本物の愛
夏休みが明け、学校が始まると、教室ではいよいよ本格的な劇の練習がスタートした。
脚本担当の男子を中心に、劇の構成についての議論が白熱していく。
「5人の貴公子への難題、どうする?」という問いに対して、クラスからは次々と内輪ネタのアイデアが飛び出した。
「新人の佐藤先生のお気に入りの私物を持ってこい、ってのは? で、偽物持ってくるけど速攻でバレるの!」
「いいね! あと、いつも厳しい体育の田中先生に、舞台上で無理やり褒めてもらうようにお願いする、って難題はどう?」
「定期テストで満点取ってこいって言って、点数を偽造したのがバレる奴も入れようぜ!」
教室中が笑いに包まれる中、ふと、図書委員の大人しい女子が手を挙げた。
「あの……みんなドタバタばっかりだけど、原作の後半にある、帝のエピソードはどうするの?」
「帝? 何それ」
男子の一人が首を傾げると、彼女は少し恥ずかしそうに話を続けた。
「省略されがちだけど、5人の貴公子の後に、帝が権力を使ってかぐや姫を強引に連れ去ろうとするの。でも、かぐや姫は消えて拒絶する。それを見た帝は、彼女が特別な存在だってことを理解してね、それから二人は、3年間、文だけで心を通わせていくの」
教室が少し静かになる。彼女の話に、みんな引き込まれていた。
「月に帰る時、かぐや姫は帝に手紙と、永遠に生きられる”不死の薬”を置いていくの。でも帝は、かぐや姫のいない世界で永遠に生きることに意味を見出せなくて、月に近い所、つまり日本で一番高い山の上で、その薬を燃やしちゃうんだよ。……すごく切ないラブストーリーなんだよ」
「へえ……ただ振るだけじゃなくて、そんな話があったんだ」
明日香が感心したように呟いた。
その時、ずっと黙って話を聞いていた胡葉の口から、無意識に、ぽつりと台詞が零れ落ちた。
「……じゃあ、かぐや姫が本当に欲しかったのは、物じゃなかったんだね。相手の幸せを願う、本物の愛だったんじゃないかな」
言い終えた瞬間、胡葉はハッと我に返った。
気がつくと、教室がしん、と静まり返っている。
えっ、と周りを見渡すと、クラスメイト全員があっけにとられたような顔で、一斉に胡葉を見つめていた。
次の瞬間、教室が爆発したような大歓声に包まれる。
「うおおお! 胡葉が愛について語ってるぅぅぅ!」
「初めはあんなにかぐや姫嫌がってたのに! いつの間にかめちゃくちゃ演じる自覚出てるじゃん!」
「ち、違うってば! 今のは、昔読んだマンガの受け売りだから!」
胡葉は顔を真っ赤にして必死に手を振ったが、一度火がついたクラスのノリは止まらない。
「マンガでも何でも良いじゃん! 今のセリフ、めちゃくちゃカッコいいからかぐや姫の台詞に取り入れようぜ!」
「採用決定ー!」
黒板に、新しくかぐや姫の台詞が書き加えられていく。
【──私が欲しいのは、財宝ではなかったのです。本当に欲しかったのは、本物の愛。一途に見つめ続けて、ただ相手の幸せを願う、本物の愛なのです──】
恥ずかしさのあまり、再び机に突っ伏す胡葉。
「ただ相手の幸せを願う本物の愛」──それが、大好きな人を前にした時、自分の熱い感情をどれほど残酷に打ち砕く「呪文」になるのかを、今の胡葉はまだ、想像すらしていなかった。




