三 怪異蒐集に興味はおあり?
呼吸すら忘れるほどに動けないでいる小影を余所に、HRはそのまま進行していく。自己紹介を終えた彼女、報月蘭果は担任から指定された席へと移っていく。しかもそこは、小影の一つ後ろの席だ。彼女とすれ違うまでずっと目が合っていたのが、どこか恐ろしく感じられた。
担任が連絡事項を連ねていくが、もはや小影の耳には入らない。何故、あの女がここにいるのか。もしや自分は目を付けられたのではないか。ならば、何の為に。混濁した思考は上手くまとまらず、ぐるぐると疑問ばかりが湧いては消えていった。
――気が付けば、HRは終わっていたようだ。俄かに後方が騒がしくなる。一拍遅れて、転校生の周りに人が群がっているのだと理解した。
蘭果は質問攻めにあっているというのに、狼狽えることなく順々に受け答えを続けている。それでいて人当たりも良く、周りの人は蘭果が怪異であると一切気付いていないようだった。それがなんとも、小影には悍ましく思えた。害悪が人間のふりをしてそこにいる、それだけで反吐が出そうだった。
そうして顔を強張らせている小影の元へ神奈が近づき、声を掛ける。
「転校生、人気だねぇ。で、小影はなんでそんな不機嫌そうなの?」
「……あいつ、例の百々目鬼だよ。今は愛想良くしてるだけ」
「え、でも、そこまで悪い奴には見えないよ? 何かする様子もないみたいだし」
「そんなわけない。あいつの悪意は、昨日よく理解した」
そう小影が言い切ると、神奈も「まあ、警戒しておこうかな」と言い残した。小影は依然として不快感を募らせている。今は大人しくしていようが、きっといつか誰かの物を盗るに違いない。そうなる前に、早急に手を打つ必要がある。あれだけ強い怪異なら、神奈の両親に掛け合うのも視野に入れるべきだろう。
苛立ちからか、拳に力が入る。怪異は全て祓う、殺す。その信念は金輪際消えることはない。少なくとも今日までは、そう思っていた。
≪≫
蘭果が動きを見せたのは、その日の昼休みの時間であった。
神奈が小影に弁当を手渡して、教室内で食べようとした時だった。後ろから現れた蘭果は、「校内の案内を頼みたいのダが、そこのお嬢さんを借りてもいいカ?」と言うなり、小影を連れて教室から出ていってしまった。教室にはそこそこ人がいた上、割と目立っていたために断ることなどできなかった。
教室から出た小影は蘭果を引き連れ、真っ直ぐに人のいない校舎裏へと向かっていく。廊下で蘭果が何かを見つける度に「あれは何か」と聞いてきたが、一切無視した。
そうして校舎裏に辿り着き、人が全くいないことを確認すると、小影は問い詰め始める。
「で、あんたは何をしに来たわけ?」
「何って薄情ナ。学び舎に来たのだから、勉学に励むのが本分だろう?」
「違うだろ。昨日初めてわたしと会ったあんたが、翌日わたしの学校に転入してくる。これを偶然とでも言うつもり?」
「運命、と言ってもらいたいナ。まあ、そう仕向けたのは私だガ」
いつまでも飄々としたその態度に、またも怒りが込み上げてくる。しかし、こいつのペースに飲まれてはいけないと、深呼吸して自制する。乱されてはおしまいだと、小影は自身に言いつけた。
「端的に言えば、私はお前に興味が湧いたんダ。強い霊能力に、怪異を滅せようとするその意志。私はお前をとても気に入ったのダ」
「……それは、皮肉と受け取っていいの?」
「まさか、正当な評価サ」
そう言ってカラカラと笑うが、昨晩の出来事は手も足も出ず勝ち逃げされたようなものだ。そんな相手に強いだのなんだの言われても、素直に誉め言葉として受け取ることなど到底できなかった。それにこの女の狙いも中々探れない。こいつは、自分をどうしたい?
