71. プレゼン 3 役割分担
この休憩で、男性グループと女性グループに分かれてお茶を飲むことになった。ロイヤルミルクティーの香りと味わい、バタークッキーのサクッとした食感と味は、疲れた心と脳に癒やしを与えたようだった。シルヴァノ王はホッとひと息つけたようで、ロイヤルミルクティーの香りを楽しみながら話し始めた。
「最近城でこのお茶がたまに出るのだが、タテキが伝えたのだな」
「シルヴァノ王、正確には奈津希がソリエーデさんに伝えました。ソリエーデさんもお気に召した様子で、このロイヤルミルクティーの淹れ方に精進すると仰っていましたから」
「そうなのだな、ロイヤルミルクティーと言うのか。今まで飲んでいたミルクを入れた紅茶とは味も香りも深みが違っていて、フレデリーケが殊のほか気に入っているのだ」
暫くロイヤルミルクティー談義に花が咲いた後、話題は先ほどの『ラシーグルの組み合わせ』へと移った。シルヴァノ王が興味深そうに質問してくる。
「ところでタテキ、お前が嘘を言うとは思わないが、どうやったら先ほどのラシーグルの組み合わせに行き着くのだ?」
その疑問はこの場の一同も同じらしい。なぜ、という視線が一斉に俺へと集中する。もちろん、この組み合わせのシナリオは事前に奈津希とも擦り合わせ済みだ。干城はあらかじめ用意していた『設定』を口にする。
「実は、あの組み合わせに至ったのは全くの偶然なのです。私はランクCのフリーランサーですので、仕事場としてエルベシャ山脈の麓にはよく行きます。そこで襲ってきたラシーグルを討伐した際、件の粘土質の土壌で、死体に粘土とグレグス甲虫がちょうど重なり合っていまして……。気になって鑑定したところ、あの組み合わせの効果が判明したのです。あの鑑定結果を見た時は、嘘だろうという心と鑑定結果が間違うはずがないという心がせめぎ合って、心に折り合いが付くのに精も根も尽き果てたものです」
一同から「なるほど」と声が漏れる。たまたまそんな偶然が、と納得したようだ。ランクCフリーランサーであれば、エルベシャ山脈の麓が主戦場であるのは周知の事実。特に疑われることもなく、本当に幸運な発見なのだと受け止めてもらえた。そして、最後の部分も共感を得たようだった。
そこへ、ロスニーニ辺境伯のご子息であるエルデロイヤ様から質問が飛んだ。
「ランクCフリーランサー! タテキ殿は12歳で、去年この国にいらしたのではなかったですか。一年も経たずにもうランクCなのですか?」
「はい、エルデロイヤ様。私と奈津希は間違いなくランクCです。8月が誕生日なので現在は13歳ですが、こちらへ来て4月末辺りでちょうど1年になります」
すると、すかさずロスニーニ辺境伯が厳しい声で我が子を嗜めた。
「タテキ殿、エルデロイヤに様などいらん、呼び捨てで充分だ。それとエルデロイヤ、フリーランサーには出自や過去を詮索しないという不文律があるのを忘れたか。その不文律に触れるようでは、フリーランサーの信用など得られんぞ」
「申し訳ありません父上、以後は肝に銘じ、二度と同じ過ちを犯さぬよういたします」
「愚か者! 謝る相手が違うわ。お前が頭を垂れるべきはタテキ殿であろうが!」
「は、はい! タテキ殿、大変申し訳ありませんでした。以後同じ過ちを繰り返さないよう精進いたします」
「タテキ殿、本当に済まなかった。勉強中の身とはいえ、私の監督不行届だ」
頭を抱える親子を前に、干城としては特に気にもしていなかった。むしろ「ああ、そんな不文律もあったっけな」くらいの感想だ。前世の感覚からすれば、若者のちょっとした失言など可愛いものである。
「レガルデ様、エルデロイヤ様、どうかお気になさらないようお願い致します。それに、失敗のない人生などございません。失敗もまた大事な経験です。大切なのは、失敗したとクヨクヨすることではなく、そこから何を学び取るかです。私の元の国ではこういった事を哲学と呼んでおりました。同じ失敗をしないためにどうするかを考えることも、この学問のひとつです。そうすれば、単に成功するよりも遥かに貴重な教訓という経験になりますから」
