと民家から出てしまう。一言残したつもりなのだろうが、こっちのペースを考えてほしいという意図はやはり伝わらなかったようだ。

 とはいえ、小影も特に気になるものはなかった為、遅れて民家から退散する。先に出ていた蘭果は家の前で立ち止まっていたが、小影を待っていたわけではないようだった。


 その気配には、小影もすぐに気がついた。全方位から感じる多数の敵意。それらが二人を囲うように、徐々に近付いてくるのがわかる。自然と臨戦態勢に入る小影に対して、蘭果は一切動じていない。ある種の余裕さえ見せる彼女だったが、そこにいつものような胡散臭い笑みはなく、その目は相手を見定めようとするものであった。


 そして遂に、それらが姿を現す。通常の何倍にも膨れ上がった頭部に、血の気を失った青白い肌。頭が重いのか、両手は地面につけて四つん這いになっている。そうして肥大した頭を威嚇するようにぶんぶんと振り回し、それらはにじり寄ってきていた。

 間違いなくそれは異形であり、怪異であった。小影の握る拳に力が籠る。緊張の糸が張り詰める。段々と大きくなっていく呻き声が不快で仕方がない。小影か異形か、どちらが先に仕掛けてもおかしくなかった。

 ――プツンと、張り詰めていた糸が切れた。いよいよ、小影が一歩踏み出したのである。無論、目の前の怪異を消し飛ばす為だ。

 そう。踏み出した、のだが。


「おっと、少し待ちたまえ。攻めるには早計すぎるかナ」


 小影が身を乗り出した瞬間、蘭果が片手で諫めてきたのだ。急ブレーキを掛けられた小影は前につんのめる形になったが、なんとか体勢を立て直す。止めた蘭果を睨むが、本人は悪いことをしたとは思っていないようであった。


「なんで、どうして止めたのっ」

「阿呆め。何故お前はそこまで好戦的なのダ。彼奴らがお前に、何かしたのカ?」


 そう言って巨頭の異形らを指差す蘭果に、小影は口ごもる。蘭果の言う通り、異形らによって害が齎されたわけではない。だが、あんなに敵意を向けられて警戒しないのも無理があるのは事実だ。そうやって反論するも、蘭果は臆することなく続ける。


「敵意など、むしろ当然だろう? 廃村とはいえ、私達は無断でこの村に侵入している身ダ。彼奴らからすれば、私達が余所者なのダ。そこのところ、覚えておくんだナ」

「……妙に説教臭いのがムカつくけど、一理はある」


 そもそも廃村の訪問に誘ったのは蘭果だろうとか、そこまで大事なことならば前もって教えてくれれば良かったとか、文句は多々あった。けれども蘭果の言い分自体は事実であったため、無理矢理であったがとりあえず飲み込むことにした。

 小影が納得したのを確認すると、満足そうに少し微笑んで、巨頭の異形らの方へ向き直った。彼ら全員に聞こえるように声を張り上げ、蘭果が宣う。


「この度は勝手な訪問、失礼した。僭越ながら、もう少しこの村を調査しようと思っているのだが、よろしいか!」


 その姿に、いつもの茶化すような雰囲気は微塵もない。より凛々しく、堂々たる振る舞いはまさに、神のような強かさを帯びていた。

 彼女の説得が効いたのか、それとも蘭果の存在に畏れたのか。異形らは頭を振るのを止めて、あちらこちらに散開していく。やがて二人を囲う気配は消え、小影はほっと安堵した。


「ねぇ、正直わたし、要らなくない? あんたの一声で退けられるならさ」

「さて、どうだろうナ。私の声が届かない怪異も当然いるのだから、用心棒はまだまだ必要ダ」


 とは言うが、彼女の力量なら並大抵の怪異なんかは相手にならないだろう。

 ふと、蘭果の目線が一瞬何処かへ移る。そうした危機察知能力も申し分ないはずだ。小影はいよいよ自身の存在意義がわからなくなっていた。

 そんな小影をよそに、蘭果は再び探索を開始する。彼女は村の奥の方へと踏み入っていく。またも置いていかれそうになった小影は足早に彼女を追って、そして問いかけた。


「ていうか、帰らないの? 無断で立ち入ってるのは理解してるクセに」

「おいおい、それとこれでは話が別だろう。調査の為にわざわざ此処へ来たのダ。少し警戒されただけで、何故立ち去る必要がある?

 それに、了承は得られたようだしナ。ハハハッ」


 それを聞いて、小影は蘭花との相容れなさをことごとく感じることとなった。相手の気持ちが読み取れるクセに、それに準じて動かない。常識を知っているのに、常識を失っている。

 まさに自己中心的で身勝手な百目の怪異。それが報月蘭果なのであった。

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