87. 戦争参加 1
時間は三時くらいだろうか。干城はどうするか思考を巡らす。いつもなら宿を取るところだ。だが、折角スパイスも揃ったしカレー粉も作りたい。いや、カレー粉はまだ慌てなくても良いとしても、今の自分たちには飛行魔法がある。これまでとは行動できる範囲がまるで変わるのだ。ならいっそのこと、一番南の国境の街へ行って、そこから北上したらどうだろう?
干城は奈津希に思いついたプランを話し、奈津希もそれに賛成したので、頭の中でグローブスフィア(惑星儀)を奈津希と共有して国境の街に向けて飛行を開始した。
国境の街付近に降り立ち、ギルドカードを提示して街に入った。ギルドに立ち寄り、情報収集として街のことを聞くことにする。
街の名前はネファール。ベルゲンロール伯爵が治める、人口六万五千人の都市だ。国境が近いため守備隊が配置されており、それが人口の多さにつながっているようだった。
この街が国境を接している国はレドグラス王国。数年前まで小競り合いが続いていたが、今は小康状態のようだ。
街の特産はクミンやコリアンダーなどの香辛料だった。グローブスフィアで内陸部だとは承知していたが、気候としては乾燥地帯なのだろう。他にはエグラスという蜘蛛の糸で作った布作りの産業があり、農業は話を聞いた感じだとオアシス農業のようだった。
ギルドをあとにし、街の路地からバーチャルエリアに移った。奈津希はカレー用の香辛料を製粉すると言って工房へ向かう。一晩をバーチャルエリアで過ごす際、奈津希がラデスの精米や胡椒を挽くついでに、干城の香辛料も一緒に製粉や精米を済ませておくと引き受けてくれたので、翌朝は干城一人で街に出た。
干城は街がざわついていると感じながら、何があったのかとギルドに向かった。到着してみると、まさかの参戦募集がされていた。小康状態だったレドグラス王国の軍がこちらに進撃してきているらしい。向こうの方が数が多く、こちらは援軍が到着するまでの時間稼ぎとして参戦者を募っているようだった。
積極的に紛争や戦争に参加するのは傭兵の領分であり、フリーランサーや冒険者は本人の意思が尊重される。だが今回は奇襲か強襲のようで、こちらの態勢が整っておらず守備隊だけでは数が足りない。しかも傭兵も街に居ないことから、なりふり構わず有志を募っているようだった。
思い付きでこの街に来たが、なんてタイミングで来てしまったんだと干城はため息をつきたくなった。知ってしまったからには惚けることもできない。街がざわついていると気づいた時点で引き返していれば、まだ誤魔化しようもあったが後の祭りだ。ギルドからは冒険者としての戦力を期待されたが、「パーティメンバーと相談しないと決められない」と一旦ギルドをあとにする。
戦争なんぞに参加したくはないが、奈津希と相談してどうするかを決め、それをギルドに伝えないといけない。人気のない場所からバーチャルエリアに移動して、奈津希に今の状況を説明する。すると、奈津希はしばらく考えて「参戦する」と言った。これには少し驚いた。理由を聞くとラノベでありがちなイベントだからだと言う。
「奈津希。ラノベでありがちなイベントであっても、ここはラノベじゃなくて人が生き死にする現実だ。そうと分かって参戦するのか?」
「そうよ。アタシは聖属性魔法が一番の得意属性よ、犠牲者を少しでも減らせるかも知れないわ。それに戦力の消耗を少しでも遅らせられれば、援軍が到着してからの反攻も早くなるわ」
それはそうかも知れない。援軍が圧倒的な数なら敵が撤退することも見込める。だが小出しで到着したら各個撃破されかねないし、ダラダラと戦闘が続いて戦線が広がるおそれもある。だが、だからと言って奈津希を戦争に巻き込んで良いのだろうか。
「干城は考え過ぎよ。どれくらいの期間か分からないけど、この街を守るだけよ。こちらから侵攻しようってことじゃないんでしょう」
「それはそうなんだけど……。分かった、ギルドに行こう。行って参戦を伝えよう」
