77. スライム水の活用法は荷が重すぎる
干城はセメント生産施設の部品作りを続け、各部のユニットを組み上げていった。奈津希も水道作りを並行して進める。セメント生産拠点と街作りは着々と進行していた。ただし、その速度は魔法によるゴリ押しの、常軌を逸したスピードではあった。
ふと、干城はセメント生産施設の設計図をどうすべきかと考えた。
すぐに壊れて操業が止まることはないだろう。だが、動くものは消耗するし、形あるものはいつか壊れる。なにより自分達が作ろうとしているものは単なるもの作りではない。目的は持続可能な産業の基盤作り。そして、その基礎までしか関わらない。基礎以降は雇用創出の元にならなければならない。だからこそ設計図がなければ将来的な知識の共有やメンテナンスができない。
「とはいえ、この膨大量を手書きで書き起こすのは、街作り以上にとんでもなく時間が必要そうだな……」
悩む干城の頭に何かがよぎった。干城は目の前の羊皮紙に向かい、脳裏に浮かんだ言葉を無詠唱で行使した。――『(ペネディエルトランサー)』。淡い光が走り、真っ白だった羊皮紙に、セメント生産施設の緻密な全体図がミリ単位の狂いもなく写し込まれていく。イメージをそのまま転写する魔法だった。
干城はひとつの壁にぶつかっていた。スライム水のタンク作りがなかなかに難航した。スライム水は高濃度魔力水でもある。密閉タンクに入れることで魔力が抜けるのに時間がかかり、その分使用可能時間に余裕があるのはいいのだが、時間の経過とともに揮発は避けられず魔力が膨張してしまうのだ。そのため、もっとも貯蔵量の多いスライム水タンクは、その圧に耐える素材選定が必要だった。密閉しない貯水槽でも良かったが、それだとスライム水から魔力が抜けるのが早まり使い勝手が良いとは言えなかった。
素材を鉄にすれば数日で破裂。ならばと試したミスリルは、内部からゆっくりと融解していった。さらにラシニウムはミスリルより耐えたが、今度は配管が先に破裂し、最終的にはラシニウム自体も融解が始まった。
そこで干城は、鉄、ミスリル、ラシニウムを掛け合わせた合金を開発。さらに、一定以上に膨張した魔力を逃がす「圧力逃がし弁」を取り付け、タンク内の圧力を一定に保つことに成功した。更に配管も合金で作り替えた。
「よし、これを『ラシニウム合金』と名付けよう」
毎晩、夕食後にバーチャルエリアで行う奈津希との進捗確認。胸を張って新合金の成果と魔法陣への魔力供給の目処を報告した干城だったが、返ってきたのはなんとも言えないジト目だった。奈津希、俺にネーミングセンスを求めないでくれと泣きそうになった。
奈津希側の水路作りも完璧だった。さっそく一次貯水池に浄化と、地下水道から水を汲み上げる重力魔法陣へスライム水タンクを設置し、そこからの魔力供給を開始する。スライム水は最近のタンク作りの実証でたっぷりある。
地下水道への通水試験は一発で成功し、各貯水池へと清流が流れ込み始めた。
「これで、見積もりでは10日もあれば14個の貯水池が満水になる。溢れた分は堀に流せば水堀の完成だ」
もうすぐセメント生産施設もできあがる。街作りを始めてひと月が過ぎ、これまでを振り返れば、我ながらよくやったと思う。当初は5万都市を想定していた街作りは、奈津希の勘違いで20万都市規模の面積へと膨れ上がっていた。あの時は本当に詰んだと思ったものだ。
だが、急遽貯水池の数を増やして確保する水量を増やし、奈津希が見つけた湧水の地底湖から日量15万トンの水が引ける目処も立った。さらに彼女に与えられたチートで、街の四分の一にあたる5平方キロメートルを農地に変え、食料生産の基盤まで整ってしまった。街の持続性と、もしもの時の抗堪性も跳ね上がっている。
渇水のカルスト台地の麓に、いま、確かな『水の都』が誕生しようとしていた。
――その日の夜。バーチャルエリアで夕食と風呂を済ませた二人は、作業進捗の話し合いを始めた。
「奈津希、街の中には三つの門に繋がる主要道路を作るとして、どう道を通そうか? 中央で交差させるのが一番機能的だとは思うんだけど」
