91. 戦い終わって(無能な貴族は害悪)
見張り台に辿り着いた干城は、戦場を見るように佇む奈津希に近寄り、奈津希に凛として静謐な神聖さが漂う別人のような気配を感じた。振り向いた奈津希は干城を見ると微笑みを浮かべ糸が切れたように崩れ落ち、干城は慌てて奈津希を支えた。そのまま抱きかかえた奈津希はいつもの奈津希で、先ほどの別人のような気配は何だったのだろうと考えてみるが、干城にはまるで見当もつかなかった。
――天使長により天使の領域の記憶を消去された干城は知る由もなかったが、干城が感じた別人の気配は、二人の魂をそれぞれの天使の身体を素とした器に移す際に、前世と違うこの世界で生きるのに天使長が二人を守るために、魂の本人も気づかない無意識の領域に仕込んだ別人格で、天使の領域の記憶は魂に刻まれた修行の成果以外は消去されていた。
部屋に到着しベッドに奈津希を寝かせると5分ほどで目を覚ました。5万人を死に追いやった広範囲即死魔法行使のことは覚えているが特に心理的な負担にはなってないようだ。どちらかというと城で王や宰相、騎士や貴族を斬りまくったときみたいに心は凪いでいたと奈津希は話した。いつもと変わらない奈津希の様子に干城はホッと胸をなで下ろす。
「奈津希、一体何があったんだ」
奈津希の話に干城は頭を殴られた思いだった。毎日大勢の負傷者を治療した、致命の負傷も回復できた。だが、回復魔法による治療は直ぐに完治する、負傷による心の傷に折り合いを付ける間もなく健常者としてすぐに前線に復帰なければならない。ほんの先刻まで身体の一部を失い、切られた身体の生々しい記憶と体験が身体に刻まれてる場所にだ。奈津希は自分の回復魔法は果たして治療のためなのか、死ぬことが許されない終わらない拷問なのか分からなくなった、だから自分の手で、この終わらない苦痛の連鎖を終わらせようとしたと、そう話した。
話を聞いた干城は忸怩たる思いでいっぱいだった。奈津希には劣るが干城も回復魔法は使える。だが戦場という極限状況での回復魔法を行使する者の心的負担に、奈津希の話を聞くまで思い至らなかった自分の短慮さに、次こそは間違えないと固く決意する。
もうひとつ奈津希は無視できないことを話していた。干城も城で奈津希と共に多くの命を奪いながら、凪いだ心で良心の呵責を感じなかった。見張り台で見た気を失う前の奈津希は別人のように静謐で神聖な雰囲気に見えた、自分たちが城で騎士たちに反撃したときもあれと同じ? 自分は今でも前世日本人としての倫理観や価値観で思考し行動しているつもりだ。だが前世の倫理観ではあり得ない行動をする自分は一体何者なのか。これまでもチートな能力に人から外れていってないか? と寂寥感があった。たがこれは能力だけに留まらない、前世の自分と今の自分は精神的に本当に同一人物だと言えるのか?
干城は今分かっている範囲で、チートな生をアニメの主人公のように割り切れなかった……考えても干城には何も分からなかった。
翌日からは遺体処理だった敵5万の遺体を埋めないといけないのだが、数が多過ぎて一人ひとりに墓穴を掘ってもいられない。深さ5メートル長さ30メートルほどの墓穴を土魔法で掘り、棺桶にも入れてもらえない身ぐるみを剥がされた遺体が投げ込まれる。ある程度遺体で埋まるとシャベルを持った者たちが土を被せていく。
(敵地で戦死したら身ぐるみ剥がされてポイッか、勇敢に戦った戦死としてどころか、最低限の人としての尊厳もなにもないな。ゴブリンの死体処理と同じじゃないか。違いは身ぐるみ剥がされるか、魔石を抜き取られるか程度だ。追い剥ぎも平民がやれば盗賊、国がやれば戦利品ってか)
ひとつの穴に100人としても500個穴を掘らないといけないのか、他の土魔法術者と遺体用の穴を掘り続ける。他の術者が魔力切れなどで休息するなか、奈津希と二人は尽きない魔力で黙々と穴を掘る。遺体を投げ込む役より穴を掘る方がまだマシだと思うようにした。
リムラート司令の話では援軍到着は二十日後ということだったが、二十日などとっくに過ぎた頃に援軍が到着した。今更どうでも良いかと作業を続けているとリムラート司令の部屋に呼ばれた。部屋に到着し何かと思えば援軍指揮官を名乗るベリューリド侯爵と配下のレムグレス伯爵、メリーデュス子爵の三人が敵を殲滅した今なら侵攻して逆撃の好機と騒いでいる。更に聞けば増援3万人分の食料はあと三日分だそうだ。算数もできないあまりの馬鹿さに魂が抜けそうになった。
この砦の人数は6千人だ、援軍の数は5倍の3万人、砦の食料20日分を供出して、援軍の残り食料を加えても一週間分にしかならない。遅参するほど遅い行軍でどこに侵攻できると思っているのだろう。
