第18話 帰還
オークを倒してからも、ガレスはすぐに街へ戻ろうとはしなかった。
先ほどまで棍棒が空気を裂き、木々の間に怒号と咆哮が響いていた森には、嘘のような静けさが戻っていた。風が梢を揺らすたびに葉擦れの音が広がり、折れた枝の先に残っていた雫が、湿った落ち葉の上へ小さな音を立てて落ちている。
けれど、辺りに残された光景は、つい先ほどまでの激闘を物語っていた。
棍棒に深く抉られた地面には黒々とした土が露出し、近くの木には樹皮が大きく剥がれた跡がある。
折れた枝や踏み散らされた落ち葉の中央には、オークの巨体が横たわっていた。
あれほどの力で棍棒を振るっていた魔物が、今はもう動かない。
俺はその姿を見下ろし、ゆっくりと息を吐いた。
まだ胸の奥には戦いの興奮が残っていて、剣を握っていた右手にも、最後の一撃の感触がかすかに残っている。
「フィナ、周囲を頼む。リックは俺と残れ」
「分かった」
ガレスの指示に、フィナはすぐに頷いた。
肩に掛けていた弓を手に取り、木々の間へ視線を走らせる。
頬にかかった髪を指先で耳に掛けると、彼女は足元の落ち葉を確かめながら森の奥へ進んでいった。細身の身体が木立の間を抜けていく動きは軽やかで、ほどなく姿が見えなくなると、足音さえ聞き取れなくなった。
リックは剣についた血を布で拭いながら、倒れたオークと周囲の木々を交互に見ている。
戦いが終わったからといって、二人ともすぐに気を緩める様子はなかった。
俺も立ち上がって手伝おうとしたが、身体を起こした途端、左肩から背中へ鈍い痛みが走った。
「……っ」
思わず顔をしかめると、ガレスがこちらを振り向いた。
「肩か?」
「はい。少し痛みますが、動かせます」
「そうか。ちょっと見せろ」
近づいてきたガレスに促され、俺は革鎧の肩口を緩めた。
棍棒がかすめた辺りには、すでに赤黒い痣が広がり始めていた。
皮膚の擦れたところもあるが、幸い深く裂けてはいない。
ガレスは傷の周囲を慎重に確かめ、俺の表情を見ながら左腕をゆっくり動かした。
肩の高さに近づいたところで痛みが強くなり、俺は小さく息を詰めた。
「そこか」
「はい。力を入れると、少し響きます」
「骨は大丈夫そうだな。打撲だと思うが、街へ戻ったら診てもらえ」
「分かりました」
ガレスは頷き、革鎧の留め具を元に戻してくれた。
「今日は左腕で重いものを持つなよ。それと、右手は空けておけ」
「右手も、ですか?」
「帰るまでが依頼だからな。何か出てきたとき、すぐに剣を抜けるようにしておけ」
「なるほど。確かにそうですね」
俺が頷くと、ガレスは軽く笑い、オークの方へ戻っていった。
王宮で稽古をしていた頃にも、打ち身や擦り傷を作ることは珍しくなかった。
木剣をまともに受ければ翌日まで痛みが残ることもあったし、身体を動かす以上、多少の怪我は避けられない。
ただ、あの頃は稽古場のすぐ近くに治癒術師がいた。
今、頭上を覆っているのは深い緑の梢で、周囲にあるのは湿った土と苔の匂いばかりだ。
街の外壁さえ見えないこの場所では、傷を負った後も、自分の足で帰らなければならない。
俺は荷物の紐を左肩に負担がかからない位置へずらし、腰の剣が抜きやすいことを確かめた。
「アルク」
木々の間から、フィナの声が聞こえた。
振り向くと、彼女が回収した矢を手に戻ってくるところだった。
木漏れ日が明るい髪を照らし、肩から背中へ流れる柔らかな髪が、歩くたびに小さく揺れている。森の奥へ向けていた鋭い眼差しも、俺たちの姿を確かめると少し和らいだ。
「近くに大きな魔物の気配はないみたい。戦いの音で、小さな動物も離れちゃったようね」
「ゴブリンの方は?」
ガレスが尋ねる。
「巣の辺りにはまだいると思う。でも、こっちへ向かってきた痕跡は見つからなかったよ」