「う〜ん、機能的だとは思うけど、それだけじゃラノベの夢がないわ。土地に余裕はあるんだし、中央に広い公園を作って、地下水路を増設して引いた水を重力魔法で公園の中に大きな池を作って湧き出させるの。そこから街中に水路を巡らせて、主要道路は公園の周回路で合流させたらどうかしら?」
お互いに頭の中のグローブスフィア(惑星儀)を共有し、ピンチアウトして拡大した地図に線を入れていく。
(待てよ。確か、こんな魔法があったな……)
干城はふと、頭の中の光景や製図などを羊皮紙に転写できる魔法『ペネディエルトランサー』の存在を思い出し、さっそく脳内の街のイメージを出力してみた。
それを見た奈津希は、いかにもラノベらしい魔法効果に目を輝かせた。
「えっ! 何これ、凄いじゃない。アタシもやってみるわ!」
それからの奈津希は止まらなかった。次々と街のイメージを羊皮紙に転写していく。ラノベ好きな彼女が描くのは、中世欧州のデザインとゲーム世界が融合した幻想的な街並みだ。干城の持つ、現代的で無機質な都市計画のイメージでは到底太刀打ちできそうになかった。
結局、奈津希の提案通り中央を広大な公園敷地とし、水の都を謳う水路網を張り巡らせることに決まった。門を結ぶ主要道路の規格は道の両側を日本の一般道片側三車線で、そこから分かれた幹線道路は一般道片側二車線幅の道路にした。どう道路を通すかの骨組みだけを干城が決め、道路作りと公園のデザインや景観はすべて奈津希に一任する。
といっても公園と街の中の水路は奈津希のイメージで作るとして、二人が作るのは道路までだ。建物はこの世界の人達に任せる。任せられるものは任せないと、折角の雇用創出機会を潰してしまう。
大枠の役割分担が決まったところで、干城は自身の本分であるセメント生産施設の完成へ専念することにした。
干城はふと思い立ったことを奈津希に相談した。
「奈津希、この街の領主か代官の居城を作ってくれない?」
「えっ? どうしたの、そんなの作って良いの?」
「あ〜……うん。予定より大きく作りすぎたから、ここを維持するのに元の案から守備兵の数や必要な予算が跳ね上がる。いずれ収支は黒字になるだろうけど、それだけの人口にすぐなるわけじゃない。多分しばらくは辺境伯の想定を遥かに越える支出になるだろうから詫びの意味も込めて」
「なるほど、デザインはアタシで良いの? あと場所はどこにするの」
「場所は中央から東側寄りで、領都グラルメルフィス側とセメント生産施設側の街門の中間点になるここでどうかな。あ! 城壁と水堀も付けてね、建物のデザインとかは奈津希に任せるよ」
「そう? 分かったわ。お城ね、ヨーロッパのお城を参考にしようかしら」
奈津希はどんな城にするか、楽しそうにノイシュヴァンシュタイン城やモンサンミッシェルなどの記憶を転写していた。干城はイメージ的にそれは外せないよなと激しく同意した。
ひと段落ついたところで、干城はスライム水の可能性を切り出した。これを燃料とした内燃機関が開発できれば、大量輸送と今の数倍の物流の速達化が見込める。その夢のある可能性に奈津希は目を輝かせたが、干城はすぐに表情を引き締めて懸念を告げた。
「……ただ、このスライム水には大きなリスクがある。内燃機関に使えるということは、爆薬にも転用できる。物流の高速化は、間違いなく戦争の道具として利用されるだろう。そして、いずれ誰かがその使い道に気付くはずだ」
奈津希はハッとして両手で口元を抑え、その恐ろしい可能性に思い至ったようだった。
「それは……不味いわね。アタシたち、この世界で英雄になりたいわけじゃないし」
「ああ。誰かがいつか気付いて戦争に利用しても、この世界の人だから許されることだと思うんだ。そして、俺たちはあくまでこの世界の余所者だ。功罪が大きい歴史のブレイクスルーを齎すべきじゃない。スライム水をどう使うかはこの世界の人達に任せて、俺たちは大きな影響を与えないようにしよう」
奈津希も深く頷き、二人はスライム水の利用に一線に引く方針を決めたのだった。