なぜ呼ばれたかは侵攻する援軍に「ついて来い」ということだったので丁重に断った。別に愛国心や義憤に駆られたから参加したわけではない、あくまで防衛戦だから参加を承諾しただけだ。侵攻するなら勝手にやってくれという話だ知ったことではない。
報酬を支払うというので。こちらの意思を曲げてまで参加しろというのなら、干城と奈津希に一人あたり一時間白金貨1枚の報酬を払うなら請け負うと言っておいた。国でも払えない金額になるだろうから、一貴族に到底払える金額ではなかろう。その日はそれで部屋を辞した。
翌日穴掘り作業を行なっていると件の能無し貴族三人がやってきて、従軍しろと迫ってきたので断ったらベリューリド侯爵の指示でレムグレス伯爵が抜いた剣を奈津希に突きつけた。干城はその瞬間に腰に差した脇差でレムグレス伯爵の首を斬り飛ばし死体は穴に蹴り落とした。振り向いた干城は何の感情も宿ってない目で指示したベリューリド侯爵を一瞥した。くぐもった小さな悲鳴を上げる侯爵の首も斬り飛ばした。
メリーデュス子爵がこのままで済むと思うなとか言ってるが、召喚者に手を出した貴族や騎士への反撃に対して国による一切の不干渉(実質的殺人許可)とする勅令。その写しを見せたら干城たちがこの国によって勇者召喚された者だと理解したようだった。手を出した者への反撃で貴族本人が死のうと家ごと潰されようと国は不干渉と気づいた途端に命乞いを始めたが、メリーデュス子爵がすべて言い終わる前に首を斬り飛ばして掘った遺体用の穴に蹴り落とし、血振りした脇差を鞘に納めた。
「奈津希、返り血はつかなかった?」
「干城がすぐに穴に蹴り落としたから大丈夫だったわよ」
「そりゃ良かった。つい斬ってしまったよ」
普段温厚で誠実、冷静な判断を下す干城だが目の前で奈津希に剣を向けられてただで済ますはずがない。温厚の裏返しであるキレたときの容赦なさも干城らしかったと言えるし、冷静な判断だからこそ将来の禍根を即決で処分したとも言えた。
付近で作業を行なっている兵士は、平然と貴族三人を切り捨てる干城を見て恐怖で顔が強張っているようだった。以降干城は「戦場の魔王」奈津希は「戦場の女神」とか、広範囲即死魔法の行使で「静寂の魔女」と囁かれ、触れてはいけない腫れ物のように扱われて、誰も目を合わせようとしなかった。
「なんかアタシ達すっかり怖がられてるわよ、干城が貴族を斬ったのがよほど衝撃だったみたいね」
「その前まで散々敵兵を斬ってるんだけどね。正直どうでもいいよ、フリーランサーや冒険者は暴力を売りにする商売なんだし」
「でも援軍を軍人が率いるんじゃなくて、なんで貴族が率いていたのかしら?」
「貴族に軍務に就く義務でもあるんじゃないかな?
まあでも、今回はいい仕事したかも。ナポレオンも『戦場で真に恐れるべきは、有能な敵ではなく無能な味方である』って言ってるし」
「ラノベの無能貴族ってタイトルで金の額縁をはめて飾ったような貴族だったわね」
「作為ねえ……あ! もしかしたら爵位だけはある先王派の無能貴族を始末するよう押し付けられた? グレカーレ宰相ならやりそうな気がする、あの人は合理主義な面があるし」
作為の憶測を言ってもしょうがない。それよりやるべき役目を果たそう。今は5万の遺体処理だ。王都に行ったらシルヴァノ王とグレカーレ宰相に貴族三人斬ったと言った方が良いかな? そんなことを考えながら穴掘り作業は終わった。
穴掘り作業が終わり、干城と奈津希はリムラート司令に穴掘り作業の終わりを報告した。そのときリムラート司令に貴族三人を斬ったのか問われたので斬ったと報告し、空間収納から勅令の写しを取り出してリムラート司令に見せ、何の問題にもならないことを知らせた。リムラート司令は勅令そのものにも、自分たちが勇者召喚された異世界人であることにも驚愕して戦闘力に納得もしていた。無駄足になった援軍の3万は参謀として参加した軍人が統率して帰還するそうだ。
敵軍を撃退し、斥候部隊による索敵とレドグラス王国が失った兵数から当面侵攻してくることはないと判断され、フリーランスギルド員は解散となり、職員とともにネファールへ帰還した。
ギルドに到着後二人のギルドカードに今回の戦役参加が記録され、ギルドマスターから参加の謝意と報酬として大金貨3枚ずつを受け取った。ギルドマスターから領主のベルゲンロール伯爵が主催する祝勝の晩餐会への参加を打診されたが断った。必要以上に貴族と関わりを持つことに何の価値も見出だせなかった。干城は用は済んだとギルドを後にする。
「奈津希、晩餐会は断ったし、早くこの街を出ようか。街を出たあとで次はどうするか考えよう」
「そうね、それが良いわね。ぐずぐずして引き留められても面倒だし、そうしましょう」
バーチャルエリアでも、認識阻害を使っての飛行魔法で街を出ても良かったが、街門を通って街を出たという跡づけのために歩いて街を出た。街から離れ人気のないことを確認しバーチャルエリアに移動した。