「よし。なら、回収を済ませて帰るぞ」
フィナは頷くと、手にしていた矢を一本ずつ確かめ始めた。
泥のついた矢羽根を拭い、鏃が欠けたものを分けてから、使える矢だけを矢筒へ戻していく。
リックも腰から解体用のナイフを抜き、オークの傍らへしゃがみ込んだ。
「アルクは肩を休めとけ。こっちは俺がやるから」
「ありがとうございます」
「それにしても、でかいな。ゴブリンとは大違いだぜ」
リックはオークの頭を見下ろし、右耳の付け根へ刃を当てた。
討伐証明の回収は、ゴブリンのときにも経験している。
だが、目の前に横たわるオークの巨体を見ると、同じ作業でも随分と勝手が違いそうだった。
厚い皮膚へ刃が入り、静かな森に生々しい血の臭いが広がる。
戦っている最中には気にする余裕もなかった臭いが、今は妙にはっきりと感じられた。
「まだ慣れないか?」
俺の表情を見たリックが尋ねる。
「戦っているときとは、やっぱり違いますね」
「まあな。俺だって、好きでやってるわけじゃないさ」
リックは苦笑しながら切り取った耳を布で包み、小袋へ収めた。
「でも、これを忘れたら討伐報酬がもらえないからな。そっちの方が困るだろ?」
「それは確かに」
俺が笑うと、リックも口元を緩めた。
「さて、次は魔石だ」
今度はオークの胸元へ視線を落とし、刃を入れる位置を慎重に確かめる。
厚い皮膚の下には分厚い筋肉があり、ゴブリンのときよりもずっと力が必要らしい。
リックは何度か刃の角度を変えながら作業を進め、やがて肉の奥から硬いものを探り当てた。
「お、あったぞ」
取り出された魔石は、これまでゴブリンから回収したものより明らかに大きかった。
リックが布で血を拭い、俺にも見えるよう掌へ載せる。
「ほら、持ってみろ」
差し出された魔石を右手で受け取ると、見た目以上の重みが掌に伝わってきた。
「……大きいですね」
「オークだからな。ゴブリンの魔石より、ずっといい値がつくはずだぜ」
リックは嬉しそうに笑った。
俺は掌の魔石と、地面に横たわるオークの巨体を見比べた。
つい先ほどまで、あの棍棒の一撃を避けるために必死だった。
それが今は、討伐の証と魔石を回収し、報酬の話をしている。
何とも不思議な気分だった。
「ギルドでいくらになるか、楽しみだな」
「はい。こうして手にすると、倒した実感が湧いてきます」
「だろ? それが冒険者の楽しみの一つってわけだ」
リックはにやりと笑い、俺から魔石を受け取った。
「武器はどうする?」
矢の整理を終えたフィナが、地面に転がった巨大な棍棒へ目を向けた。
「いらん。持って帰っても売れんし、重いだけだ」
ガレスは一瞥しただけで答えた。
「それより、巣の報告を急ぐぞ」
「了解」
リックが回収したものを荷物へ収める間に、俺は自分の剣を抜いた。
刃に残っていた血を布で丁寧に拭い、夕方の淡い光にかざして確かめる。
すると、刃の一部に小さな欠けができているのを見つけた。
オークの肩へ深く斬り込んだとき、骨に当たった場所だろう。
王宮で使っていた剣なら、稽古が終われば整備を任せることができた。
だが、この剣は俺が自分で選び、腰に下げているものだ。
街へ戻ったら、手入れをしなければならない。
小さな刃こぼれを見つめながら、そんなことを考えていると、ふと口元が緩んだ。
「どうした、アルク?」
リックが不思議そうに尋ねる。
「いえ。帰ったら、剣の手入れをしないといけないなと思って」
「そりゃそうだ。今日の働き者だからな」
リックは俺の剣を見て笑った。
「ま、お前も剣も、今日はよく頑張ったよ」
俺も笑って剣を鞘へ収めた。
◇
帰路は、来たときよりもゆっくりとした歩みになった。
戦闘の疲労もあったが、全員が周囲への警戒を怠らなかった。
先頭を歩くフィナは、往路でつけた目印と地面の痕跡を確かめながら進み、その少し後ろをガレスが歩く。
