85. トレクエニグ地方へ
飛行魔法と認識阻害も数日練習して使いこなせるようになった。出発はギルドに顔を出してトレクエニグ地方に行くことをひと言いってからにしよう。
(そういえば、ここ最近は魔法の練習をしてたがランクB冒険者となって初めてのフリーランスギルドだな)
通い慣れたギルドの出入り口をくぐりチラリと依頼ボードへ目を向けた、そこにはランクBの依頼票も貼られていた。
(俺と奈津希が依頼ボードの依頼票を取ることはもうないんだな。あれはランクBフリーランサーたちのためのものだからな)
彼らは実力こそギルドに認められたものの、マナー講座をクリアできないか。あるいは金貨5枚の納付金が払えずに冒険者資格を得ていない者たちだ。同じランクBでも、冒険者とフリーランサーの間には明確な格差がある。
冒険者は依頼者からの直接指名か、ギルドからのアサインで指名依頼を受ける。指名依頼は貴族の見栄で規定金額以上になるものだ。だから1回の仕事料がフリーランサーとは桁違いだし、実入りが良いから拠点を構えず自由人として旅暮らしもできる。
干城はギルドに黙ってトレクエニグ地方へ行って所在不明になると、ギルドが誰に仕事を振ればいいか。フロント受付けが不在を知らずに、依頼主から指名依頼を受付けたりといったミスが起こるなと考えてソフィアさんにひと言告げてから出発しようとギルドに立ち寄った。
「ソフィアさん、おはようございます」
「あら、タテキさん、ナツキさんおはようございます。今日はいかがなされました?」
「はい、奈津希と二人トレクエニグ地方に行ってきますので、しばらく不在にします」
「そうなのですね、承知しました。お気を付けて行ってきてください」
「はい、ソフィアさんありがとうございます」
「ソフィアさん、行ってきます」
街門を出てしばらく街道を歩き、付近に人がいないことを確認して、認識阻害魔法を発動し飛行魔法でトレクエニグ地方へ向けて飛び立った。風魔法のシールドを展開し時速400キロで飛行する。トレクエニグ地方まで約1200キロメートルだ、三時間程で到着できる。今回初めて向かう目標のない長距離飛行なので針路が逸れてないか分からない。それでグローブスフィア(惑星儀)を併用して現在地を確認しながら飛行する。
出発前に奈津希に高度は3千3百フィートくらいで飛ぼうと言ったら。フィートじゃ分からないからメートルで言えと怒られたので、高度は千メートルだ。
飛び始めてすぐに王都南の街ディザルドを通り過ぎた。上空から見る景色は森で覆われた緑が多く、左側には遠くに海も見えた。ときどき風がシールドにぶつかる大きな音がする。今回飛んでみて分かったことは、飛行中は奈津希と話ができないということだ。ハンドサインを決めるか、奈津希のラノベらしく念話を覚えるかする必要を痛感する。飛行は順調で特に問題なくトレクエニグ地方上空に辿り着いた。水田らしいものも見える、あれがラデスの田圃なんだろう。
さて。どこに降りるかしばらく飛んで、大きな街を見つけたので、その街近くの人の居ない場所に降り立ち街へ向かう。ギルドカードを提示し守衛さんに聞いた街の名前はレグモント、穀倉とラデスで作った蒸留酒が名物だそうだ。
長粒米で作った蒸留酒って泡盛じゃないのか? それも大事だが、ひとまず奈津希と念話かハンドサインの話をしないといけない。
「奈津希、飛んでて思ったんだけど。飛行中は話ができないからハンドサインを決めるか、念話を覚えるかしないといけないね」
「それアタシも思った。選ぶなら念話一択ね」
奈津希ならそうだろうなとは思ったが、実際どうやって覚えればいいんだろう。頭にアンテナ立てるとかだろうか。アンテナがあるということは送信機と受信機が必要になる。そうなると周波数は……あ! これ俺の思考アプローチじゃ駄目なパターンな気がしてきた。
お手上げ状態だ、素直に奈津希に教えを乞おう。
「念話ってどんな覚え方するんですかね?」
「そうねえ。ありがちなのは、従魔と意思疎通できるようになることが切っ掛けとかかしら? でもアタシ達はユキやヴァイスと意思疎通できなかったし……あとは魔力同調かしらね」
(う〜ん、今回は奈津希でも難しいか? 通話ねえ、あっ、いやまてよ……通話に拘るんじゃなくて、情報の遣り取りと考えたら……ステータス表示のあの画面を流用できないか?)
