92. 面倒臭い干城をあしらう奈津希
砦で食うに困りはしなかったが、腹を満たすだけの食事には正直飽き飽きしていた。
「何か飯を作るか」
そう思い立った干城は、以前錬金魔法で製麺機を試作していたことを思い出す。今日はお披露目に絶好の機会だ。手に入れた食材の仕込みも、身体強化でハンマーを使いヒビを入れたボアの背骨や足の骨、クコデュー(鶏)の頭や足、ニンジンやタマネギに似た野菜を適当に切り、キャベツに似た野菜の芯など数々の野菜ともに煮出したスープの準備もすでにインベントリの中で万全である。
「しばらく砦生活だったから奈津希も疲れてるんじゃない? 今日は俺が飯を作ろうか、奈津希はコーヒー飲みながら休んでて」
「あら、干城が作るの。じゃあアタシは楽しみに待たせて貰うわ」
仕込みがされているボア肉、海老、ルグロシュ村で見つけたイカ、キャベツ、ニンジン、タマネギ、モヤシ似の野菜、採取で見つけた木耳をたっぷり使い、製麺機で作った麺でチャンポンを、それに少し手を加えて中華丼を作った。
「奈津希、できたよ」
「いい匂いね、何ができたのかしら。ってチャンポン? 麺はどうしたの?」
「錬金魔法で製麺機作ったんだよ、麺料理のお披露目だね」
「中華鍋を振る音がしてたから炒飯かと思ってたら、チャンポンと中華丼なのね」
「うん、どちらも中国料理じゃなくて日本生まれの中華料理。材料はどっちも一緒だからね。チャンポンの具材を炒めて、スープに水で解いた片栗粉を入れて餡に仕上げれば皿うどん。チャンポンの具材とスープに片栗粉と溶き卵を入れてご飯にかければ中華丼だよ」
「中国料理と中華料理って違うの? というか食べきれるかしら?」
「中国料理を日本人の味覚に合うようアレンジしたり、日本生まれの中国風料理が中華料理だよ。中華丼の量を加減してるから大丈夫じゃないかな」
「相変わらず理屈っぽいわね。でもいただくわ……ってなかなか美味しいわね、記憶にあるスープより濃厚かも、野菜が多いのも嬉しいわ。干城は本格中華料理とか作れるの?」
「本格中華料理ねえ、その言葉はワンルームマンションくらい訳の分からなさだよね」
「あっ、なんか面倒なスイッチ入ったわね」
干城は熱く語りだした。中華料理と中国料理は違う。中華料理の定義は先ほど言ったようにアレンジしたものや日本生まれの中国風料理などが中華料理と呼ばれる。
本格中国料理なら意味も通じるが、アレンジ料理やそもそも中国料理ではないものに本格と付くのは、ワンルームマンションくらいおかしい、ワンルームマンションをそのまま和訳すると一部屋大邸宅になると語ったが奈津希は「へ〜」「そうなんだ」「知らなかったわ」と軽く聞き流して食事を楽しんでいた。熱く語る自分と、適当に相槌を打つ奈津希。二人の間には高温多湿の亜熱帯と極寒の氷河ほどの温度差があるが、干城は気にも留めず語り続けた。
久し振りに作った料理は上手くいった。惜しむらくは調味料の都合でここでしか食べられない。次は炒飯、酢豚、餃子と玉子スープを作ろう。料理に自画自賛を思いながら食事を楽しんだ。男の料理は本職の料理か趣味の料理だ、自分は完全に後者だな。
「干城、製麺機でスパゲッティはできないの?」
「スパゲッティは、デュラム小麦か類似品種が見つかってないよ?」
「スパゲッティ用に生パスタで良いじゃない」
「生パスタなら強力粉と中力粉の配合で出来るかな? タリアテッレとフェットチーネのどちらにしようか。とは思うけど……デュラムセモリナ以外をスパゲッティと呼ぶのはイタリア人が助走つけて殴り掛かってくる奴だからね。ここにイタリア人いないけど」
その後話し合って、それぞれの工房に分かれて干城は生パスタの小麦粉配合。奈津希はカレー用のスパイス配合に勤しんだ。
数日バーチャルエリアに引きこもり二人は生パスタとカレー粉を完成させ、試作品に舌鼓を打った。干城は結局タリアテッレにした。それぞれストックを作って次はどこへいくか話し合い、ハイペリオン湖のもうひとつの街ベステノーアに行くと決まった。本来的には必要ないことだが、一応王都に寄って貴族三人の首を斬り飛ばしたことをグレカーレ宰相に伝えてから向かおうと決めた。
バーチャルエリアからアネリアの森に出て、王都ログマイヤへ向かった。北東門から街へ入りエノー橋を渡って城へと辿り着き、城門でグレカーレ宰相とのアポ取りを願い出た。侍従のソリエーデさんが門へやってきて、城へ案内された。
(今日は面会の調整できたんだが、アポなしで面会が叶うのはありがたくもあるが、アポなしは遠慮したい気にもなるな)
案内された部屋にグレカーレ宰相がきたので、対レドグラス王国との防衛戦後にレドグラス王国へ侵攻を主張するベリューリド侯爵の誘いを断ったら、ベリューリド侯爵の指示でレムグレス伯爵が奈津希に剣を向けたので、メリーデュス子爵も合わせて三人の首を斬り飛ばしたと話した。