俺とリックは最後尾に並んでいたが、ガレスは時折こちらを振り返り、俺の歩調を確かめていた。
左肩は動かすたびに鈍く痛んだものの、歩くこと自体に大きな支障はない。
俺は荷物の位置を調整しながら、木の根や湿った石を避けて足を運んだ。
森の奥には、まだ昼間の湿り気が残っている。
木々の間から差し込む光は少しずつ橙色を帯び始め、幹の影が細長く伸びていた。行きには足跡や折れた枝を探すことに気を取られていたが、今は遠くで鳴く鳥の声や、風が枝葉を揺らす音も耳に入ってくる。
同じ道を歩いているはずなのに、朝とは森の表情が違って見えた。
「フィナさん」
「なあに?」
前を歩いていたフィナが、顔だけこちらへ向けた。
「オークがゴブリンを従えることって、あるんですか?」
「絶対にないとは言えないけど、普通は別々に暮らしていると思うよ」
フィナは足元の落ち葉を確かめながら、少し考えるように続けた。
「オークはゴブリンよりずっと強いし、食べる量も多いからね。同じ場所に長くいたら、餌の取り合いになるはずなの」
「それなら、あの巣の近くにいたのは偶然なんでしょうか」
「どうだろう。たまたま通りかかっただけかもしれないし、何か理由があるのかもしれない。でも、あのオークがどこから来たのかまでは分からないかな」
フィナはそこで言葉を切り、木々の向こうへ視線を戻した。
俺も、昼間に見つけた岩場のことを思い返した。
ゴブリンの足跡は十体以上。
岩場の下には巣らしい穴があり、フィナが確認しただけでも八体がいた。
そして、その場所からそれほど離れていないところで、オーク一体と遭遇した。
それぞれは確かに見た事実だが、二つに関係があるかどうかまでは分からない。
「ギルドには、見つけた場所と数、それにオークとの距離を伝えればいいんですよね」
「ああ」
ガレスが前を向いたまま答えた。
「見たことは正確にな。理由はギルドが調べるだろう」
「分かりました」
俺は頷いた。
ゴブリンの巣を見つけたとき、ガレスは無理に踏み込まず、引き返す判断をした。
あのまま巣へ近づいていたら、どうなっていただろう。
木々の奥へ視線を向けても、薄暗い森の向こうには何も見えなかった。
「それにしても、今日は大物だったなあ」
隣を歩くリックが、満足そうに言った。
「ゴブリンを相手にするつもりで来たのに、まさかオークまで倒すことになるとは思わなかったぜ」
「俺もです。あんなに大きいとは思いませんでした」
「しかも、あの棍棒だろ? まともに食らったら、俺なんかひとたまりもないな」
リックはそう言いながら、ガレスの背中にある盾へ目を向けた。
「よく受け止めたよな、ガレス」
「受け止めたというより、逸らしたんだ。あんなものを正面から受け続けたら、盾が先に壊れる」
「それでも十分すげえよ。俺だったら、あの一撃で吹っ飛んでる」
「お前は盾を持ってないだろ」
「だから言ってるんだって」
リックが大げさに肩をすくめると、前を歩くフィナが小さく笑った。
「でも、リックもよく動いてたよ。オークの脚を狙ってくれたおかげで、私も矢を当てやすかったもの」
「お、珍しく褒めてくれるじゃないか」
「いつも褒めてるでしょ?」
「いや、いつもは『もっと周りを見て』とか『足元に気をつけて』とか、そんなのばっかりだぞ」
「だって、リックは勢いよく走り出すと、足元を見なくなることがあるから」
フィナは振り返り、少しだけ悪戯っぽく目を細めた。
「この前だって、木の根につまずきそうになってたでしょう?」
「つまずいてないだろ。ちゃんと避けた!」
「避けたというより、跳び越えた拍子に転びかけてたよ」
「転んでないんだからいいんだよ!」
リックが抗議すると、フィナは口元を手で隠して笑った。
