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50代召喚(前世の記憶の亡霊が生きた道)  作者: くまじ
3章 冒険者
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90. 戦争参加 4(回復魔法の矛盾)

 斥候部隊が持ち帰った情報は信じられないものだった、こちらに向けて5万の敵が北上してきている。今まで戦っていた1万5千の敵は本隊どころか露払いだったのだ。  


(だから敵は積極的に攻勢に出なかったのか)


 本隊に情報を送り本隊の到着を待っていたのか。それをこちらが戦力を分散するという疑似餌で釣り上げて前衛部隊を壊滅させたということか。


 戦力を分散させるこちらの疑似餌に食いつき、前衛が壊滅した。その連絡が途絶えたため、急進してきた一部隊が間もなくここに到達する。敵本隊も、輜重隊《しちょうたい》を切り離して進軍しているなら、あと二〜三日もすればこの砦に到着するだろう。


 倍する敵に勝った砦の兵士たちは、一転して浮き足立っていた。無理もない。6千の兵で、数日間にわたり5万を相手に防衛戦を強いられるのだ。


 そんな絶望的な空気の中、隣にいた奈津希から呆れ顔でツッコミが入る。


「ちょっと干城、アンタが立てたフラグのせいよ、どうすんのよこれ」

「ええっ!? 俺のせい!?」


「当然じゃない。『やったか?』のフラグは太くて硬いのがラノベの定番なの」

「じゃあ……俺が立てたこのフラグ、この戦いが終わったら結婚するって言ってる兵士に渡してくるよ」

「やめなさい、洒落になってないわよ」


 冗談を言い合える程度には、二人には余裕があった。やろうと思えば、干城と奈津希の実力なら5万の敵でも10分もあれば壊滅させられる。だが、この世界の問題はこの世界の人々の力で解決されるべきだという思いがあった。なにより、目立ちすぎて英雄担ぎ上げからの政治利用という最悪のパターンだけは避けたかった。フリーランスギルドの依頼で参加しているだけで、最優先事項は奈津希の安全と、自分たちの平穏な将来だけだ。


 干城と奈津希の元に兵士がきて、司令が呼んでいるということで二人はリムラート司令の部屋に向かった。部屋に到着しリムラート司令から何か時間稼ぎの策はないかと尋ねられ、干城と奈津希で敵陣に吶喊する策があるが、敵の指揮官の人となりが分からないので、止まるか更に行軍速度を上げるか分からないと答えた。


(一番手っ取り早いのは俺が敵の輜重隊を強襲して食料を焼き払うか鹵獲してしまえば良い。前回の戦いでそれは見せてるし、リムラート司令から輜重隊を叩けと指示があれば従がうんだが。そこに行き着かないか。既に敵前衛部隊1万5千を壊滅させる功績もあげた。俺たちだけが目立った活躍をして戦場の英雄に祀り上げられて政治利用されるのも避けたいんだよなあ)


 手をこまねいている間に敵が着陣し、敵はすぐに砦に攻勢に出た。戦力差は圧倒的だ魔法や矢の応酬が始まる、負傷者もでるが奈津希の回復魔法ですぐに復帰する。直接的な攻撃はなくその日の戦いは終わった。


 次の日、敵は攻撃方法を変えてきた。魔法や矢を使った遠距離戦は変わらないが、敵は一時間毎に部隊を入れ替えて継続的な攻撃を続け、こちらに疲労と消耗を強いてきた。干城は戦力差を生かした戦い方に、この世界にも合理的な指揮官はいるんだなと感心したが、感心してばかりもいられない。それならそれで対処法はある。身体強化により一気に敵の部隊に吶喊して敵の魔術士に被害を与え、部隊を入れ替えればその都度、魔法や弓兵部隊を消耗させて、この攻撃方法を持続させないようにした。敵は攻撃を止めこの日の戦いは終わった。


 この戦力差でまだ砦が落とせないことに業を煮やしたのか、敵は遠距離攻撃に併せて突入部隊を砦にぶつけてきた。敵の数が多く砦に取りつかれ梯子を使った敵に砦へ侵入を許した。干城も侵入した敵を多数討ち抵抗を続けた。奈津希は砦を走り回って負傷者の元に駆け付け、必死に負傷者の回復に努めているようで、切られた四肢欠損まで回復して「戦場の女神」と称されている話が聞こえてきた。


 奈津希の回復魔法でも死者の蘇生は不可能だ、砦に侵入を許した今日は80人ほどの戦死者を出した。奈津希の元へ行くと救えなかった命があったことに酷く落ち込んだ様子だった。


 干城はこのサインを見落としていた。


 それからも敵の攻勢は日を追う毎に苛烈になっていった、奈津希は負傷者の治療をしながら味方に聖属性バフ魔法を使い。干城は状況を見て砦で防戦に参加したり、敵部隊に吶喊して敵に出血を強いたりしていた。吶喊で敵部隊を後退させてから砦に戻った干城は奈津希の様子に違和感を覚えた。見た目はいつもと変わらず溌剌とそしてサバサバした感じの態度だが、奈津希の表情が酷く迷っているような気がした。