グレカーレ宰相はベリューリド侯爵の仕儀を詫び防衛戦の助力に感謝を述べた。遥か南の出来事を今話している理由を問われたので、素直に飛行魔法を開発して三時間前後でトレクエニグ地方に到着できると話した。無駄に隠し立てしたら今も後々も説明が面倒臭いし、行動半径を制約するだけだ。非常識なバーチャルエリアは秘匿するが、常識の範囲内の飛行魔法程度は知られても構わないだろう。
グレカーレ宰相は飛行魔法に絶句していたが納得はしてくれた、勇者という肩書にも使い道はあるものだと思った。気になっていた、なぜ貴族とはいえあんな能無し三人が指揮官として援軍に選ばれたのか聞いてみると、あの三人は先王派の重鎮の一角で、今回の援軍は名誉回復の機会という名分で派遣されたようで、援軍ではあるが三人の私兵らしく仮に三人が失敗しても国軍としての損害はなく、力を削いだ上で失敗を理由に失脚を狙っていたそうだ。
「グレカーレ様、それは失敗するのを予測していたということですか?」
「そうだ、あの三人に指揮能力などない。援軍として国軍も準備はしていた」
指揮能力がないのは納得だが、敵の数は予想してたんだろうか? 干城が三人の首を斬り飛ばしたのは全くの偶然だが、現王政にとって望外の結果ではある。手を出せばその反撃に国は不干渉の勅令を出しているにも関わらず、その相手に手を出して命を落としたのだ。政敵の重鎮の一角を面倒な政治闘争をする必要もなく、政治的な画策などない自業自得として処理するだけで済む。
(やれやれ、何なんだろうな。シルヴァノ王とは和解したが、この国の政治に介入する気もなければ、この国の政治と深い関係になる気もないのにな。この国に生きる人たちの一助となればと思いこそすれ、この国の政治の一助になろうなどとは思っていないのに、世の中とはままならないものだな)
一通りの情報交換を終え、二人は城を辞してアネリアの森に向かった。道中奈津希と城での遣り取りを話していると、飛行魔法を常識の範囲内と考えていることに、常識の範囲内なら一国の宰相が絶句するわけないがないと正論パンチで殴られ、アンタは相変わらず無意識で「何かやっちゃいました?」系だとトドメを刺された。
アネリアの森に到着し、少し森に入ってそこから飛行魔法でベステノーアに向かった。陽光を反射するハイペリオン湖は上空から見ても広大で、北側から半分以上は未開で森の緑と湖のコントラストが美しかった、脳裏に焼き付けて是非ペネディエルトランサーで紙に転写しよう。湖の南側西寄りのベステノーアと東寄りのディノーラ周辺が人の手が入った場所だった。ディノーラの立地は島だが、ベステノーアは川が流れ込む入り江のような場所に立地していて、養殖が行われているのか、養殖筏のようなものが見える。
ベステノーア付近に降り立ち街へ向かう。途中で道から逸れて湖畔へ行くと養殖筏が見えた、先ほど上空から見たものは養殖筏で間違いないようだ。辺りを見回すと少し離れた場所に建物があり、人も居るので何を養殖しているのか聞いてみようとそちらに向かった。
「こんにちは、あの筏は養殖してるのでしょうか?」
「ん? 坊主に嬢ちゃん。養殖? あの筏は生け簀って言ってな、網で揚げたシラーゲノスを数日あの生け簀に入れておくと身の臭みが抜けるんだよ」
シラーゲノス、聞き覚えがある。確かディノーラの市場で見た鮭似の魚の名前だ。
「そうなのですね、シラーゲノスはディノーラの市場で見ました。こちらで出荷した魚だったのでしょうか?」
「ああ、ここで生け簀から船に移してディノーラにも水揚げしている。シラーゲノスは釣って直ぐは生臭みがあるんたが、生け簀にいる間はここで用意した餌を与えるとそれがなくなるんだ」
「餌を与えないんじゃなくて、餌を与えるんですか?」
「そうだぞ、餌を与えなかったら臭みは抜けても身が痩せて美味くなくなるんだ」
どうやら養殖ではなく活け越しのようだ。活け越しは腹の中をすっきりさせる為に餌止めだと記憶しているが、ここでは何か餌を与えるという話だ。
あ! そういえば日本でもみかんブリ・みかん鯛など愛媛県などで、みかんの皮やオイルを混ぜた餌で育てられていたな。柚子鰤王って 柚子の成分を餌に加えて育てられた、高知県などのブランドブリも記憶にある。餌って柑橘類やハーブなどのことかな? だがそれは養殖であって活け越しではないよな? 養殖と言えば料理人は養殖ブリをハマチと呼んで区別してるとか聞いたなと色々と雑学思考が駆け巡っていた。ふと、そういえばディノーラの市場で食べた、シラーゲノスの焼きたて熱々の切り身にたっぷりと塗ったバターが溶けた屋台料理は美味かったなと思い出していた。