「それで、ダ。そんなお前を見込んで、付き合ってもらいたいことがあるのダ。もちろん、犯罪紛いのことではないヨ。だからそんなに顔を怖くしないでくれ。
私の趣味の話になるのだがネ、近頃は怪異蒐集に熱中しているのだヨ。怪異について調べ、怪異が現れる場に赴き、実際に見聞きした怪異を記す。どうだい、面白いと思わないカイ?」
小影は黙って首を横に振る。小影にとって怪異は殲滅の対象であり、調査しようとは微塵も思えなかった。それも、単なる趣味の為に。むしろ蘭果の方こそ異常だとすら思えた。
そんな小影の返答は想定内だったのか、特に気にする様子もなく、蘭果は話を続ける。
「だがネ、この怪異蒐集というものは危険も伴うのダ。ホラ、私とてか弱い一端の怪異だろう? 過去にも何度か危うい事例があったサ。そこで、怪異に強いお前に用心棒を頼みたいのだヨ。付き合ってくれるカイ?」
バカか、と小影は吐き捨てた。
興味もないものに、どうしてわざわざこいつみたいな奴の為に付き合わなくてはいけないのか。それに蘭果は自分よりも強いはずだし、それすらも脅かすという怪異にどう立ち向かえというのか。バカらしい、本当に付き合ってられるか。
大体、それ以前の問題があった。小影はもはや呆れつつ、溜め息を吐いて蘭果に問う。
「そもそも、メリットがない。わたしが、その怪異蒐集を手伝う理由。それを提示して」
そう。小影には、怪異蒐集に付き合う意味が無かった。そこまで誘うならば、自身が付き合うだけの理由が欲しいと小影は主張する。
だが、蘭果は動じることなく、「フム」と少々一考した様子を見せた後に、手の平の上の『それ』を差し出して見せた。『それ』を見た瞬間、小影は目を見開き、次いで蘭果を睨んだ。
「これは、昨日お前から預かった財布サ。今夜、怪異蒐集に付き合ってくれればこれを返すと約束しよう。メリットとはいかないが、十分な理由ではないカ?
アァ、安心してくれ。中身は一銭も抜き取っていないヨ」
小影は改めて、この女の意地の悪さを実感した。
正直、この女が約束を守る保証はどこにもない。中身取っていないというのも、信じられたものではない。けれどもこの話に乗らなければ、それこそ財布が返ってくる可能性はなくなるだろう。今ここで奪い返すというのも、昨日の出来事からして不可能な話だ。
であれば、財布を取り返すには少なくともこの女に従う他ない。財布など気にせずこの場を去ってしまうことも考えたが、あの財布にはそこそこの金額が入っていたはずだ。だからできる限り、財布は取り返す必要があったのだ。
「ああ、クソっ。こんなの、行くしかないじゃん」
「そうかそうか。感謝するヨ。それでは学校終わりにそのまま行く予定だから、親御さんには連絡をしておくんだナ」
「……別に親はいないけど、まぁわかった」
そう返した小影の様子が少し変わったのを、蘭果は見逃さなかった。親、という単語を出した途端に、彼女にほんの少し翳りが見えたのだ。だが小影はそれ以上のことは言わず、なんとなく察した蘭果も追求することはなかった。
その代わり、というべきなのか。蘭果は話題を変えるように、小影に問いかける。
「そういえば、お嬢さんの名前を聞いていなかったかナ。教えてはくれないカ?」
「……まぁ、お嬢さんとかお前とか言われるよりかはマシか。わたしは悄縁小影。あんたは、朝聞いたからいいや」
「是非とも蘭果、と呼んでくれたまえ。私と小影の仲なのだから」
「うるさい。そんな仲になった覚えはない」
蘭果が小影の頭に手を置こうとして、小影が振り払う。あくまで怪異蒐集に付き合うだけなのだというスタンスを感じ取ると、蘭果は仕方なさそうに微笑んだ。
楽しみだナ、と蘭果は投げかける。対して小影は、何も返さずそっぽを向いたのだった。