奈津希と共にギルドに到着し参戦を伝える。参加するからには報酬を確認する。1人1日銀貨5枚で働きによって加算されるようだがなんとも曖昧だ。ギルドからは参戦を喜ばれた。冒険者が参加するなら領主に顔も立つのだろう。
ギルド職員の案内で100人ほどのフリーランサーと共に前線の砦に到着した。砦の中庭に集まったフリーランサーへ砦の司令から参戦を歓迎された。並んでいるフリーランサーに干城と奈津希の姿を見た指揮官は、案内したギルド職員に子供を参戦させるのかと言っているのが聞こえたが、職員がランクB冒険者だと言ったら黙った。
守備隊8千人のうち、6千人が砦へ籠もり、残る2千人が街の守りと住民の避難誘導のために残った。砦は籠城の構えで援軍到着まで守備を固めて時間稼ぎをするのが基本方針だと訓示された。
翌日1万5千の敵軍が砦前に陣取った。傭兵団と違いパーティ単位のフリーランサーは集団戦に向かない上に、参戦したフリーランサーの多くはランクEで多少ランクDがいた。フリーランサーの半数は斥候部隊へ残りは矢の補充や伝令に回された、干城と奈津希は冒険者という戦闘力を見込まれて遊撃部隊に配置された。
敵の攻撃が開始され、攻撃や防御魔法、矢の応酬が始まった。干城と奈津希はまだ遊撃が動くときではないと、部隊長に進言し奈津希は防御魔法を干城は水魔法で応戦した。
敵の千人ほどの一隊が砦に突撃してきた。縦列に並んだ一隊がそのまま前進している、今なら側面を突けば分断できる。干城は守備隊長に吶喊の進言をしたが、守備隊長の許可をもらう前に奈津希と二人で砦の壁から飛び降りた。
身体強化をして疾風の如き勢いで敵部隊に吶喊して無詠唱の土魔法で足止めしつつ、次々と打ち出すアイスバレットで注意をひき、目視しづらいエアバレットで落馬させる、統制を乱した敵に切り込み打撃を与えつつ、負傷者を出しながら、なるべく死者を出さないよう撃退した。
敵が後退して戦闘が終了し、砦に戻ってきた干城と奈津希は砦司令の部屋に呼び出された。配置を離れ許可を得る前に敵軍に吶喊したことを叱責され、そのあと戦功に感謝された。
砦指揮官の部屋をあとにした干城と奈津希は足早に治療所に向かった。戦闘としては勝利だが負傷者はいる。二人は負傷者の治療を行い軽傷者は軍の治癒士に任せて重傷者の治療を行う。それは砦指揮官の知るところとなり、治療後に砦指揮官と面談することとなる。
「自己紹介がまだだったな、私はこの砦の司令でロベール・リムラートだ。タテキそれにナツキ、君たちは治療もできるのか?」
「はい、できます。今回参戦した一番の理由は負傷者の治療をして、戦力の低下を防ぐことでした」
「それであれだけの戦果も上げられるのか。正直君たちをどこに配置するべきか分からなくなるな」
干城は今日のように状況を見て身動きしやすい立場が欲しかった、まだ信用がある身ではないがダメ元で進言してみることにした。
「では私達は司令閣下の直属として、状況を見て適宜動くで如何でしょう」
「閣下はよせ、私は貴族でも、それほど偉くもない。だが、先程の活躍でも状況判断は的確だった。君たちはそれで良いのか?」
「それで構いません。私たちも早くこの戦いを終わらせたいですから」
司令は顎に手を当て考えてから決断したようだった。
「分かった。君たちを私の直属として、指示は私がする。君たちは部隊長と同等の待遇としよう、部隊長用の部屋に空きはあるが、別の部屋がいいかね?」
「承知しました。部屋はひとつで構いません。基本的には防御戦を、状況を見て遊撃し。戦闘後に治療にあたります」
「分かった。基本的にはそれで頼む、もし状況を見て直ちに動くべきときは君たちで判断してくれ。部屋はここを出て右に行った突き当たりだ」
二人は一礼して司令室を退室し、指示された部屋に向かった。部屋には机と椅子、それに服掛けの家具とベッドがある部屋だった。
干城は先程の戦いを思い返す、先程の戦いは小手調べという体だった。敵陣の食料を焼き払って撤退に追い込めないかと考えていた。




