70. プレゼン 2 技術的課題解決策の提示
ここまでで、道路整備における石材に代わる素材としてコンクリートの有用性は説明できたと思う。
干城たちは一旦休憩を挟み、その後にセメントの生産拠点と街作りのプレゼンへと移ることにした。休憩の間、シルヴァノ王たちは熱心にジオラマを覗き込んでいた。折角の機会なので、干城は立体地図を指差しながら解説を加える。
「この道の先が領都グラルメルフィス。こちらの峠道がレモラント連峰へと続いています。そして、この川が水源となるモルド川です。ここから街へと水を供給する水路を『二本』引いているのは、正・副の役割を持たせるためです。このあたりは水はけが良すぎる地勢なので、水の枯渇を防ぎつつ、いつでも補修や整備ができるよう二本必要だと判断しました。最後に、この広大なカルスト台地。ここが主原料となる石灰石の露出している場所です」
具体的な位置関係が把握できたようで、ロスニーニ辺境伯が深く頷いた。
「それにしても、なんと精密な立体地図だ。タテキ殿は『ジオラマ』と呼んでいたか。是非とも我が領全体の物も作ってもらいたい。料金は言い値で構わん。これよりも広くなるだろうが、配置するに相応しい部屋を用意しよう」
「レガルデ様、大変ありがたいお申し出なのですが、今はこれからの拠点作りの一歩目と、街作りに集中いたしたく存じます」
「いや、それもそうだな。申し訳ない、余りの出来の良さに、大事を前にして小事を増やすところであった」
すると、シルヴァノ王も楽しそうに会話に加わってきた。
「分かるぞ辺境伯。私もぜひロスマイヤの立体地図が欲しいと思った。あれがあれば、内政にも軍事にも何かと有用そうだ」
こうなる懸念はしていたが、やはり王族や上級貴族への訴求力は抜群だったらしい。隣で奈津希が「やっぱりこうなったわね、ジオラマ屋が開けそうね」と目配せしてくる。
(いや、そんな気はないんだが)
干城は心の中で苦笑した。干城は自由な冒険者を目指すフリーランサーだ。本来は、知識ではなく暴力を売りにする職業のはずなのだが。
説明を再開するため、皆様に席に着いてもらう。
奈津希は説明用に作っておいたアンテナ式の指示棒を、シャキッと小気味いい音を立てて伸ばした。よし、プレゼン再開だ。
「それでは、セメント作りの具体的な材料と、その採取地についてご説明します」
干城の言葉に合わせて、奈津希がジオラマの各所を的確に指し示していく。主材料である石灰石が全体の8割を占め、残りは珪石、粘土、そして鉄分であること。それらが眼前のカルスト台地に大量に露出しており、これだけでも百年単位で産業が持続すること。掘り進めれば、さらに莫大な埋蔵量が期待できること。
さらに、台地の麓からは成分を満たした粘土が、モルド川付近からは珪石や鉄分が採取できること――。
「どこに、何がどれだけあるか」を、企画書とジオラマを用いて視覚的に提示していく。
(よし、これでセメント生産の現実味は十分に伝わったはずだ)
干城は一呼吸置き、全員の反応を見るためにぐるりと一同を見渡した。材料については納得してもらえたようだ。
特に質問もなさそうなので、次はセメントへの加工法――その要となる『回転キルン』について説明を移す。
「それでは、企画書の4ページ目をご覧ください。一番の肝となる、材料をセメントクリンカーへと焼成する回転キルンについて記載しております」
一拍置き、あえて重々しく告げる。
「クリンカーを作るには六つの段階を経る必要があります。乾燥と予熱ゾーンは火魔法で対応可能ですが、その後の焼成・燃焼・クリンカーゾーンでは最大千五百度ほどの熱量が必要となります。……これは、魔法だけでは解決できません」
一同がざわりと揺れた。鉄すら溶かす、鍛冶場を遥かに超える超高温だ。一時的ならともかく、継続的にその温度をどうやって発生させ、どう維持するのか。言葉にせずとも、彼らの顔にはそんな疑問がありありと浮かんでいた。
