72. プレゼン 4 土台認識の欠如
干城は今回の事業目的である、雇用創出の機会を作ること。そのために敢えて基礎部分までしか手を加えないことを説明する。
「レガルデ様。ご説明の前に、先んじて私どもの事業目的について、認識のすり合わせをさせていただきたく存じます」
ロスニーニ辺境伯――レガルデ様が重々しく頷いたのを確認し、干城は話を始めた。
「私どもの事業目的は二つあります。一つは、今後行われる道路網整備の効率化。従来の石切加工では素材コストが高く、各地から集めていては時間がかかりすぎます。そこで、この地に『セメント』の製造拠点を築き、新たな地場産業とすることです」
これにも辺境伯は頷いた。話を真剣に受け止めてくれている。
「そしてもう一つは――国の経済成長を促すことです」
この言葉に、辺境伯は怪訝そうに首をひねった。確かに、この世界の人間には言葉足らずだっただろう。「経済成長」という概念そのものが、まだ定着していないのだ。
干城は空間収納から、黒く塗った脚付きの大きな木板を取り出した。即席の黒板だ。そこに光魔法を応用し、まるで白い蛍光塗料のような光の文字を滑らせていく。
「もう少し噛み砕いてお話しします。経済成長とは、国、商会、そして市井の三者で『金が循環する』ことで生まれます。つまり、国が公共投資として複数の商会に事業を斡旋する。商会は国から資金を受け取り、契約に基づいて事業に着手します。そして商会員は、それを仕事として働き、給料を得るのです」
干城の言葉を引き継ぎ、奈津希が黒板に矢印を書き加えていく。干城はさらに説明を続けた。
「そこには人と資材、あらゆる物が集まります。物を動かすのにも、当然人が要ります。人と物が集まる場所に、商人は商機を見つけてさらに集まってくる。もちろんこの商人とは商会だけではありません。商業ギルド員登録をして、公的に商売の資格を得ている者たちを指します。これは食事処、宿屋、酒場などのあらゆる商売人です。こうして人が集まれば、一人が使う金は小さくても、全体としては金が大きく動くのです。そして、そうやって動いた金の一部は、巡り巡って『税金』として国やこの領地に戻ってきます」
ここで一旦話を止め、辺境伯に目を向ける。干城の講義を、レガルデ様は必死に頭の中で咀嚼し、理解しようと努めていた。
やがて辺境伯はこちらを向いて質問を投げかけてきた。
「では、その流れが出来上がったら税率を上げればいいのか?」
「違います、レガルデ様。それはむしろ最悪の悪手です。税金とは、金の流れを制御するブレーキとお考えください」
これにも辺境伯は首をひねっていたので、説明のために空間収納から巾着袋を取り出し、銀貨5枚、白銅貨8枚を用意する。
「レガルデ様、ご説明します。これは例えとしての話で、現実と差異があってもその点はご容赦ください」
ロスニーニ辺境伯は頷いてこちらを見た。
「今、私の手には銀貨5枚、白銅貨8枚があります。これが今月私が得た給料です」
ロスニーニ辺境伯が頷いたので話を進める。
「ここから、税金として銀貨1枚と白銅貨2枚が引かれました。残りは銀貨4枚と白銅貨6枚です。これが給料の手取り額。これを可処分所得と言います」
銀貨1枚と白銅貨2枚を奈津希に渡す。これをロスニーニ辺境伯はなんとか噛み砕いて頷いた。
「ここから、家賃や食費、つまり人らしく生きていくのにかかる毎月の経費として、銀貨3枚と白銅貨5枚が必要になります」
奈津希に銀貨3枚と白銅貨5枚を渡す。
「手に残った銀貨1枚と白銅貨1枚、これが私が今月好きなように使える金です。これを自由裁量所得と言います」
ロスニーニ辺境伯の顔が驚愕に変わった。
「ここで、税金が白銅貨3枚増えたとしましょう」
干城は銀貨を白銅貨10枚に両替して、白銅貨3枚を奈津希に渡す。
「これで私が今月好きに使える金は白銅貨8枚になりました。うかうかエールも好きに飲めません」
ここで辺境伯も合点がいったらしい。しきりに「そういうことか」と言っていた。
「お分かりいただけたでしょうか? 税金を安易に上げるのは消費、つまり服や靴などの買い物や嗜好品の飲食といったものに金が使えなくなり、結果として経済は停滞します」
「逆に税金を下げることで、私の手元に下がった税金分が残ります。これで自由裁量所得も増えて、消費を促すことになります」
