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50代召喚(前世の記憶の亡霊が生きた道)  作者: くまじ
2章 フリーランサー
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76. 技術の功罪

 セメント工場の建設を始めるが、その前途は多難を極めそうだ。巨大な回転円筒である回転キルンをはじめ、ベルトコンベア、破砕機、ミルなど、稼働させるべき大型重機は枚挙にいとまがない。これらを駆動させるには無数のギアやベアリングが必要で、それ自体をまず魔導錬成で加工せねばならなかった。


 さらに決定的なのは動力源だ。当然、この世界に電気はない。ならば、蒸気レシプロ機関で無理やり動力を引っ張ってくるしかない。煤煙と蒸気にまみれた、泥臭いスチームパンクな世界が出来上がりそうだ。


 手元に紙の設計図はない。しかし、干城の頭の中には完璧な図面が存在していた。前世でセメント工場を見学した記憶を呼び覚ますだけで、必要な部品や構造が次々と脳内で組み上がっていくのだ。まるでゲームのオープニング映像で、光の線が走って精巧な3Dモデルが完成していくかのように。


(事あるごとに前世と比較してしまう前世を思い出さない日の方が珍しいくらいだよな。一体、13歳のこの身体と脳はどうなっているんだ。チートなどという言葉では片付けられない。俺は有原干城、57歳の平凡な社会人だった筈だ。思考が、身体が、段々と人間から遠ざかっていく気がする)


 モノ作りをするのは楽しくもあるし、我を忘れて没頭することもある。だが、ふとした時に、自分のことながら「人の枠」からはみ出しつつあると自覚するのは、なかなかに堪えるものがあった。


 一陣の冬の冷たい風が頬を打った。その冷気で頭が冷えたのか、すっと気持ちを切り替えることができた。感傷に浸っていても始まらない。やるべきことをやろう。部品作りを始めるのだ。


 ラシーグルの骨、グレグス甲虫、エルベシャ山脈の粘土で作った複合素材……そう言えば、この素材に名前がなかったな。名付けのセンスは奈津希が良いんだが、あいつは今ここに居ないし。と、しばし考えて「ラシニウム」でいいやと妥協した。


 ラシニウムは大量に作って空間収納に仕舞ってある。粘土質だから成形も楽だ。成形後は普通なら窯で焼成するが、どうせ魔法でごり押しだ。光魔法による高熱で焼き固めると、粘土は金属をも凌ぐ強固な輝きを放ち始める。できた部品は、それぞれの重機が配置される予定の場所へと浮遊魔法で移動させていく。奈津希ほどではないにしても、俺も順番や段階が決まっていたら、それなりに効率良く作業できるもんだなと感心した。


 干城はその後も黙々と部品作りに明け暮れ、「今日はこのあたりにしとこう」と作業を止めてバーチャルエリアへと移動した。


 出現させたドアを潜り、リビングへ足を踏み入れる。すると、キッチンの方からパチパチと油が爆ぜる小気味いい音が聞こえてきた。どうやら今日の夕食は揚げ物料理のようだ。エプロン姿の奈津希が忙しそうに手を動かしている。


「ただいま」


 キッチンへ行き奈津希に声をかけて、干城は冷蔵庫から冷たい冷煎茶を取り出した。コップに注いでそのままリビングのソファへと深く身体を沈め、お茶を一口飲み大きく息を吐き出して一休みする。


 夕食は白身魚、茸、野菜数種の天ぷら。魚の兜煮、酢漬けの野菜、アラ汁だった。奈津希の料理はいつも絶品だ、ご飯二杯お代わりした。


 食事のあと風呂に入り、1日終わった寛ぎ時間だが、今はこれから作業進捗の頭合わせの時間だ。干城は暫く部品作りになる事、粘土の複合物質をラシニウムと呼ぶ事にしたと話した。ラシニウムの件(くだり)では奈津希にジト目で見られた。


 奈津希の話は驚くものだった。取水口候補の選定にモルド川沿いを登り、そのうち水源が気になって探すと、山頂の雪解け水と思っていた水源は、実は湧き水でグローブスフィアで詳細に探すと、山中というか文字通り山の中腹辺りの中に地底湖のような場所があり、そこから溢れた水がモルド川の源泉だった。奈津希はそれらを調べ湧き水の水質は軟水で、湧水量は1日44万トン。俺はこの数字がどのくらいのものなのかしばらく記憶を探ると、長崎県島原市の湧き水が1日20万トンくらいじゃなかったか? と思った。


