四 首歪村へ行こう
その日の放課後、小影と蘭果は約束通り、学校を出てすぐに怪異蒐集へと向かうこととなった。
元々小影には神奈の家に行く予定があったが、学校を出る前に断っておいた。その際に神奈は少々むくれた表情を見せたが、怪異関連の急用と伝えると不満そうにしながらも見送ってくれた。
そうして、校舎から離れて少し経った頃だろうか。それまで会話の無かった二人だったが、ただ歩いているだけにも退屈したのか、蘭果が口を開いた。
「ところで、今から赴く場所について、色々気になるのではないカ?」
「……別に。わたしは何事もなく終わってくれれば、それでいいし」
「つれないネ。では私が勝手に話すだけサ」
そう言って、頼んでもいないのに語り始める。小影は面倒くさく思いつつも、自身に関わることになるだろうと耳を傾けた。
蘭果が言うには、今向かっているのは「首歪村」という廃村らしい。なんでも時空の歪みによってそこに行けるかどうかが異なり、特定の時間でないと道は拓けないのだそうだ。更には、辿り着いたはいいものの、廃村に入ってすぐに頭が肥大化した化け物に襲われるという噂もあった。
「なるほど、だから首歪村なんて名前なんだ。流石に安置すぎる気はするけど」
「勿論、それは俗称ダ。正式な名称は誰にもわかっていない。何故ならそこは、国の公文書から消された村なのだからネ」
「なに、まだ続くの?」
「いやいや、むしろここからが本題サ。仮に、首歪村伝説とでも呼ぼうカ。その悲劇は昭和の頃、とある村人が突然発狂したのが始まりなのサ」
そして発狂したその村人は、他の村人を次々と惨殺していったという。それはもう、残酷で悲惨な光景であったと言い伝えられていた。その後、惨殺し回った村人は自害し、後に調査をしに訪れた国の役人がその現場を発見。そうしてこの一件を快く思わなかった国のお偉いさん達が村の存在ごと記録を抹消した、というのが蘭果の言う首歪村伝説の概要であった。
正直なところ、その話の信憑性には疑わしいものがある、と小影は考えていた。国から消されたならば、どうやってその事件が漏れ出たのか。時空の歪みによって行けるかどうかもわからないなど、中々信じ難い。しかしながら、蘭果が言うには「その真偽を確かめるのダろう?」とのことであった。
その後も、目的地に向かいつつ蘭果から様々な話を聞いた。やれ村に続く道には看板があるのだ、やれ村には鳥居や祠があるのだと、具体性こそあれど情報源がわからないものばかりで下手に信用はできなかった。そしてなにより、目の前の蘭果が滔々と自慢げに話すのが何かと癪に障った。流石に何もしないというのも腹の虫が収まらないので、一発だけ蹴りを入れておいた。全然効いてはいなさそうであったが。
そんなこんなで歩くこと一時間程。いつの間にか住宅街を抜けていたようで、山の方へ近づいていることが見て取れる。家々が減っていくのに比例して木々が増えていくのを見て、近所にこんな所があったのだと小影は妙に感心した。
「っと、ここが中間地点だろうナ。小影、ひとまず着いたぞ」
封鎖されたトンネルの前で、蘭果が声を上げた。目的の場所に着いたようである。
辺りは木々に囲まれており、トンネルの先は山道になっているようであった。坑口がバリケードによって物理的に塞がれているのを見るに、経年劣化等によって閉ざされているのだと推測できる。
どの道ここから先には進めなさそうであったため、 まさかここを通るはずだったのが封鎖されていました、なんてオチじゃないだろうなと蘭果を鋭く睨んだ。しかし彼女は意に介さず、トンネルの近くまで歩いていく。そうして辺りを調べていく蘭果を、小影は後ろから呆然と眺めていた。
蘭果の表情はいつの間にか真剣なものに変わっており、熱意を感じさせる様子が実に意外であった。怪異蒐集なんてふざけた趣味だとは思っていたが、彼女なりの信念なんかがあるのだろう。どこか抜け落ちた自分にはないものであり、それが小影には羨ましく思えた。
「――フム、なるほどナ。小影、少し時間を掛ける必要があるのダが、構わないカ?」
「良いか悪いかで言えば最悪だけど、何?」
「いやなに、大したことではないのだがネ。少しばかり、早く来てしまったようダ」
「もしかして、例の時空の歪みうんぬんのせい?」
小影が問うと、蘭果は頷いて天を見上げる。現在時刻は午後五時半。オレンジが見え始める頃合いであるが、太陽は未だ健在である。つまりは、まだ明るい時間帯。蘭果が言うには、あと一時間は待つ必要があるのだそうだ。
「一時間後の日暮れ前後、いわゆる黄昏時だナ」
「ああ、そのくらいなら知ってる。相手の顔がはっきりわからなくなるくらいの薄暗い時間帯。ま、夜でも明るい現代人には関係ないけど」
「その通りダ。そして、怪異が蔓延る時間帯でもある。逢魔が時、とも言うな。そんな人間と怪異が交わる黄昏時ならば、異界への道が拓けるとは思わないカイ?」
「ここがその入り口であってれば、の話だけど」
「ハハ、その時はその時サ。また付き合っておくれヨ」
「絶対、嫌」
約束は今日限りだと小影が断ると、蘭果はどこからか取り出した財布を見せつけてきた。当然、小影から奪ったものである。取り返そうと手を伸ばすが、身長差のためか全然手が届かない。ムカつくのでとりあえず鳩尾でも突き殴っておいた。流石に多少は効いたのか、それから無言で突かれた辺りをさすっているのを見て、小影は少しだけスッとした。
兎にも角にも、ここまで来たら黄昏時まで待ってみるしかないだろう。そのことについて異論は返さなかった。二人はトンネルの端に寄っていく。横並びに二人、トンネルの縁らへんの壁に寄りかかる。小影は天を仰ぎ、蘭果は俯いて思案に耽る。しばし、沈黙が訪れた。
その沈黙を破ったのは、小影であった。ねぇ、と空を見上げたまま声を掛けた小影に対して、同じく蘭果は顔を動かさずに軽く返事を返した。
「なんだい? お前から口を開くとは珍しいじゃないカ」
「……揶揄うならもう聞かない」
「すまなかったネ。ホラ、話してみたまえヨ」
つくづくムカつく奴ではあるが、聞いておきたいことはあった。はぁ、とため息を吐きつつ、小影は切り出した。
「思ったんだけど、あんたさ、なんでこんなことしてるの?」




