84. 干城と奈津希の魔法へのアプローチ
干城は浮遊魔法で物を浮かせて移動できるなら、それを応用して自身を浮かせて移動できないか? と考えてみた。バーチャルエリアからキャンプ地に移動して、前に浮遊魔法の練習で奈津希がやったように引力を反転させると自転速度で西方向へ飛んで行くというエラいことになると、慎重に自分に浮遊魔法を使う。
フワリと身体が浮いた。東へ向かう自転速度、浮かせる高さ、自分が向かう方向。頭の中でいくつもの計算を走らせながら、少しずつ慎重に試していった。浮遊魔法のときもそうだったが、やがて進みたい方向や高さ、速度は、ただ考えるだけで感覚的に調整できるようになっていく。地上に降り立ち、ステータスを確認する。「無属性魔法」の項目をタップすると、そこには新しく『飛行魔法』の文字が増えていた。よし、早速この成功を、バーチャルエリアで料理のストックを作っている奈津希に話しに行こう。
奈津希もラノベの夢ねと目を輝かせて話に乗ってきた。浮遊魔法で西に流されることもあるので慎重に、自分に浮遊魔法を掛けるイメージで、最初は色々考えるがやがて慣れて多くを考えなくてよくなるなど、奈津希も浮遊魔法の練習時を思い出して自身に浮遊魔法を使った。奈津希は緊張した面持ちで練習を重ねる、干城も手を繋いで一緒に練習をする。干城はそろそろ良いかと思い奈津希と共に地上に降りる。
奈津希にステータスの確認を促してみると、奈津希の無属性魔法にも飛行魔法が増えていた。それなら浮遊魔法のときもそうだったがあれこれ考えずに、飛びたい高さや方向、速さとかで飛べると言ったら奈津希は早速とばかりに空へ飛び出し、しばらくしたのちに降りてきて身振り手振りしながら楽しそうに見たことを話した。
「空から見渡す一面の森と森の間を流れる川、それと街道と向こうの方にエルベシャ山脈、向こうには王都ログマイヤも見えたわ、まるで航空写真を見てるみたいだった、澄んだ風も気持ち良くて、映像じゃなくて直接見る自然と人の生活の形ってあんなに綺麗なのね」
嬉しそうに目を輝かせて空の眺めを楽しんだ話を聞かせてくれた。
そのあと奈津希がラノベ的に、高度が上がれば気温が下がるし、酸素も薄くなる。風の抵抗だってある。だから風魔法で自分を包むシールドが必要だ、人に見られないように認識阻害の魔法も必要だという。なるほどなあと思いながら、どうするか考えないといけない。
検証をするので時間が掛かるというと奈津希は料理のストックをするとバーチャルエリアに戻っていった。この手の検証は自分の役目、それぞれできることに時間を使おう。
風魔法のシールドは与圧室のイメージで地上の気圧を維持するようにして、そのシールドを高速で回転させて砲弾のように直進性を安定させられないだろうか?
(まてよ、弾道理論的に仮に時計回りに空気密度が違うシールドを高速回転させたら、その影響で砲弾と同じくマグナス効果、プレセッション効果、ポアソン効果の影響を受けて進行方向が右に逸れるのでは?)
時間はあるんだ、ともかく検証してみよう。隠蔽は見えなくすれば良いのだから光の屈折を変えるイメージで良くないだろうか、いわゆる光学迷彩だ。なんかワクワクしてきたぞ。
最初はシールドを作って気圧の維持を確かめる、高度を上げていくが特に息苦しくはならない温度も保たれているようで与圧室のイメージで良いみたいだ。
次にどのくらいの速度なら適当か分からないので、そのまま自由落下すれば速度は何度試しても概ね一定か? 見えないがシールドの形は流線型のイメージをしている。すとんと落下が始まった途端にシールドに押し付けられた、自分を中心にシールドを張っているが固定が甘かったようだ、次は気をつけよう。
加速して気流に煽られているのか、シールドの空力抵抗か分からないが軌道が安定しない。シールドは一体式なので軋み音はないが風を切る音はする。(音がするってことはシールド内の空気が振動してるのか?)余計なことを考えていると地上が近づいてきたので落下を制御し、再び上昇する。次はシールドに回転を加えてみる。軌道は安定したがやや右に逸れているようだ。地上が近づいてきたので落下を制御する。
しばらく考えて、グローブスフィア(惑星儀)に今の位置にピンを付けて、エルベシャ山脈の一番高い山頂を目標に概ね水平方向に飛行してみる。速度が分からないのでグローブスフィアに目標方向のここから10キロメートル先にもうひとつピンを打つ。ピンまで180秒を目指して飛行を開始する。数回やり直して10キロメートル180秒の感覚が掴めた、これで時速200キロだ。時速300キロと400キロと秒数を計算し速度を上げていく、時速500キロで僅かに右に逸れ始めた。
まだ音速の半分以下だ、意外と早く逸れたなと思った、砲弾より面積が大きいからだろうか? 魔法の影響だろうか? 地球と同じ条件とは限らないからだろうか?
