73. プレゼン 5 プレゼン終了
ロスニーニ辺境伯に干城と奈津希の今回の事業目的を話したことで、全員に共通認識ができた。しかし同時に、干城は今日ほど自分を馬鹿だと思ったことはなかった。
この国と決別したのは、召喚されて前世の人生を奪われたというのが一番の原因ではある。
それに加えて相互理解という共通認識を持とうともせず、貴族の常識や自己満足を押し付けられ話し合いすら成立しないことに腹が立ったからだ。なのに、今日自分がやったことは、まさにそれと同じではないか。
技術的な課題や現状の問題を解決することばかりが先行し、そもそも「自分たちはなぜ、何を、どう考えて今回の行動をするのか」という一番根っこの部分を話し、理解を得ていなかった。要するに、自分の頭の中にある構想という『自己満足の押し付け』だったのだと、ようやく気付いた。休憩時間。干城は一人ステージの隅で椅子に座り、激しい自己嫌悪に打ちのめされていた。
一方、奈津希は空間収納から大きめの丸テーブルをステージ上に引っ張り出し、お茶とお茶請けを振る舞っていた。シルヴァノ王、グレカーレ宰相、ロスニーニ辺境伯の主だった三人は、そんな干城の様子を怪訝そうに見つめている。
「ナツキ、タテキは一体どうしたのだ?」
シルヴァノ王の問いに、奈津希はクスリと笑って応えた。
奈津希には休憩前に「認識の共有」として干城の意図を話してあった。彼女は干城の代わりに全員へ事情を話し、情報の共有を図ってくれた。ステージの隅にいる干城の耳に、彼女の落ち着いた声が届く。
「干城は、今回の産業や街作りの基礎をどうするか、どう解決するかを考えるのが純粋に楽しかったんだと思います。でも、これだけ大きな事業です、本人も気付かない重圧があったのかもしれません。だから、つい先走ってしまって……最初の一歩目である『私たちの目的の共有』という相互理解を飛ばして、技術的なことや目の前の問題ばかりに頭が向いちゃったみたいなんです」
シルヴァノ王とグレカーレ宰相は、まだ理解が追いつかないという風で、グレカーレ宰相が奈津希に質問した。
「ナツキ殿、一体どういうことだろうか? タテキ殿の提案はどれも素晴らしいものばかりに見えたのだが」
「グレカーレ様、干城と私がシルヴァノ王とグレカーレ様のお二人と城で話し合った時、干城が何と申したか覚えていらっしゃいますか?『相互理解も認識の擦り合わせもなく話し合いは成立しない。貴族の常識や自己満足を押し付けるな』と申しました」
シルヴァノ王は深く頷いて奈津希の言葉を肯定した。
「勿論覚えている。あれ以来、我らも最初に相互の認識を合わせることに努めているし、あれは新しい知見だった」
「シルヴァノ王、干城は今日、まさにそれをやらかしたんです。私たちの目的の共有という相互理解を飛ばして、自分の頭の中にある構想を押し付けようとしてしまった。レガルデ様に説明するまでそのことに気付けなかった。それが、あいつが今落ち込んでいる理由です」
干城は丸テーブルへチラリと目を向けた。向こうの顔ぶれには、一様に納得できたという表情が見受けられた。しかし、自分で説明しなければならないことを奈津希に押し付けてしまうとは、なんと情けないことか。落ち込んでいるだけでは何も解決しない。干城は立ち上がり、丸テーブルに向かって歩き出した。
「皆様、自省の時間は終わりました。レガルデ様に先ほど私どもの事業目的をお伝えしたことで、一番肝心な『共通認識』が抜けていたことに気付かされた次第です。先にお伝えしておけばもっとスムーズだったものを、レガルデ様にはご迷惑をお掛けしました」
「そんなことはない、タテキ殿の税の話やナツキ殿の道路整備と市場拡大の話は新たな知見だった。感謝こそすれ文句などあろうはずもない」
休憩が終わり、二人の事業目的を共有できたことで話の進みは早かった。干城が説明し、奈津希がジオラマの位置を指示棒で指していく。街の基礎が終わったら貯水池を作り、水道を作って水を通す。貯水池に水が溜まったらギスタを放流する。街から街道までの道路整備をし、レモラント連峰の峠道に一部手を加える。作業完了は三、四ヶ月を見積もっているが、初めてやることなので期間の延長もあり得ることなどを話した。
ロスニーニ辺境伯は「大工より早く建物を建てられる」どころじゃないなと呟いていた。