「奈津希、どうかした? いつもと様子が違うように見えるけど」

「あら、そう? 体調や魔力は問題ないわ。今日も助けられなかった人がいたことが悔やまれるけど」


「そう? 無理はしないようにね。戦場の女神さん」

「それを言わないでよ。必要以上に目立たないようにはするわ」


◇◇


 去っていく干城を見送りながら奈津希はポツリと漏らした。


「干城にはアタシが迷ってることが一目でバレるのね」


 日を追う毎に負傷者は増えていく、今日も何十人何百人と回復魔法を行使した、奈津希は迷っていた。どんな重症者でも生きていれば回復できる。奈津希は自分の回復魔法に自信を持っていたし、事実回復させていた。勇敢な者ほど怪我が酷い。先ほど回復した兵士は数日の間に1回目は腹を切り裂かれていた、2回目は左腕を切り落とされていた、3回目は肩から脇腹にかけて切り裂かれていた。そしてさっきは右足を切られていた。


 回復魔法の治療はすぐに終わる、身体を切り裂かれたり、切り落とされても完治する。治療期間ベッドで寝て心を落ち着かせる暇などない、完治した健常者として、ほんの先ほど自分の身体の一部を失い、斬られた記憶と痛撃の残像を抱えたまま、再び前線へ戻らなければならない。「ありがとう女神様に感謝を」そう言っていた彼の手は小さく震えていた。


「アタシは感謝されるようなことをしているのかしら? あの手の震えは戦場に戻る恐怖……それとも、前線から下がらせないアタシに対する怒り?」


 流れた血液もすぐには戻らない、それでも彼らは戦わなければならない。圧倒的多数の敵が攻め寄せて来ているのだから。ただ、奈津希は回復することに疑問を持ち始めていた。奈津希は回復させることで怪我人の苦痛を取り払いたかった、ラノベの回復職も懸命に命を繋ぐ努力をする。自分もそうだ、そのこと自体に疑いはない。


 だが、今の状況はどうだ? 致命の怪我を負って回復魔法で命を繋ぎ。回復後は心に折り合いをつける間もなく戦場に蜻蛉返りし、再び死と怪我の恐怖とも戦わなければいけない。


「アタシは、一人でも多くの人を助けたいと思っていた、アタシの回復魔法なら、それができると思っていた」

 

 自分のやっていることが間違っているとは思わないが正しいのかは自信が持てなくなっていた。聖女という職業スキルとはなんなのか? 今の状況は必ず助けると思って行使する回復魔法は、身体の傷を治療し心を傷つける? 心的外傷を与えているだけではないのか? 死ぬ寸前まで甚振って回復させる拷問となんら変わらないんじゃないのか?


 奈津希はふと盗賊の商品にされ、盗賊から救出後に国により薬で安楽死させられた女性たちを思い出し、ディグモンド傭兵団長の言葉を思い出した。


 ――「助けるか……どんな状態なら助けたと言えるんだろうな。体は魔法で治す事はできるだろう、だが心は魔法でも治せない。たとえ体を治しても自殺するか、一生その記憶に苦しむかだ。苦痛しかない生を与えるよりも、死の安らぎを与える方が慈悲なんだよ」――


「生きてさえいればアタシの魔法で、どんな状態でも健常な元の身体に戻せる。でも、アタシの魔法で心は治せない。アタシは……アタシはどうするのが正解なの?」


 前世何の職業だったのかは思い出せない、少なくとも医療現場ではなかったのだろう。凄惨な状況に奈津希は叫びだしたかった、心が悲鳴を上げていた。もう誰も苦しめたくなかった、終わりの見えない苦しみを終わらせたかった。


 ――奈津希は急に穏やかで凪いだ心になった。心に浮かんだ誰も苦しむことがない方法でこの戦いを終わらせようとフラフラと砦の見張り台に向かった。


 見張り台にやってきた奈津希に、見張りの兵士は静謐な神聖さがありながらも圧迫感のある気配に気圧された。なんとか奈津希に声をかけるが奈津希は何も答えない。 ――まるで何も見えてないように。


 高い見張り台から敵陣までも良く見えた、奈津希は無詠唱で魔法を行使した。


 ――『(天使の慈悲)』


 敵陣の上空200メートルほどの高さに、半径数キロに及ぶ巨大で黄金色に光り輝く神秘的な魔法陣が展開された。


 ガラスが割れる悲鳴のような大音量とともに、天が裂けたと錯覚するほど巨大な魔法陣が砕け散り、空から金色の羽根が敵陣に舞い降りてきて、砦に取り付いた敵兵も含め全ての敵に羽根は舞い降りた。


 ……羽根に触れた5万の敵は一人残らず、死の恐怖も苦痛も感じることなく、安らかに眠るように斃れ命の灯が消えた。


 突然の出来事に味方は誰も言葉を発せず、戦場は静寂に包まれた……


◇◇


 砦で敵と戦っていた干城には上空に出現した魔法陣で奈津希の魔法とすぐに分かって心で舌打ちしした。よりにもよって奈津希に広範囲即死魔法を使わせるとは。干城は奈津希に大量虐殺をさせたことを、そこまで追い込まれていると気づけなかったことを悔やんだ。


 すべて優先順位を間違えた自分の慢心だ、何が奈津希が最優先だ、何が奈津希を守るだ。何も守れていないじゃないか。


 自分たちが必要以上に目立たないようにすることを優先した。リムラート司令に打開策を尋ねられたときに自分が敵の輜重隊を強襲すると献策するべきだった、そうすれば敵は後退せざるを得なかった、自分が手を汚せば済む、たったそれだけのことだった。


 後悔に塗《まみれ》ながら、干城は奈津希の気配を探し見張り台に向かって遮二無二走った。




 




 

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