(疑問はあるが、取り敢えず時速400キロくらいか、ヘリコプターより少し早いくらいの速度かな? まあ〜このくらいまでは直進性に問題ないと分かれば充分だろうこの世界じゃ充分早い移動速度だ。改良すれば速度は上がるだろうが、所詮自分は話のネタになるクソつまらん雑学が好きという程度のオッサンで、物理学者のように事象を突き詰めようと思ってる訳じゃないしな)
今みたいに目指す目標が見えていれば、速度を上げて逸れても気づいて軌道修正できるが、長距離を方角だけの場合はジャイロかコンパスがないと逸れたことに気づけないな。六分儀や八分儀を作って天測しようにも、どの星を基準にすればいいかも分からん。あ! グローブスフィアを併用すれば位置は分かるか。だが速度が上がれば魔力消費量も上がるか? 当分は安全マージンを考慮して速度は400キロが無難か。
一先ず飛行魔法はこんなとこかな。次は光学迷彩かイメージとしては光魔法で光の屈折を変えることだよな、光を吸収したらブラックホールだ。はたと気づいて鏡を作る一人で検証作業をやっているから鏡で自分を見ないといけない。
認識阻害魔法の検証作業を始める、最初のアイデアの光の屈折を変えてみるが、どうにも上手くいかない。満遍なくというのも難しいが、動いたら効果が維持できないので使い物にならない。光を透過させたらどうだろうと思い試してみたが、自分を透過する光が歪んで人の形に風景が歪んでいるので結局丸わかりだ。光を歪曲させたらどうだろと試したら、一方向では他の方向から見たら効果がなく、全方位にすると自分の視界が真っ暗になって何も見えない。これも駄目だ……意外と難題だ。アニメで光学迷彩はあったが、どんな設定だったんだろう。
奈津希がそろそろ夕食だと呼びに来た。バーチャルエリアに移り、キッチンのコーヒーメーカーからコーヒーを1杯注いでリビングのソファにもたれ掛かる。
テーブルに料理が並べられていく、今日は肉じゃがとアジフライのような揚げ物料理だ、いい匂いがする。テーブルに着くと茶わん蒸しがあった、みそ汁は素揚げの茄子だった。
「このアジフライみたいなの美味いね、なんて魚?」
「それはルグロシュ村で漁師さんにいただいた、ムロウラっていう魚よ。こんど刺身にしてみるわね」
「そいつは楽しみだ。うん、この茶わん蒸しもよくできてる。是非今度は丼で作って」
「丼で茶わん蒸し? そんなのあるの?」
「長崎であったよ」
「長崎の人そんなに茶わん蒸し好きなんだ」
夕食に満足して風呂を済ませリビングのソファで休んでいると、奈津希も風呂上がりでリビングに来た。
奈津希に飛行魔法はあらかた終わったことと、認識阻害の光学迷彩が難航していて進捗状況が芳しくないことを話した。
話を聞いた奈津希は「ふ〜ん」と言いながら「光学迷彩ねえ」と首を傾げながら何かを考えていた。
どんなアプローチで解決しようかと考えていると、目の前に座っている奈津希が消えたように居なくなっていた。
「えっ! 奈津希?」
ポンポンと肩を叩かれて横を見ると、そこに奈津希が居た。肩を叩かれるまで気配も何も感じなかったし、奈津希を認識できなかった。
「干城は難しく考え過ぎよ。透明人間になるんじゃなくて認識から外れればいいのよ。だって認識阻害よ」
「認識から外れる……! そうか……見えなくなるんじゃなくて、見えていても意識されない。つまり認識されないってことか」
「そうよ。だから一度認識されれば、また意識から外れるのは難しいわ、だからそうなりそうだったら動きを止めるとかの工夫がいるわね」
そういって奈津希が見せたステータスの無属性魔法には「認識阻害」があった。何時間も試行錯誤を繰り返して果たせなかった魔法を奈津希はラノベの空想とイメージで一発で成功させていた。
奈津希は以前、干城の魔法アプローチに言っていた。
「理屈と魔法の融合と、空想と魔法の融合はどっちが質が悪いのかしら?」
干城は空想と魔法の融合の方が質が悪いと声を大にして言いたい。同時にやっぱり魔法では奈津希に敵わないと思った。