「ですが、この課題の解決策を発見いたしました。――スライムを利用します」
「スライム?」誰かが呟く。
「はい。スライムは核を破壊するとほぼ水分となり地中に吸われますが、この水分こそが『スライム水』とも言うべき高濃度の魔力水なのです。鉄の容器にスライムを移し、その中でスライム核を破壊すればスライム水が採取でき、このスライム水を回転キルンの所定の位置で散布・燃焼させれば、千五百度以上の熱量も容易に発生させられます」
一同が「はっ?」という呆然とした顔になった。スライムの存在は知っていても、その水にそんな特性があるなど誰も知らない。未知の新発見を突きつけられた表情だ。
シルヴァノ王、グレカーレ宰相、ロスニーニ辺境伯は、揃って俯き加減に片手を額に当て、今の常識外れな説明を必死に咀嚼しようとしていた。やがて、シルヴァノ王が絞り出すように質問を投げかけてくる。
「タテキ、すまない。スライムにそんな効果があるとは今の今まで知らなかった。その効果は確かなのか? そして、なぜお前がそれを知っているんだ?」
「はい、シルヴァノ王。効果については事実です。先ほどお見せしたセメントのサンプルこそが、何よりの証明でございます」
まだ乾ききっていない生コンクリートへチラリと目をやり、説明を続ける。
「なぜ知っているか、ですが……以前、私がはぐれスライムを討伐した際、偶然『鑑定』をいたしまして。その折にスライム水の特異な性質を知るに至りました」
(いやまぁ、嘘八百なんだけどね。実際は神様が与えてくれたチート知識だけど、そんなこと口が裂けても言えるわけがない。ここは涼しい顔をして、ハッタリで押し切るしかないよな)
一同は「なるほど」と思いつつも、まだ理解が追いつかない風であった。だが、嘘だとも思っていないようだ。そんなすぐにバレる嘘を言う理由も必要性もないし、なにより干城と奈津希の人柄が信用の根拠になっているらしかった。
一旦そういうことにして納得したのか、グレカーレ宰相が企画書に目をやりながら続いての質問を投げかけてくる。
「スライム水については、そういうものだと承知した。では、その回転キルンというものはどうなるのだ? 鉄すら溶かす温度に耐える部分を、何を素材に作る?」
「はい、グレカーレ様。それについても解決策を発見しております。グレカーレ様はラシーグルという魔物と、グレグス甲虫をご存知でしょうか?」
「無論知っている。火魔法を使い、魔石以外はなんの素材にもならない魔物であろう。鉄分を食うグレグス甲虫に至ってはそこら中で見つけられる……まさか!」
「はい、お察しのとおりです。ラシーグルの骨を乾燥させてグレグス甲虫ともども砕いて粉状にし、エルベシャ山脈の麓で採取できる粘土に混ぜ込みます。その状態で成形したあとに焼成すれば、鉄をも溶かす高温に耐え、鉄と同等の強度を持つ物質に変貌します」
シルヴァノ王、グレカーレ宰相、ロスニーニ辺境伯は、またも揃って俯き加減に片手を額に当て、今の常識外れな説明を必死に咀嚼しようとしていた。
シルヴァノ王は何かを言いかけて、結局何も言わなかった。もし自分が逆の立場でこの説明を聞かされたら、「ふざけるな」とテーブルをひっくり返したくなっただろう。いや、実際自分はなった。神様から与えられた知識チートに疑う余地はなく、あの時は心の折り合いをつけるのに精も根も尽き果てた。
一同が目に見えて疲れた感じになってきた。その気持ちは分かる。この組み合わせが分かった時は干城もそうだったので、ここで一旦休憩を挟むことにした。干城は奈津希に、ロイヤルミルクティーのお代わりとお茶請けの用意を頼む。奈津希は笑顔で了承し、各テーブルにお茶のお代わりとバタークッキーを配ってくれた。




