67. 技術的課題の解決とフォーマルな服作り
干城は目の前のジオラマを見つめ、満足げに息を吐いた。
「よし、完成予想のガワはできたな」
ここからがいよいよ本番だ。干城がこの計画を思い立たったのは、前世での「セメント工場見学」の記憶だった。一応の知識があったからこそ、この世界でもセメントが作れないかと今回の起案に至ったのだ。
とはいえ、最大の要は『セメントクリンカーロータリーキルン(回転窯)』を再現できるか。前世の巨大プラントに比べればささやかな規模になるが、構想はすでに頭の中で固まっている。
乾燥と予熱ゾーンは、火魔法による温度調節でクリアできる。問題は、最大千五百度もの超高温を求められる「焼成・燃焼・クリンカーゾーン」は火魔法の熱量では足りない、ではどう突破するかだ。
その解答が、この世界ならではの燃料――スライムだった。知られていないようだが、魔物の生態を応用できないかと思考した結果、この世界では人でも魔物でも魔力を持つものは魔石以外に血や肉にも魔力を持つ。ほぼ液体で構成されているスライムは、核を潰すと核の残骸を残し液化して地面に吸い込まれてしまう、だから誰もスライムの水分など気にしていない。しかし、鉄製の容器の上で核を破壊すれば、多量の魔力を内包した『スライム水』とも呼ぶべき液体として回収可能なのだ。
この高濃度な魔力水を回転キルンの焼成ゾーンへ注入すれば、必要な千五百度どころか、それ以上の熱量すら容易に発生させられる。その後に続く冷却ゾーンの構築も含めて、これなら問題なく実現できそうだった。
どうやら以前に奈津希が考察していた神様に与えられた知識チートに救われたらしい。
となると、次の問題は回転キルンを形成する「高熱に耐える素材」だ。
だが、これも暫く色々な素材を考えていたら知識チートが力技で解決してくれた。答えが脳内に浮かんだ時、干城は思わず「嘘やろ!」と叫びそうになったほどだ。
素材のベースは、ランクCフリーランサーとして狩り場のログマイヤ北方にあるエルベシャ山脈の麓で採取できる粘土。そこに混ぜ合わせるのは、二つの特殊な素材だった。
一つは、その狩り場で火魔法を使ってくる、虎ほどの大きさをもつ犬の魔物『ラシーグル』の骨。肉も素材も使い道がなく、フリーランサーに忌み嫌われている存在だ。もう一つは、少し掘れば姿を現す土中の鉄分を食う『グレグス甲虫』だ。
これらを粉末にして粘土に混ぜて焼成する。すると、耐熱レンガを遥かに凌駕し、鉄すら溶かす超高温を完全に遮断する究極の耐火素材へと変貌するのだという。
ラシーグルの骨が持つ耐火指向の魔力と、甲虫の殻が持つ金属質の結合力。元はただの土とゴミ素材なのに、科学的には説明のつかない魔法の黄金比率が脳内にピタリと弾き出された時、干城はしばらく思考することを放棄したくなった。現代のセラミック工学が泣いている。
錬金部屋に干城を呼びに来た奈津希は、完全に放心状態になっていた干城を見て何事かと駆け寄った。事情を説明すると、彼女は「あーあ」と言わんばかりに納得の表情で頷いた。
「あれね、いつもの『科学死亡説』に打ちのめされていたのね。科学と魔法のどっちが先に立つか分からない異世界よ? それに、嫌われ素材にまさかの使い道があるなんてラノベの定番なんだから、さっさと受け入れなさいよ」
「左様ですか……前世で何の仕事をしてたか 覚えてないけど悲しい性分というか、このガバガバ理論に、またかという心と納得できねぇという心がせめぎ合ってるんだよ」
「はいはい、目処が立ったならお昼にしましょ。ご飯よ」
技術的な問題に一応の目処は立ったものの、脳みそは限界だった。頭と心を休めるため、奈津希に促されてダイニングへと向かう。
「お昼ご飯どうする? ここで食べるなら、インベントリの作り置きを今すぐ出すわよ」
「もうここでお願いします。精も根も尽き果てました。自分の限界を試されたようだ」
「分かったわ、すぐ用意するね」
テーブルに並んだのは、ディア肉のクリーム煮と南瓜スープ、ロールキャベツ、そして白パンだった。
「黒パンじゃなくて白パンなんだね。……あれ? 奈津希、この白パン、地球のものに近くないか?」
「そうでしょう? 私の工房に脱穀機に精米機と製粉機があったのよ。それで買ってインベントリに溜め込んでた小麦粉を製粉し直したら、あの茶色かった粉が見慣れた白い小麦粉に化けたわ。試しにエールの酵母を使って焼いてみたの」
「なるほど、製粉技術の差か……。でもこれ、この世界じゃライ麦粉も含めて、迂闊に売りには出せそうにないね」
「小麦粉の色から違うんだもの外には出せないわね、アタシ達のチートなこの不思議空間でしか作れないんだから出処の説明なんてできないし、それに多分黒パンも大分口当たりや味が変わってると思うわ」
ここで食べる分には関係ないかと干城は柔らかい白パンを堪能した。すっかり黒パンに慣れていたが、日本のものを起想するフワッとした焼き加減の白パンに些かの郷愁を感じた。南瓜のスープも絶品でパンに付けて皿が綺麗になるくらいしっかり食べた。奈津希はこっちで発酵に誤差があまりない同じ品質のエール酵母を手に入れるのは無理だから、リンゴで酵母を作ろうと張り切ってた、これもラノベの定番らしい。
午後は服を買いに行こうと提案した。所持金は家が買えるくらいある。数日後には城にプレゼンをしにいかないとならないし、以前に高級料理店に行った時もドレスコードの必要性を痛感した。着替えの服は何着か買っているがフォーマルな服がない事に思い至った。一通り説明が終わると奈津希も納得したので、バーチャルエリアから街の目立たない路地に出て富裕層向けの服屋をハシゴする。
干城は無難にスーツっぽいというか、ラノベの学生の制服っぽいという感じの服を上下3着買い、奈津希は色々迷いながら5着と布を沢山買っていた。
「奈津希、服より布地の方が多くない?」
「仕方ないわよ、女の子用のドレスはフリルやレースがたっぷりな服ばかりなのよ、アタシ55歳よこんなフリフリな服着れないわよ」
「まさか、そこから仕立て直すつもり?」
「当然でしょう、アタシの裁縫師としての技術と前世の知識を総動員するわ。というわけでアタシは暫く工房に籠るわね」
「わ、分かった食事は俺が準備するよ」
どうやら、ここ最近干城が錬金工房に籠っていた生活が入れ替わるようだ。
それからの数日間、干城はバーチャルエリアへ足を運んで食事を作ったり、奈津希に食事の時間を知らせたり。周囲へ宿を出てないのに部屋に不在を怪しまれないよう、あえて宿の食堂でご飯を食べたりして過ごした。
そして数日後。奈津希が仕立て直したドレスは、どれも原型が分からないほどに魔改造された変貌を遂げていた。変貌というか、もはや完全に新調されたドレスだ。
確かオフショルダーの服なんて買ってなかったはずだが、数着は見事にそうなっている。恐らくこの世界には存在しないであろう、洗練されたエンパイアラインやマーメイドラインのドレス。更には、ドレスの上に羽織るレースのショールやボレロまで手作りされていた。なんというか、奈津希の本気を見た気がした。13歳のまだ幼さの残る体には少し大人びて見えるが、彼女のこだわりを感じさせるのだった。