なぜかそんなことを考え始めた、そして閃いた。
――『(ステータスレブリート)』
自分と奈津希の頭の中にヘッドアップディスプレイのようなステータスが何も記されてない表示が思い浮かぶ、それに考えたことが文字情報や画像になって表示された。文字や画像は頭にスッと入ってくる。念話というかチャットだこれ。なに? 魔導チャット?
「えっ! 干城何これ?」
「ああ、うん。ステータスレブリートって魔法なんだけど、念話というかチャットみたい」
「はい? どういうことよ」
「あそこ喫茶店かな? 立ち話もなんだし、取り敢えず座って落ち着ける所にいこう」
入った喫茶店で紅茶を注文して話を始める。どうやって念話を覚えられるか考えてたら、ステータス表示を利用できないか思い付いた。っで、そこに情報を表示できないかと考えたら魔法が思い付いた。いつもはチート魔法は頭に魔法がよぎるけど、今回は思考誘導されたみたいに、これに辿り着いたことを説明した。
「ステータス表示を……それでステータスレブリートなのね」
「そうなんだけど、慣れないうちは突然思考にチャットが現れる感じがするね」
注文した紅茶がきたので、紅茶の香りを楽しむ、王都に売ってある茶葉とは違う花のような香がする。ひと口紅茶を飲んで、ホッと息を吐く。
「良い香りの紅茶ね……それで、これ話すより早く頭に入ってくるわね」
「ペネディエルトランサーを応用して画像も送れるみたいだね。便利といえば便利かな」
双方向で情報のやりとりができるか試しておかないといけないなと思い奈津希からも送ってもらおう。
「奈津希からも何か送ってみて」
「分かったわ。ちょっと待ってて」
奈津希から情報が送られてきた。これ動画も送れるのか。っていうか、これ俺が街門を改修するときか? 何だよあのあからさまに何か企んでるニヤけ顔は、そりゃ奈津希が悪い顔をしてるって言うわけだわ。だがこれで念話も問題は解決かな。
お茶を飲み一息つけたので店を出て街を見て回った。街の建物は石造りより木造の瓦の屋根と漆喰壁の建物が多い、暑い地方だから石造りより風通しを良くしたこちらの方が住みやすいんだろうか。
そうして街を巡っていると酒屋があったので覗いてみる。店に入ると泡盛のような強い匂いがする。奈津希もこの匂いにきづいたようだ。
「ねえ干城。ラデスのお酒って蒸留酒っていうから焼酎かと思ってたけど、この匂いは泡盛に近くない?」
「そうだよ。沖縄の泡盛はタイ米が原料だからね。麹菌も粳米の白麹じゃなくて黒麹だし。多分ここも同じじゃないかな?」
「そうなのね。料理酒に使えないかしら?」
「俺が知ってるのはラフテーが泡盛を使ってるんじゃなかったかな? 黒糖や生姜と合わさって臭みを消して味わい深く仕上げる」
「豚の角煮ね。ボア肉の臭み消しに使ってみようかしら」
結局奈津希と二人で10本ずつ買った、新酒と三年物を5本ずつ。早く酒が飲めるようになりたい。飲んでみないと分からないが、多分度数が高い酒なんだろうな。そう言えば、沖縄の人が日本酒は怖くて飲めないと言っていたのを思い出した。泡盛は酔ったのか分かるが、日本酒は気付かないうちに足腰立たなくなる。と言っていたな。俺は泡盛なれしてなかったからすぐにベロベロになった筈だった。
1本の酒に懐かしい前世を思い出し、郷愁を感じた。今飲んでもきっとベロベロになるだろう。そして単に昔を懐かしむのは年相応だと思う。だが、もう帰れない遥か彼方の前世を思い出すのは幸福なことなんだろうか、それとも不幸なことなんだろうか?