ここまでの説明でロスニーニ辺境伯も話が飲み込めたらしいが、新たな質問が飛んできた。
「愚鈍な私にも、ようやくタテキ殿が言われた理屈が分かった。税はブレーキというのも納得できる。だが、そうはいっても現実がすぐに変わるわけでも、収入が増えるわけでもない。実際問題としては、税収を増やさなければ騎士団の維持も砦の補修もできないのだ。それはどう解決すればいい?」
どう答えるべきか考えていると、奈津希が答え始めた。
「だからこそ、国や領が商会や市井に公共投資としてお金を流すんです。道路整備はまさにそこが主眼なんですよ。例えば道路をしっかりした平らな硬い地面にします。その予算で商会と市井は幾らか潤います。そして道路が走りやすくなることで荷物の速達化ができます。ラエスタから入ってくる魚介が、今は仮に三種類だったとして、一日か二日ほど到着が早くなることで、今まで商品にできなかった魚介が商材になり、その分商売の幅が広がり市場が活性化して、それが税収増に繋がります」
ロスニーニ辺境伯は今度こそ腑に落ちたという顔になった。
「確かに軍備にお金が回らないのは不安かもしれません。ですが、軍備にばかりかまけて市井を放置すれば、本来税を生み出す場所が萎むばかりで、税収は下がり続けるジリ貧になります。軍備も節約できるところを精査し、今削れる所は削り、その分で市井の活性化を促すべきです。現実は簡単ではありませんが、数字だけで単純に理屈を言えば、市場規模を倍にできれば税収は倍になるんですから」
ロスニーニ辺境伯は奈津希の話にしばらくキョトンとしていたが、やがてクツクツと笑い出し、遂には声に出して笑い始めた。
「ナツキ殿の言はまさしく正論だ。どうやら私は視野が相当狭まっていたらしい。今までの私には全くなかった視点だ。女性のナツキ殿がこれほど政治を語れるとは……聞いていたとおり、タテキ殿とナツキ殿の元の世界は本当に発展した世界だったのですね」
ロスニーニ辺境伯の理解が得られたと思った干城は、一応の確認をして本題に戻ろうと考えた。
「レガルデ様、私どもの二つの事業目的はご納得いただけたでしょうか?」
「ああ、よく分かりました」
「それでしたら、本題である『なぜ私どもが街に建物を作らないのか』の説明をさせていただきます」
「そうか、本題はそうでありましたな」
少し間を取り、辺境伯をはじめとした一同を見渡して話を始める。
「私どもであれば、魔法を駆使して大工より遙かに効率よく建物を作る自信はございます。土地と建物を合わせて売ることもできるでしょう。ですが、私どもが建物まで作ってしまったら、レガルデ様の手元には何が残りますか? 街開発という仕事があり、大工という商会が入ってきて多数の職人がやってくる。その職人を目当てに食事や宿を提供する商人がやってくる。それら商人の利益の一部が税収になるのです」
ロスニーニ辺境伯はハッとした顔をした。
その顔色を見て、俺たちの事業目的の前提に気づいてもらえたと確信した。
「私どもが手を入れるのはあくまで基礎まで。それ以降は経済発展を主眼として雇用を創出し、人が集まった所に商人が集まり、新たな拠点として定住する者も一定数は出るでしょう。それによって人口増も見込めます。私どもがやり過ぎては、それらの機会を潰す本末転倒な状態になるのです」
「参りました。本当に素晴らしい遠謀深慮です。タテキ殿とナツキ殿は自分たちの利益を削ってでも、我が領の発展の方法を考えておられたのですね。何も分からずに無礼な質問をしたことを、平にご容赦願いたい」
「とんでもないことでございます。私どもこそ、事業目的を最初にすり合わせておくべきだったものを、順序を間違えたのです」
奈津希がこっそり耳打ちしてきた。
(タテキ、珍しいわね。順序を間違うなんて気負いすぎたのかしら?)
奈津希に返す言葉もなかった。街作りなんて初めてのことだし、難題な技術課題があったりして気が気でなかったのは確かだ。だが、最初にやるべき「共通認識」という土台のすり合わせをせず、計画全体の前段だとか素材の有用性、技術的課題の解決策などに先走ったのは言い訳のしようもない事実だった。事の始めに共通認識を済ませていたら、レガルデ様はもっと納得しやすかったはずだ。課題を解決できてセメント作りの目処が立ったことに子供のように喜び、土台を忘れるとは……
(俺は一体何をやってるんだ)
干城の心は、忸怩たる思いでいっぱいだった。