その呟きが聞こえたシルヴァノ王が、クツクツと笑いながら辺境伯に答えた。
「全くだな、私も初めて聞いた時は度肝を抜かれた。普通は数万人を動員して、数年、十数年掛かる規模だ。だがタテキができると言っていて、ナツキも止めていない。例え延期があったとしても、我らの知る通常から見れば誤差程度なのだろう」
ロスニーニ辺境伯は、二人に対して陛下からこれほど信頼が寄せられているのかと言いたげに、無意識に驚きの表情を浮かべていた。そんなロスニーニ辺境伯の様子に目が留まった干城は、何か変なことでも言っただろうかと考えていた。
グレカーレ宰相から建設の順序の質問があった、その後も質問が続いた。
「タテキ殿。街の基礎を作ったあとに、道路より先に貯水池を作るのはなぜなんだ?」
「はい、グレカーレ様。この地はカルスト台地という非常に水捌けが良い場所で、充分な地下水や湧き水が期待できない地です。人を集めても水がなければ生きていけません。故に先に貯水池を作り、飲用水の確保を優先するのです」
「タテキ。この街への道路はどうなっている? 橋のように見えるが」
「はい、シルヴァノ王。この道は高架道路にしています。二階ほどの高さに道を通すことで地面の起伏を吸収し、道が上下せず平らに敷くことができます。現地に下見に行った際、かなり起伏がある地でしたのでこのように考えました」
「タテキ殿。二階の高さに道があるのなら、門も二階の高さにあるのか?」
「はい、レガルデ様。その通りです。どれだけの大軍で敵軍が攻めてきても、街に侵入するには高架道路上にしか展開できませんし、満足に身を隠すこともできません。街壁の外は水堀で囲っておりますし、跳ね橋にすれば防衛側は優位に戦えます」
シルヴァノとグレカーレは理由に納得して深く頷き、レガルデは防御構想に舌を巻いた様子だった。
そこでおずおずとフレデリーケ姫から質問があった。
「あの、私も質問をしてよろしいでしょうか?」
「勿論です、フレデリーケ様」
「ありがとうございます。貯水池にギスタを放流するのはなぜでしょう?」
干城はチラリと奈津希に目を向けた。奈津希はニッコリしていたので、回答は彼女に譲ることにした。
「はい、フレデリーケ様。貯水池は深さ10メートルを予定しています。この深さだと藻の繁殖に対応が必要です。ギスタはレワード川で捕れる小魚で、普段は食べられることなく畑の肥料にされています。このギスタは繁殖力が強くどんどん増えるんですが、藻を主食としていて食欲も旺盛です。ですので貯水池に放流することで藻の繁殖が抑えられ、水を一定の水質に保つことができます」
奈津希はイタズラっぽく笑って言葉を続けた。
「フレデリーケ様、それにギスタは煮干しにすると、とっても美味しいお出汁が取れるんですよ。それはあとでお教えしますね」
フレデリーケ姫は楽しみそうにニッコリと微笑んでいた。
プレゼンとして説明すべきことは終わった。事業の趣旨や必要性、問題の解決策、そして将来の展望まで、ひととおり理解は得られたようだ。
気づけば、時間は昼食の時間を大幅に超過していた。「時間管理もできないとは……」と再び自己嫌悪に陥りそうになりつつ、幹城は皆様に昼食の時間を超過したことを謝罪した。
それにグレカーレ宰相が事もなげに答えた。
「休憩時間のロイヤルミルクティーというお茶とクッキーが美味くて、それほど腹は減らなかった。寧ろ誰も昼食のことを気にしなかったのではないか?」
干城はそのフォローをありがたく受け取ることにした。
シルヴァノ王から直々に昼食へ誘われたため、全員でご相伴に預かることになった。役目を終えたジオラマやステージ、机などを空間収納に仕舞い、謁見の間を綺麗に片付けてから昼食の場所へと向かう。
運ばれてきた料理は、すべての皿が一斉に提供される形式のようだ。王の食事でこの形式ということは、ラエスタの高級料理店で食べたコース形式は別の国の食文化なのだろうか。
出された料理はどれも絶品だったが、中でも干城と奈津希が目を付けたのはコーンスープだった。この国では今まで見たことがなかったが、なんでも北方の領地で栽培されている『プラーネ』という作物が原料らしい。
干城と奈津希はアイコンタクトを交わす。――『あのトウモロコシ、絶対に手に入れよう』。声に出さずとも、二人の意思は完全に通じ合っていた。




