75. 水資源確保は大変だ
残り二つの門付近も同じように改築が終わり、干城はやりきった達成感と出来栄えに満足して頷いた。
だが、振り返り地表5メートルの高さから更地の20平方キロメートルある街予定地が目に入ったときモノ作りの熱から覚め、ふと我に返った。次の瞬間、干城は頭を抱えて蹲まった。
あまりに広すぎる。奈津希が作った街の敷地は、干城が想定していた4倍を軽く超えていた。これほどの街壁を守備するには、最低でも1万人は下らない兵数が必要だろう。現状ですら日々の人件費や砦の補修費に頭を悩ませている辺境伯に、新たに「守備兵が1万人以上必要な街」を引き渡すだと?
5万都市を作ると言ったはずが、出来上がったのは20万都市規模。ぶっちゃけ、8万人の人口を抱える領都グラルメルフィスどころか、国内最大である13万都市の王都ログマイヤすら遥かに凌駕する超巨大都市だ。一体どんな顔をして、何と言い訳して辺境伯に引き渡せば良いというのか。
今更、建築を止める選択肢など存在しない。
「……詰んだ」
干城は頭を抱え、ただただ途方に暮れるしかなかった。救いがあるとすれば、ここが最前線になる可能性が極めて低いことだろう。万一、王都ログマイヤへ侵攻しようとする敵が現れれば、レモラント連峰の峠道の出入り口に立地するこの街は無視できない。強力な「蓋」の役割を果たす要衝にはなり得る。
しかし、それを補って余りある致命的な欠陥があった。ここはカルスト台地の麓なのだ。地質的に食料生産には向かず、万が一水道を破壊されればすぐに干上がる。長期戦や籠城戦など不可能な構造だった。
(モルド川から取水する水道は、当初は地表を通す見積もりだったが……地下に隠した方が、敵に破壊されるリスクを下げられるか? あと取水位置は予定より上流から数カ所に分散した方が無難か。どうせ魔法でゴリ押すんだコストは考えなくていい)
いや、それに食料の問題がある。ここはカルスト台地そのものではなく、あくまで台地の麓だ。ならば酪農だけでなく、表土を整えて農地に開墾できないだろうか。
「何か、手立ては……」
干城は打開策を思案して次の問題解決に向けて考え始めていた。だが、知識の引き出しをいくら漁っても有効な解決策は思いつかない。干城の認識では、カルスト台地の麓は水捌けが極端だったり、逆に粘土質で最悪だったりと地質が複雑な上、高アルカリ・高カルシウムな土壌で酪農はできても、精々葡萄やオリーブ栽培が出来るくらいで食料確保としての農業には全く向かないはずだった。
ひとまず奈津希の所に行って現状を共有しようと思い立ち、干城は貯水池の予定地へと歩き出した。到着してすぐに問題点を切り出すと、奈津希はぽかんとした顔で驚くべき感想を口にした。
「え? 5万都市の面積って、この四分の一で良かったの!?」
どうやら彼女も、事の重大さを今になって理解したらしい。気を取り直して、土壌改良して農地にできないかと相談していると、急に奈津希の動きがピタリと止まった。
「……奈津希? どうかした?」
問いかけると、彼女は視線を彷徨わせながら「頭に、なんか魔法が浮かんできた」と呟く。
(ああ、チート魔法を授かるあれか、授かるときはあんな感じになるのか)
自分にも身に覚えがある干城は、手を止めて彼女の行動を見守ることにした。
奈津希は少し考え込むような仕草を見せた後、楽しそうに微笑んだ。
「広すぎるなら、とりあえず街の四分の一を畑にしちゃおう!」
奈津希がそう言って無詠唱だが魔法を発動したのだろう、腹に響くような低い地響きと共に、見たところ四分の一の広さだから5平方キロメートル程の土地がまたたく間に掘り返され、即席の畑用地へと姿を変えていく。だが掘ったところで作物が育つ栄養がある土には見えなかった。
さらに奈津希は、その広大な畑用地に向けて、魔法を無詠で行使したのだろう。上空100メートルほどの高さに、新設された街全体を覆い尽くすほどの巨大な金色の魔法陣が出現した。天からまばゆく柔らかな光の雨が降り注ぎ、サーっと雨が地面を叩くような音がする。
干城は思わず身構えたが、肌に触れる光の雨はどこか温かく、不思議なことに髪も服も一切濡れなかった。だが、その雨が染み込んだ畑用地の光景は劇的だった。白っぽく荒れていたカルストの土壌が、見る見るうちに黒っぽく粘り気のある、それでいて手で触ればホロホロと崩れるような、栄養に満ちた理想的な土壌へと変貌していく。
「奈津希、今のは……」
「うん。『天使の慈雨』って土壌改良の魔法だったみたい。ちゃんと耕して畑用地にした場所には劇的な効果があって、それ以外の場所は多少土質が農地向きに向上する程度に留まるみたいだけど」