大人のフォローのつもりで微笑むと、グレカーレ宰相がしみじみとした風に溜息を漏らした。
「うむ……やはりタテキ殿は我らより歳上なのだと実感するな。今の話は中々言えることでも、見た目通りのその若さで気付けることでもない。『失敗から何を学ぶか』か。私には実に耳が痛い話だった」
シルヴァノ王も、深く頷きながらグレカーレ宰相の言葉に追随する。
「全くだなグレカーレ。私達もタテキからは多くの学びを得た。あの城での話し合いの後は、大いに反省したものだ」
王と宰相が揃って真剣な面持ちで褒めちぎるものだから、干城はまるで針の筵に座らされたかのような、急激な居たたまれなさを覚え始めた。
「あの……シルヴァノ王、グレカーレ様、そのくらいで勘弁してください。私はそんな、過去の偉人のような大層な人間じゃありませんから」
干城の情けない懇願に、席からどっと笑い声が響く。先ほどまで場に満ちていた張り詰めた空気や、皆の表情にあった疲れは、綺麗に霧散していった。
そろそろプレゼンを再開しよう。要の部分の説明は終わった、次は全体の流れの話をしよう。皆さんに席に着いてもらい、奈津希と二、三打ち合わせをする。
「皆様、企画書5ページと提案書を開いてください。これから建設に関してのご説明をいたします」
奈津希は指示棒を伸ばし、説明に合わせてジオラマの該当位置を指していく。
「私がセメント生産拠点を手掛けます。この生産拠点は街から少し離れた場所に作ります、騒音や砕石の際の粉塵などが街に影響しないようにするための措置です」
「次に、製造の要である回転キルンは2基作製します。これは1号機は奇数月、2号機は偶数月と月替わりで稼働させます。回転キルンは非常に高熱のため常温に下がるのに数日を要すると予想しています。常温になりましたら点検や整備、回転キルン内の清掃に充てます」
ここで一旦切って、皆様に目を向ける。それぞれ資料に目を向けながら話を聞いてくれている。
「セメント製造関係者が8千人で、回転キルン1基あたり、セメントを日産で25キログラム入りの麻袋で2千袋を見積もっています」
日産2千袋という数字に驚いた表情の人が多いが、製造拠点やキルンの大きさ的にそれくらいが限度だろう。干城が見学に行った日本の大型生産施設は日産20万袋くらいだったような記憶がある。それに比べれば細やかな数だ。だが、この世界では充分な日産量だろう。
「セメント一箱の価格は実際に操業して、生産コストを割り出したあとに決めるのが良いかと愚考します」
次に街作りの話に移る。
「奈津希はその間に同時並行作業で街の城壁を作ります。生産拠点及び諸々の採掘などに携わるセメント関係者を8千人と見積もっております。更に関係者の家族や治安、商業などで人口は2万5千から3万人を見積もっています」
ここで領主であるロスニーニ辺境伯に目を向ける。領地の話なので真剣に聞いている。
「街の外は地勢的に水捌けが良すぎる地なので農業には向きませんが、草が生えているので、これを牧草に植え替えれば酪農は可能であろうと考えています。このように将来的な拡張性を考慮し、人口5万都市で街を作ります」
領都グラルメルフィスは8万都市だ。それに次ぐ街規模にロスニーニ辺境伯も目を見開いていた。日本で人口10万以下は小規模市だが、この世界では大都市だ。特に質問などはないようなので先に進める。
「街壁や門が完成しましたら、飲用の貯水池を作り、次に街の中に道路を敷設します。奈津希が行うのはここまでです」
ロスニーニ辺境伯から、間髪入れず質問がくる。
「タテキ殿、建物は作ってもらえないのか?」
「はい、レガルデ様。その点についてご説明いたします」
この部分は干城にとって要だ。干城の目的はこの地にセメント産業の基礎を作る事と、雇用を生み出して経済の循環を作る事だ。この点を納得してもらえるようしっかりと説明しなければならない。ここの認識に齟齬があればグダグダになりかねない。
このあと干城は、肝心要の話をしていない事を思い知る事になるが、そのことに気付いていなかった。




