五 此処カラ先ニ立チ入ル者、命ノ保障ナシ
「こんなこと、とハ?」
「わかってんでしょ。あんたの言う、怪異蒐集とかいう妙ちくりんな趣味のこと」
「随分言ってくれるじゃないカ。マァ、話そうカ。これからのパートナーになるだろうしネ」
「ならない。絶対に」
小影の拒絶は聞かなかったことにして、蘭果は小影に向き直る。しかし飄々とした態度は崩さないようだ。相変わらず胡散臭い笑みを浮かべながら、蘭果は自身のことを語り始めた。
「実を言えば、私は記憶喪失なのだヨ。人を驚かして物を盗み始める以前の、全ての記憶がない。わかっていることと言えば、自分が無数の眼に覆われた化物ということくらいカ。お前の言う、百々目鬼だナ」
「待って。わたしは怪異蒐集について聞いたんだけど?」
「勿論、その話をしているつもりダ。まあ聞きたまえヨ。
そういうわけもあって、私は自分がわからないのダ。何をしていたのか、どこから生まれ落ちたのか。その全てを、私は知りたいと思ったのダ」
彼女の、飄々とした調子は依然として保っている。しかし、彼女の雰囲気から仄かに寂しさのようなものが感じられた。けれどもそれも一瞬で、次の瞬間にはそんな様子は微塵も現れはしなかった。蘭果は話を続ける。
「幸いなことに、私自身も怪異であることは一目でわかった。ならば、それを手掛かりに調べていこうと思うのは自然なことだろう?」
「……そこで、怪異蒐集ってわけか」
「御名答。と言いつつ、記録していく内にハマってしまったというのもあるのだがネ」
何が面白いのか、カラカラと蘭果は笑う。そんな彼女にはもはや目もくれず、小影は思考を始めた。
なるほど、自分の記憶を探るためであるのならば、あんなに熱心になるのも頷ける。可哀想などとは微塵も思わないし、今すぐにでも消し去りたい程にウザったいのは確かだ。けれども、欠落した記憶を取り返そうという心意気は、やはり感心するところがあった。少なくとも、空いた心の穴を埋めようともしない小影にとっては。
「――サテ、私の話ばかりしていても面白くない。お前の事についても色々聞かせてもらっていいカ?」
「は? 普通に嫌だけど」
「マァ、そう言わずにサ。私も身の上を話したのだから」
そう言われては反論しがたいが、小影とて易々と自身の情報を明け渡しやるつもりなかった。それでいえば、蘭果がしゃべり過ぎただけだとも言える。どのみちバカ正直に身の内を明かしてやる気はなかったが、しかし一方で相手は人のプライバシーに平気で踏み込んでくる異形。それ故に、小影の秘密を見透かしていた。
「私もな、お前に聞きたかったのだヨ。お前は怪異を異常なまでに憎んでいるが、さては、怪異に親でも殺されたカ?」
瞬間、小影の拳が蘭果に迫る。顔面を狙ったその拳は、しかし容易く受け止められた。それでも退かずに小影は蘭果を睨み続けている。
図星だった。そのことを理解した蘭果は、またカラカラと笑い出す。小影は苛立ちが止まらなかった。
「そうかそうか。その憎悪の原動力は復讐だったカ」
「何? 言いたいことがあるならはっきりしなよ」
「いや、そのことが知れたら十分ダ。私にとっては、そのこと自体に意味があるのだからな。これ以上の詮索には興味がない」
そう返して、蘭果の小影の拳を振り払う。小影は呆然とする他なかった。
どこまでも腹の立つ奴であったが、それ以上に詮索が呆気なく終わって拍子抜けしてしまう。今度は一体、何を企んでいるのだろうか。
……いや、そんなことを考える必要はない。この怪異蒐集が終わればこいつとの縁は切れるし、こちらから切るつもりだ。殺せなくとも、この怪異を学校から追い出す方法などいくらでもある。だから、今日を耐えればいいだけの話だった。
その後の会話はなかった。互いに思惑を巡らせて、如何に自身を有利な道へと導けるかを思案する。そうして、二人は日が落ちるのを待っていた。
≪≫
空は橙色から紺色に移ろいつつあり、街の明かりも灯っていく頃。小影と蘭果は再度、トンネルの付近を調べ始めた。
入口となる『それ』が見つかるのに、時間は掛からなかった。草木によって隠れるようにしていた道だったが、それ以前に調査していた蘭果の洞察力により、すぐに発見されることとなった。
現れた『それ』は、その先へ導くかのように開けられたけもの道であった。トンネルと並走するように進んでおり、まさに閉ざされたトンネルの代わりとでも言うようであった。
その道が首歪村に続いている保障自体はどこにもない。しかしながら、蘭果はそんなことなど気にしないとけもの道を進み始める。あまりに自分勝手な蘭果の後を、小影は慌てて追った。
鬱蒼とした木々は、沈んでもなお空を照らさんとする日の光すらも遮っている。おかげで懐中電灯なしでは進めなかった。夕焼けも月明かりも見えない山道を、蘭果が持ち合わせていた懐中電灯の光だけを頼りに歩いていく。
小影は蘭果を横目見る。いつの間にか、彼女の姿は元の眼に塗れた姿に戻っていた。山道に入って、人目を気にする必要がなくなったからであろう。わざわざ術を掛けていたのなら今の方が楽だろうし、妥当と言えばその通りだった。
そうして、少しずつ夜が深くなってきた頃であろうか。何もなかったその道であったが、進む先に子供の背丈ほどの高さの看板が見えたのだ。それを目視した途端、蘭果は嬉々として看板に近付いた。お目当てのものだったのだろう。何かの罠があるかもしれないだろうにと呆れつつ、小影もついていく。
二人は看板を凝視する。赤く刻まれた文字が掠れ始めて読みにくくはあったが、看板にはこう書かれていた。
『此処カラ先ニ立チ入ル者、命ノ保障ナシ』
そのような文面と共に記された矢印の先を見て、少なからず『何か』はあるのだろうと身構える。これを立てたのは、惨殺から逃げ延びた村人だろうか。はたまた偶然迷い込んで恐ろしい目に遭った一般人だろうか。どちらにせよ、決して悪ふざけなどには見えなかった。
先程よりも幾らか増した緊張感を持って、再び歩き出す。だがそれは小影だけであって、蘭果は変わらず鼻歌交じりに先を進んでいる。むしろ看板を見つけた後から、明らかに機嫌が良くなっていた。それはこの先にあるものが首歪村であると確信付いたからであるだろう。
確かに、事前に聞いた話の中で「看板がある」という情報があった。そのことは小影も覚えていたので、小影も同様の確信を持っているのは否定しない。かといって、それを楽しみに進むということは理解できなかった。その点においては、蘭果が怪異蒐集オタクとしての所以であろう。
しばらくして、単調だった景色が不意に拓ける。空はすっかり暗くなり、辺りを見渡せば自分達が来た方へ続くトンネルがそこにあった。入り口は閉鎖されておらず、進めば閉ざされた方への坑口に戻るだろう。
次いで、蘭果が前方を照らす。そこには鳥居が存在していた。赤くはない、木で組まれた、人ひとり潜れる程度の鳥居。それはまさしく、その先に見える集落への入り口だと言えるだろう。
鳥居に近付き、二人はその前に立つ。足元には、骸骨のような形の石が転がっている。蘭果は妖しく笑い、言い放った。
「間違いない、ここが件の首歪村ダ。サァ、小影よ、ここから本番だぞ?」




