64. 鍛冶と名付けの冬
バーチャルエリアのダイニングで夕食も終わって雑談をしている時に、干城は奈津希にひとつの疑問を言ってみた。
「奈津希あのさ」
「うん、なに?」
「向こうの工房部屋さ、鍛冶のスキルがないのに鍛冶工房があるのって、早く鍛冶を覚えろって事かな」
「干城……とうとうそれを言うのね、今まで敢えて無視してるのかと思ってたわ」
「あえて無視っていうか、単に気にしてなかった。けど錬金術の件で素養があるから用意してあるんだと気付いた」
「私の方にも鍛冶部屋はあるから、修行すれば開花するのかしらね」
「そこでさ、ログナーさんの所に行ってみない?」
「他に鍛冶屋さんに知り合いはいないものね」
「じゃあ、明日は鍛冶屋さん見学しよう」
「分かったわ、何か覚えられれば良いわね」
朝起きて、ログナー武具工房店にきた、工房の煙突から煙が上がっていた。店の扉を開けるとドアベルがなる、店の奥からログナーさんが出てきた。
「タテキとナツキか、どうした、メンテか」
「いえ、できましたら鍛冶の見学をさせて貰いたいんです」
「鍛冶の見学?」
「はい、自分でも剣を打ってみたいと思いまして、それで鍛冶の見学をしてみたいと思いました」
「タテキは兎も角、ナツキもか? 鍛冶場は熱いぞ」
「ええ、大丈夫よログナーさん」
「まぁ、それなら構わないぞ、今日は剣を打つ予定だったしな」
鞴が炉に空気を送り込み、炭は赤々と燃え上がり、炉の入り口から炎が舌を出すように溢れ出る。炉の中の細長い鉄板は、焼けた赤みが全体に広がっていく、ログナーさんはその彩りをじっと見て、鍛えるための絶妙な潮時を極限の集中力で見極めている。
見極めた鉄の色、一気に鉄を炉から引き抜き、素速く金床に据え渾身のハンマーで鍛えあげる。工房内に連続した鉄を鍛えるハンマーの鼓膜を震わす音が鳴り響く。その音が止まった時、温度の下がった鉄を再び炉に入れ、鞴が送った空気は再び炉を目覚めさせる。鉄火場の中心に立つログナーさんは、額の汗を腕で乱暴に拭い、鉄の温度を見極めている。
炉の温度、鉄の温度の見極め、打ち据えるハンマーの力加減、どこを叩けば鉄が伸び、どこを叩けば鉄が曲がる。その違いに目を凝らす。
ログナーさんは鍛冶を続け、やがて鉄はロングソードの形になったところで今日は終了した。
お礼を言って店を後にする。
「あれが鍛冶か、初めて見たよ」
「ええ、アタシもよ、あの暑い中で集中力を切らせずに、温度管理と鉄のどこを打つかの見極めは凄いわね」
街を周り大量の炭と鉄のインゴットを買い求め、バーチャルエリアに戻った。身体強化を使い鍛冶工房でひたすら鉄を叩いた、溶かしたインゴットで地金を作り、地金を伸ばして鍛え剣にする。
炉に魔法で空気を送り、炭に火魔法で熱を加え、炉内の炎は精霊の如く激しく踊り出す、伸ばした地金が全体に赤味を増す、だがまだだ、地金の赤味がさらに増す。今が叩く時、素速く金床に据える、ここを叩けば伸びる、もっと魔力を込めて叩く。
出来上がった剣を見て、鋳潰して、新たな剣を打つ。奈津希と二人で街に炭とインゴットを買いに行く。二人は身体強化で疲れることも飽きることなく鍛冶を繰り返した。
いよいよ年末頃、干城と奈津希は漸く自分が気に入る一振りが出来た。どちらが作った品も外見は木刀の刃渡り40cmほどの脇差しだった。腰に差すなら自分達の身体のサイズ的に打ち刀は無理だった。
職業スキルに鍛冶師がついていた、売り物のラインナップに干城は剣やナイフを奈津希は包丁や鍋が増えると思った。二人は出来上がった刀が嬉しくて、腰に差してギルドに向かった。到着したギルドはピリピリした雰囲気のパーティがひと組依頼ボードの前に居た、何か失敗して年も越せないほど余裕がないんだろう。
「こんにちは、ソフィアさん」
「ソフィアさん、こんにちは」
「タテキさんと、ナツキさん、こんにちは」
「会費って起算日からですから、今年はまだで良いんですよね」
「そうです、タテキさんとナツキさんの起算日は3月28日ですね」
「なんか、50レラ得した気分になる」
「起算日以内にランクCってかなり珍しいんですけどね」
「ソフィアさん、マフラー役に立ってる?」
「ええ、もう、外出の時に今までより暖かく過ごせてます。この膝掛けや保温ポットにもとても助けられてるんですよ」
「それなら良かったわ」
「作って良かったね、冬はモノ作りの季節になりそうだよ」
「お二人は何か作ってらしたんですか?」
干城と奈津希は腰の刀をポンと叩いて、声を揃えて言った。
「「剣を作ってました」」
「この剣? を作られたんですか?」
外見は木刀にしか見えないが、この国に刀や木刀はない。ソフィアさんの目には木剣にも見えない、鍔もないので、やや反った木の棒としか見えないだろう。ここはギルドだ刀剣を抜く所ではない、下手に抜けば殿中松の廊下だ。だから奈津希は鯉口をほんの少し切って、目立たないようにソフィアさんにだけ刃が付いている事を見せた。
「本当に剣なんですね」
「そうよ、そう見えないてしょうけど」
ひとしきりソフィアと話した干城と奈津希はギルドをあとにし、バーチャルエリア経由でヴァイスとユキの住処に来た。ヴァイスとユキは直ぐに姿を見せて身体を擦り付けてきた。子供たち二頭も狩りの練習が始まった頃だろうか。
近寄って来る子供たちをなで、肉を与えたいが我慢する、今は色々と覚えないといけない時期だ、野生で生きていく知恵と力を身に付けないといけない、肉を与えるなど余計な事だろう。奈津希もそれが分かってるのか少し辛そうにする、暫く考えるようにして提案を言い出す。
「この子たちの名前がないと不便ね、名前だけでも決めないかしら?」
それは、そうかもと干城は雄の子の名前を考える、奈津希も雌の子を撫でながら考えていた。
暫くの後、奈津希は思いついたとばかりに笑顔になり「ルミ」と名付けた。
「やっぱり、ユキの子なんだから雪に因まないとね、ね〜、ルミ」
「雪でルミ?」
「そうよ、フィンランド語で雪はルミよ」
干城は合点がいった。雪の女性形容としてのフランス語のブランシェでも、イタリア語のネーヴェでもなく、フィンランド語由来、ユキの娘でルミ。そのまま日本でも名前に使えそうな語感、相変わらず奈津希はセンス良いなぁと感心した。
そして、センスのない干城はこの流れに乗るしかなかった。ユキの娘でルミなら、ヴァイスの息子でヴァルコイネン。は長いな……
「よし、お前の名前はヴァルだ」
干城は奈津希がフィンランド語の雪を使ったので、フィンランド語の白を意味するヴァルコイネンを略してヴァルにした、ヴァイスの息子のヴァルだ、少なくとも頭文字は同じだ。
ルミとヴァルはそれが名前と分かったのかは分からない、だが耳をピコピコ動かした後、干城と奈津希に安心したように懐いていた。