森の中では周囲のわずかな物音にも耳を澄ませていた彼女が、今は楽しそうに肩を揺らしている。
その表情につられ、俺も思わず笑ってしまった。
「アルクまで笑うなよ。お前だって、今日の戦いじゃ随分危なかったんだからな」
「それは……否定できませんね」
「ほら見ろ。俺ばっかり言われるのは不公平だろ?」
得意げに胸を張るリックを見て、フィナはまた笑った。
「でも、アルクは怪我してるんだから、あんまりからかわないであげてね」
「おいおい、先にからかったのはそっちだろ」
「そうだった?」
フィナは澄ました顔で首を傾げる。
リックが何か言い返そうとしたところで、ガレスが小さく笑った。
「お前ら、元気だな」
「ガレスだって笑ってるじゃないか」
「まあな。無事に帰れそうだからな」
ガレスはそれだけ言うと、再び前へ視線を戻した。
木々の間を抜ける風が、俺たちの笑い声をさらっていく。
俺は歩きながら、三人の背中を見た。
ガレスの盾には新しい傷が増えている。
リックの革鎧には泥がつき、フィナの矢筒には回収できなかった矢の分だけ空きがあった。
朝、三人と街を出たときには、まだ少し遠慮があった。
けれど今は、リックの冗談に笑い、フィナの言葉に自然と返事をしている。
同じ強敵と戦い、こうして一緒に帰ってこられた。
そのことが、素直に嬉しかった。
◇
歩き続けるうちに、森の木々は少しずつ疎らになっていった。
足元を覆っていた湿った落ち葉が減り、代わりに乾いた土と草が目立ち始める。頭上を塞いでいた枝の隙間から空が広がり、夕陽の光が視界の奥まで届くようになった。
やがて最後の木立を抜けると、目の前に草原が開けた。
西へ傾いた太陽が、なだらかな丘と街道を赤みがかった金色に染めている。風が吹くたびに草の穂が一斉に揺れ、その波が遠くの街へ向かって流れていくように見えた。
森の湿った空気から抜けると、乾いた土と草の匂いが妙に新鮮に感じられる。
俺は大きく息を吸い込んだ。
そして、遠くに見える街の外壁へ目を向けた。
「……街だ」
思わず声が漏れた。
朝、あの門を出たときには、これから森へ入ることへの期待で胸がいっぱいだった。
今は、少し違う。
肩は痛むし、脚も重い。
腹も減っている。
汗で湿った服には土と森の匂いが染みつき、革鎧の重みも朝よりずっと強く感じられた。
それなのに、遠くに見える外壁を眺めていると、自然と足取りが軽くなる。
「おいおい、まだ着いてないぞ」
リックが笑いながら言った。
「分かってますよ」
「最初の頃は、俺もあの壁が見えると安心したもんだぜ」
「リックもそうだったんですか?」
「ああ。街が見えた途端に気が抜けちまってさ。ガレスに何度も怒られたよ」
「怒った覚えはないぞ」
前を歩いていたガレスが振り返る。
「そうだったか?」
「帰るまで気を抜くなとは言ったがな」
「ほら、やっぱり言われてるじゃないか」
フィナが楽しそうに笑った。
「それは怒られたうちに入らないだろ」
「リックがそう思ってるだけじゃない?」
フィナが涼しい顔で言うと、リックは苦笑しながら頭を掻いた。
夕陽を受けた彼女の髪が、風に揺れて肩へ流れる。弓を肩に掛け直すと、しなやかな身体の線に沿って革鎧がわずかに動き、森の中を軽やかに歩いていた姿が思い出された。
その凛とした横顔に、俺は一瞬だけ目を留めた。
ふとこちらへ顔を向けたフィナと目が合うと、彼女はいつもの柔らかな笑みを浮かべた。
「アルクも、疲れたでしょう?」
「ええ。でも、思っていたより元気です」
「ふふっ。よかった」
彼女は嬉しそうに笑い、再び前へ向き直った。
街道には、俺たちと同じように街へ戻る人々の姿が少しずつ増え始めていた。荷馬車を引く商人や、農具を肩に担いだ男たちが夕陽を背に歩いている。
