65. 道路建設前の下準備考察
年が明けた王都は、新年を祝うお祭りで賑わっていた。宿の窓から見える通りのあちらこちらには、上半分が水色、下半分が深紅の二色に彩られ、中央にユニコーンのような一本角の馬が描かれたユグリダ王国の国旗が掲げられている。奈津希が作っていた現代的なデザインの仕上がったばかりのコートを羽織り、宿を出て賑わう街へと二人で繰り出した。
行き交う人々の会話からは、シルヴァノ王の治世に対する明るい期待が感じられた。その声は、お祭りの熱気とともに伝わってくる。時折、肌を刺すような冷たい風が吹き抜けるが、人々の表情や街の雰囲気は明るく、温かな希望に満ちあふれていた。
「凄い人出だね、お祭りというか初売り?」
「そうね、でもお祭りと言えばお祭りらしい熱気も感じるわね。ねぇ干城、屋台のスープ買っていかない」
二杯のスープを買い、近くのベンチに腰を下ろす。通りの賑わいを眺めながら、木製のカップに口をつけた。ニスニラに似たトマトベースの赤いスープ。中には、細かく刻まれたジャガイモとニンジンが躍っている。スプーンで掬って口に運べば、トマトの微かな酸味と豊かな香りが鼻腔を抜けた。ホッコリとしたジャガイモの素朴な食感と、ニンジンの控えめな甘みが舌の上に広がる。時折吹き抜ける冷たい風が、スープの温もりをいっそう引き立たせていた。
「トマトの酸味が良い感じだね、そう言えばニスニラもトマトベースのスープだし、ここではトマトは手に入りやすい野菜なのかな」
「栽培している所は見たことないけど、一年中料理には良く使われてるし、栽培しやすくて安く手に入りやすいのは、そうだと思うわ」
スープを飲み終わったカップを屋台に返却し、再び街を見て回った王都のどこも新年を祝っていた、誰もが笑顔だった。そんな街歩きをして宿に戻ると待ち人がいた。シルヴァノ王の侍従ソリエーデさんだった。
「ソリエーデさん、お待たせしてしまいましたか」
「いえ、タテキ様、ナツキ様、連絡もなく押しかけたのはこちらでございます。どうかお気になさりませんよう、お願いします」
「取り敢えず、部屋へどうぞ」
「恐縮でございます」
ソリエーデさんを部屋に案内し、奈津希はこっそりインベントリからロイヤルミルクティーを淹れたポットを出し、ソリエーデさんに勧めていた。
「これは良いものですね、紅茶にミルクを入れて飲むことはありますが、これ程の味わいを存じ上げませんでした」
奈津希は微笑みながらミルクティーとロイヤルミルクティーの違いの話をする。
「ソリエーデさんが仰るのはミルクティーですね、これはロイヤルミルクティーという淹れ方で、私達の元の国で飲まれていた淹れ方です」
「不躾ながら、淹れ方をご教授頂く事は叶いますでしょうか?」
「ええ、勿論構いません」
茶葉は味と香りが豊かなスターレイ葉の細かく刻んだタイプを使った事、鍋で濃く煮出す事、温めたミルクを紅茶と同量加え更に煮出す事などを話した。
「器ではなく鍋で紅茶を、そのようなやり方もあるのですね」
「そうですね、ミルクを加えたあと、少し煮出すのは紅茶とミルクを馴染ませる為です」
「それで紅茶とミルクの一体感が違うのですね」
「ええ、それに茶葉もミルクの濃さに負けない味と香りの強いものを選ぶ必要があります」
「素晴らしいものをご教授頂き、ありがとうごさいます、良いロイヤルミルクティーを淹れられるよう精進致します」
ロイヤルミルクティーの淹れ方は納得して貰えたので本題に入る事にする。
「こちらから押しかけてきて、素晴らしいお茶の淹れ方をご教授頂き、恐縮の至りです」
「いいえ、構いませんよ、本日はどのようなご用向きでしょう」
「はい、陛下より来たる10日以降でタテキ様とナツキ様の都合のつく日に国道建設についてお話を伺う日を設けたいと承って参りました」
「それでしたら、10日に大丈夫です、何時頃お伺いすれば良いでしょう?」
「それでございましたら迎えの馬車を城より差し向けますが」
「いえ、その街の中で城の馬車に平民が乗るのは目立ちますので、城門まで歩いて向かいます」
「御意にございます、それならば9時の鐘が鳴る時に私が城門でお待ち致します」
「分かりました、それでお願いします」
その後少し話してソリエーデさんは帰っていった。
道路網建設となると、石を切り出していては何れ枯渇するだろうし時間も掛かる、それより石灰石を焼いてセメントができる方がいいと考え、グローブスフィアで調べると東のロスニーニ辺境伯領に広いカルスト台地がある事が分かったので、一度見に行ってみようと奈津希と相談して、宿をチェックアウトしギルドに寄ってソフィアさんにロスニーニ辺境伯領に向かうと知らせて、今街道を走っている。
「ねぇ、干城この距離ならグローブスフィアとバーチャルエリアの併用で飛んだ方が早くない?」
「そのとおりなんだけど、原料を運ぶルートも見ておいた方が良いと思ってね、重い物を運ぶのにとんでもない峠越えとかだったら輸送ルートも考え直すか、新たに作るかしないといけないからね」
奈津希はなるほどと納得した、自分達が全部やるわけじゃない。重要なのは産業として落とし込み継続できるかだ。
ロスニーニ辺境伯領は北東までカペリノ王国と国境を接していて、国境付近は先王による方針でカペリノ王国との戦場だった、東側は海に面しているが漁港はあれど交易ができる程の港には恵まれなかった。辺境伯として広い領地を有しているが領の南側には広大なカルスト台地が広がっていて、土地開発は進んでいないようだ、そのカルスト台地が今回の目的地だ。
懸念していたレモラント連峰の峠越えも、それほど高所を通っておらず、荷馬車での石灰石か加工したポルトランドセメントの輸送は大丈夫そうだった、峠を越え領都グラルメルフィスには向かわず、途中で南下して未開の道なき草原の大地を走りカルスト台地に到着した。
見渡す限り白い奇岩が連なる、羊の群れのようなカルスト特有の景観が目の前に広がった。
「こりゃ凄い、広大なカルスト台地が広がってるね、百年単位で産業が持続しそうだ」
「そうね、ここは今まで何百年と手付かずだったのね」
「麓には平原もあるし、土地柄から考えて水道を作って飲水を含めて確保が叶えば俺ならセメントを作る新たな産業の街を作るね、原料があって加工もできるなら、より付加価値を付けて売り捌けるし」
「ここで加工して運んだ方が重さ的にも効率的よね、回り道だけどあの峠だったら荷馬車でも運べるかしらね」
広大な石灰石が剥き出しになったカルスト台地は、国中に道路網を作るのに充分な量に思えるほどあった、恐らく掘れば更に産出されるだろう。今まで何も産まなかったこの未開の地は、これからロスニーニ辺境伯の収入源となり、セメント作りという新たな産業と新たな街ができる、戦で疲弊しているであろうロスニーニ辺境伯もこの話に乗ってくるだろう事が予想できた。
道路建設を始める前に材料作りの施設を整えるよう進言するべきかな、それと恐らく一番の問題となる石灰石と珪石のクリンカー作りをどう魔法に落とし込むか、水資源確保の為に灌漑の必要性など、事前準備で既に大ごとでこりゃ計画書がいるな、その上で自分達はどこまで直接的に関わるかなどと考えながら、カルスト台地を眺めた。