「相変わらず出鱈目だな。チートと言えばまさしくチートなんだが……」
干城があっけにとられている間にも、手の動きを見るに奈津希は自身のステータス画面を空中に出して確認しているようだった。
「ねぇ干城、ステータスを見たら、今の『聖属性魔法』に分類されてるみたい」
「聖属性か。そのパターンは初めてだね。今までのチートはステータスに反映されなくて、俺たちの間で共有できたけど……これは俺じゃ使えないかな? 聖属性の親和性は、奈津希の方が高いし」
街の予定地のおよそ5平方キロメートルに及ぶ農地は形になった。これだけの農地があれば売るほどの野菜が生産できるだろう。ならば充分な水を供給しなければならない。農地全体を四分割し、一画ごとに120メートル✕90メートル深さ10メートルの貯水池を一つずつ設置する。そこから網の目のように用水路を敷けば、全体に水を行き渡らせることができるだろうか。
……いや、そもそもこの地域は雨が少ない気がする、水道からの水の供給は間に合うだろうか。それにしても、カルスト台地の麓というのはこれほど水の確保に苦労するものなのか。飲用水、農業用水、さらにはセメント産業用水と、性質の違う三種類の貯水池が必要になる。救いは、下流が海であるため、他領との水利権争いや取水制限を気にしなくていい点くらいか。
土魔法で掘削した後は、水漏れを防ぐために側面と底面を土魔法と重力魔法でガチガチに固めなければならない。コンクリート以上の強度と遮水性が必要だ。何はともあれ、この貯水池群を完成させないことには次の工程へ進めない。奈津希と手分けして作業を進め、合計14個の貯水池を完成させたところで本日の作業を切り上げた。
バーチャルエリアへ移動して食事と入浴を済ませ、リビングで今後のグランドデザインについて話し合う。干城はグローブスフィアを操作しながら、今回の主題である「水」について説明を始めた。
取水口を当初の予定よりモルド川の上流へと移し、川が流れるセグリセ山中に大空洞を掘削する。そこに街の貯水池十個分に匹敵する巨大な「一次貯水池」を構築し、そこから街の各貯水池へと分配する計画だ。
一次貯水池の貯水槽には浄化魔法を付与し、取水口はリスク分散のために六箇所設ける。さらに、水道はトンネルにしてすべて地下に埋設する……といった構想を語った。それを聞いた奈津希は、実に彼女らしい理由で、少女のように目を輝かせて賛成した。
「良いわね! 現実の予算や工期のコストを完全に無視した、チート全振りの巨大プロジェクト。ラノベの夢が詰まっていて本当に面白そうだわ」
「この山中工事、奈津希に任せてもいいか? 俺はそろそろセメント工場の立ち上げに入りたいんだ」
「ええ、もちろん喜んで! グローブスフィアで現地のトポロジーや水道ルートは把握したから、任せておいて。なんだかわくわくしてきたわ」
「頼むよ。実際のところ、やってる規模は日本で言えば国家プロジェクト並みだからね。スフィアで見る限り地質は安定していそうだけど、山をぶち抜くわけだから、予期せぬ湧き水や崩落には十分気をつけてくれ」
「分かったわ。そういえば、メンテナンス用のキャットウォークというか、管理通路はどうするの?」
「それをどう配置するか、まだ決めかねているんだよね」
「だったら、水道のトンネル自体を少し拡張して、水路の両脇を通路にすれば手っ取り早いじゃない」
「いや……それだと同時施工の難易度が跳ね上がって、面倒じゃないか?」
干城が懸念を示すと、奈津希はきょとんとした表情になった。
「何言ってるのよ。昨日までの街壁作りなんて、穴を掘りながらそれを外堀にして、その地下に放水路を通して、土を固めながら正面壁の厚さの微調整して……。おまけに壁の内部に通路や詰所、休憩室、会議室、調理室や食堂、倉庫なんかを同時に作るのよ? ああいうマルチタスクに比べたら、ただのトンネル拡張なんて楽勝よ」
事もなげに言い放つ奈津希に、干城はただ唖然とするしかなかった。確かに、奈津希が手がけた街壁はそういう構造に設計した。自分なら工程をいくつかに分割して、段階的に作るつもりだったし、そのイメージしか湧かない。実際、今日行った街門付近の改造だってその手順だった。
それを、奈津希はすべて同時並行で処理していたというのか。論理的な手順に縛られない、ラノベ的イメージ先行型の奈津希は、やはり魔法の天才なのだろう。いちいち理屈や建築基準法のような理屈を考えてしまう干城では、魔法の出力発想においても、彼女の直感には逆立ちしても勝てないと改めて痛感させられた。