遠くからは車輪の軋む音が聞こえ、風に乗って人々の話し声が途切れ途切れに届いてきた。
森の中では、わずかな物音にも注意を向けていた。
けれど今、街道に響く足音や話し声は、不思議と心地よかった。
街が近づくにつれて、城壁の向こうから細い煙がいくつも立ち上っているのが見えてきた。夕食の支度が始まっているのだろう。風に乗って、薪の燃える匂いがかすかに漂ってくる。
朝にはただの出発点だった街が、今は帰る場所に見える。
そのことが、少し不思議だった。
「そろそろ門が混み始めるな」
ガレスが前方を見ながら言った。
「帰りの冒険者が増える時間だからな。ギルドも賑やかになってるぞ」
「報告が終わったら、飯だな!」
リックが嬉しそうに声を上げる。
「その前に、アルクの肩を診てもらわないと」
フィナがすかさず言った。
「分かってるって。まずはギルドで報告だろ?」
「うん。それが済んだら、ちゃんと治療院へ行こうね」
フィナがこちらへ顔を向ける。
「アルク、肩は大丈夫? さっきより痛くなってない?」
「少し重く感じますけど、歩く分には問題ありません」
「そう。よかった」
彼女はほっとしたように微笑んだが、すぐに俺の左肩へ視線を戻した。
「でも、無理はしないでね」
「はい。ありがとうございます」
俺が答えると、フィナは小さく頷き、再び前へ向き直った。
「それにしても、ギルドでの報告が楽しみだな」
リックは肩に掛けた荷物を軽く叩いた。
「ゴブリンの巣を見つけたうえに、オークまで倒したんだから。報酬も期待できるぞ」
「そうですね。魔石も大きかったですし」
「お、アルクも分かってきたじゃないか」
「リックほどじゃありませんけど」
「おい、それどういう意味だ?」
俺が笑うと、リックもつられて笑い出した。
ガレスはそんな俺たちを一度だけ振り返り、口元を緩める。
「元気が残ってるなら、さっさと帰るぞ」
「了解!」
リックが威勢よく返事をした。
俺も笑いながら、三人と歩調を合わせた。
門の向こうには、朝と同じ街並みが待っている。
宿ではメルが、ギルドではエレナが、それぞれいつものように仕事をしている頃だろう。
メルの顔を思い浮かべると、温かな食事の匂いまで思い出されて、空腹がいっそう強くなった。
今夜は何を作ってくれるだろうか。
そんなことを考えていると、早く宿へ戻りたくなる。
けれど、その前にギルドでの報告がある。
ゴブリンの巣を見つけたことも、オークを倒したことも、きちんと伝えなければならない。
そして、あの受付にはエレナがいる。
朝、依頼へ出るときに見た、落ち着いた笑顔が脳裏に浮かんだ。
無事に戻ったと伝えれば、きっといつものように迎えてくれるだろう。
そう思ったところで、ふと左肩に残る痛みを意識した。
……怪我のことも、すぐに気づかれるかもしれない。
俺は思わず苦笑した。
隠すつもりはないが、余計な心配はかけたくない。
もっとも、ガレスが一緒なのだから、何があったのかはすぐに分かってしまいそうだった。
「アルク、行くぞ!」
少し先からリックが呼んでいる。
顔を上げると、ガレスたちは夕陽に照らされた街道を歩き、もう門へ向かっていた。
「はい!」
俺は返事をして、三人の後を追った。
城壁の上には、帰ってくる人々を見守る衛兵の姿が見える。門の周囲では荷馬車が列を作り、街へ戻る冒険者たちの声も聞こえ始めていた。
その賑わいに、胸の奥がふっと温かくなる。
今日の冒険は、もうすぐ終わる。
左肩の痛みも、剣についた小さな傷も、街へ戻れば手当てができる。
オークを倒した報酬も、ギルドへ報告して初めて受け取れる。
そして、エレナには無事に帰ってきたことを伝えよう。
そう思って歩みを速めたところで、左肩がずきりと痛んだ。
……さて、何と言われるだろうか。
夕暮れの門を見上げながら、俺は小さく笑った。