 そこからこの世界の生活水準や水の消費量などの予想を勘案して、将来的な拡張なども見越して1日15万トンの水を引ければ、余裕をもって足るだろうと推察した。


「そこから1日15万トンくらい水が引ければ、最大収容量の20万人、セメント産業と農業に水を使っても水問題は余裕で解決できそうだな、水に悩むカルスト台地の麓が水の都になりそうだ」

「水の都! 素敵な響きね。良いわね、渇水の地に水の都。ラノベの夢が詰まっているわ」


「モルド川の流量はその分減るだろうけど、環境にどれだけ影響があるかは分からないな。今モルド川から取水してる領や街はないから多分大きな差はでないと思うけど」


 奈津希はラノベの夢実現に楽しそうにしていた。なら、それを実現する為にどうするか考えないといけない。と思っていたら奈津希が貯水池について聞いてきた。


「ねえ、干城。貯水池14個作ったじゃない。あれって全部でどのくらいの水があって、何日保つ予想だったの?」

「あれは、貯水池六つが飲用水、四つがセメント産業用水、四つが農業用水で、全部で約150万トンくらいになるね。籠城したときに人口20万で全部飲用水にして二、三週間保つ目算だったよ」


「あれだけの貯水池でも、そんなものなのね。というか貯水池を満水にするのに10日掛かるのね」

「1日15万トンは人口20万人でも余裕を持った数字でもあるよ。実際にそこまで人口が増えるのには相当な時間が必要だろうけど」


 どう水を引くか考えないといけない。奈津希にこの事を相談した。水道を破壊されて水の手を切られるのがこの街の弱点だ。だからこそ地下水道にして破壊されるリスクを低減しようと考えた。――では、地下に通した水をどうやって効率良く汲み上げる? 蒸気機関の動力でポンプを回すか? そう考えていると、奈津希は何を悩む必要があるのかとばかりに解決策を提示してきた。


「そんなの、重力魔法を水路に付与すれば良いじゃない」


 重力魔法。F依頼の溝掃除のときに汚れず、一人で、短時間で依頼を達成できる便利な魔法だ。干城にとって、それは全くの盲点だった。言われてみれば、なぜ今の今まで気が付かなかったのか。己の凝り固まった思考が可笑しくすらあった。


「魔法付与か……いや、でも魔力はどうやって供給するの?」

「スライム水は使えないの? 高濃度の魔力水なんでしょ? 干城の理屈っぽさなら、なんとかしそうな気がするのよ」


 スライム水! チート能力で気付いたことなので、自分で発見と言っていいのかは怪しいが。ともかく発見した高濃度の魔力水。その、燃焼以外の使い道――。(あれ? もしかしてスライム水を燃料に、内燃機関ができるんじゃないか?)次々と溢れてくる可能性に、自分の思考が段々と収拾つかなくなっていく。


 ……いや、一旦思考を打ち切ろう。今考えるべきことはそれじゃない。


「スライム水については考えてみるよ。奈津希は地底湖から取水して、一次貯水池に水を引くように段取りしてくれるか? 俺は部品作りを続けるよ」

「分かったわ。……一次貯水池って、やっぱりいるのね」


「一次貯水池は浄化槽でもあるからね」

「ああ、そう言えばそうだったわね」


 ひとまず話を終え、干城は改めてスライム水の活用法に思考を巡らせた。


 もし燃料に使えれば、可能性は広がるばかりだ。世界が変わるブレイクスルーとも言えるだろう。干城はわくわくする興奮を覚え、同時に頭に冷水を掛けられる可能性に気付いた。


 一面のみの物事などあり得ない。


 作用が大きければ反作用も大きくなる。


 表面が広ければ、裏面も等しく広くなる。

 

 人を幸福にする便利な技術は、戦争に利用され人を不幸にする。


 勿論、逆に戦争によって生まれた技術が人を幸福にした例も枚挙に暇がない。干城はその最たる例が「ハーバー・ボッシュ法」だと思っている。火薬の原料である硝石を得る技術は「空気からパンを作る技術」でもあり、この技術で作られた肥料で世界の食料生産量を劇的に押し上げた。


 スライムは誰にでも捕まえる事ができ、スライム水を得るのも簡単だ。だが、スライム水の燃料化は、ハーバー・ボッシュ法に近い功罪を生むのではないか。 


(俺が技術を確立しなくても、いずれ誰かが気付いて技術が確立されるかも知れない。だが、それはこの世界の人がやったからこそ許されるのではないか? 異世界人の俺がやったら……それは、許されることなのか?……)






 




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