62. 科学のアプローチ
フレデリーケ姫の治療をした数日後、宿の部屋に居ると城から使者が来たとギルドから連絡が来たのでギルドへ赴いた。
使者の話は、肺を患っている女性への治療対応と、前回話した街道整備に関する話がしたいとの事だった。冬の休息期間で仕事も受けていないので、使者と共に城へ向かった。
案内された部屋は以前賠償の話をした応接室だった。馥郁とした薫りのお茶を飲みながら暫く待つとシルヴァノ王、グレカーレ宰相、フレデリーケ姫が入室してきたので、立ち上がって挨拶をした。
フレデリーケ姫は亜麻色の髪を伸ばした美しい女性で、すっかり回復し髪艶もよく薄っすらと赤みがさした肌も健康そうだった。治療の感謝と礼を言われ、報酬として500レラ(金貨5枚)ずつと平民の年収ほどの報酬を渡され、フレデリーケ姫は退室していった。
ここからシルヴァノ王とグレカーレ宰相とひとつめの本題が始まり、グレカーレ宰相から治療の対応として貴族には城から貴族家へ通知し症状のある者は城へ連絡するよう通達した事。平民へは高札を出し周知する事が説明され、平民は街の警備隊中央駐屯地で治療を実施する事。貴族女性はタウンハウスに出向いて治療する事が話し合われた。服を脱ぐ必要はないので平民女性は自分が対応し、貴族女性は同じ女性の奈津希が対応する事で決まった。また、この対応はフリーランスギルドへパーティではなく、その役割から干城達個人への指名依頼として処理される事になった。
次にレサルグ商会への証拠固めの話となった。
「グレカーレ、現状症状が発症した女性は全てその化粧品を使っている、それを証拠とできないのか?」
「陛下、あくまで状況証拠に過ぎません。過去にもこういった事例は言い逃れを許した事がございます」
「証拠があれば良いのですね?」
「そうだが、その証拠をどうするかが問題なのだ」
「であれば、私が顕微鏡を作製しましょう」
「ケンビキョウ……?」
「タテキ、顕微鏡を作れるの? レンズの倍率や、歪みの調整は魔法でやるにしても骨が折れるわよ?」
「ああ、顕微鏡の理屈と構造は分かっている。奈津希の言う通り、僅かな歪みも許されない対物と接眼レンズ作りが一番の難所だな。地球の物ほどの精度はないだろうけどトライアンドエラーでやってみるよ」
「タテキ、ナツキ。その『ケンビキョウ』とは何なのだ?」
「はい、シルヴァノ王。顕微鏡とは、肉眼では決して見えない微細な物を見るための道具です。これがあれば、レサルグ商会の化粧品に含まれる病の原因であるカビを、誰の目にも明らかな物証として突き付けることができます。今回だけに限らず、これまで悪魔の仕業だとか呪いだとか言われていた事も原因を詳らかに検証できるようになるでしょう」
「何と……! 目に見えぬほど小さなものを映し出す道具と!?」
驚愕に目を見開く王と宰相。
「それが真であれば、言い逃れなど不可能。……問題は、作成に何日掛かるかだな。先程の話だとレンズというものを作るのが難しいのであろう?」
グレカーレ宰相もシルヴァノ王に同意しつつ懸念を語る。
「それに、タテキにも平民女性の治療にあたって貰わねばならん、同時に進めるのは無理ではないか?」
「宰相閣下のご懸念は尤もです。ですが材料は空間収納に収めておけます、駐屯地で患者待ちして動かないのであれば、待ち時間を作製に充てる事も可能でしょう」
「空間収納、そうか空間収納も使えたのか……」
「はい、ですので警備隊中央駐屯地に待機と錬金術を使う部屋を宰相様に調整をお願いしたいです。それほど広い部屋は必要ありません。多少大きめの机と椅子があれば充分です」
「承知した、手配しよう」
「宰相閣下にもう一つお願いしたいことがごさいます」
「なんだろうか?」
「数名の城で働く女性、メイドさんや下働きの女性に本人同意の上で件の化粧品を使ってもらい、わざと発症させる実証実験をお願いしたいです」
「干城アンタ正気!? いくら治せると言っても、それ人体実験よ!」
「非道は承知してるよ、でも偶然ではなく、新品の化粧品を使って意図的に発症させられたとなれば言い逃れもできなくなる。決められたハンカチに咳をして貰えば肺の中のカビを検出でき、化粧品のカビと照合する事で証拠の信憑性が増す。これ以上被害者を出さない為に確実に逃げ道を塞ぐ一手が必要だ。無論あとで治療をする」
話を聞いていたグレカーレ宰相は追い詰める為に必要な手段と納得して同意した。
「なるほど、分かったそれも手配しよう」
話し合いも決まり、奈津希とそれぞれ与えられた仕事をこなす日々になった。干城の方は富裕層の女性でそれなりの数は居たが、貴族女性ほどではなく、顕微鏡作りの時間も取れた。レンズができるのに結局10日ほど掛かった。山のような失敗を重ね、元々小さなレンズでも僅かな歪みや気泡、変色も許されない。早く完成させないといけない焦りもあった、試行錯誤のお陰で錬金魔法の技量も上がって顕微鏡は無事できた。
早速城の女性から採取したカビと新品の化粧品から採取したカビが同じものだと確認できた。実験に参加してくれた女性を治療する際、フレデリーケ姫の侍女長がいて、他の女性を説得してくれたらしく、厚くお礼を申し述べた。
「侍女長自ら参加なさったのですか」
「はい、私はフレデリーケ様がご幼少の頃からお使えしています。私は苦しんでおられるフレデリーケ様に何も出来ませんでした。そのフレデリーケ様をお救い頂きました。それにフレデリーケ様は治療で直ぐに快方されました、ですからお二人の治療になんの不安もございませんでした。寧ろ何の心配もなく報奨金が貰えると他の女性を説得しやすかったんですよ」
(冗談めかして言ってくれているが、そんな筈がないだろう)
「証拠固めの為とはいえ、心苦しくもありました。本当にありがとうごさいます、心からお礼申し上げます」
レサルグ商会への対応より治療を優先した、何より事の善悪の判断は司法の領分なので己の分を超える事をするべきではないと思った。グレカーレ宰相に聞いた話では顕微鏡による二つのカビの可視化は劇的で、誰もが初めて見る今まで見えなかったものに驚愕し、代るがわる顕微鏡を見た審問官はこれを証拠と認め、同じくレサルグ商会長は言い逃れを封じられ項垂れて何も言えなくなったと尋問の様子を教えて貰った。
三週間ほどで騒動は沈静化した。その後騒動の解決に尽力したと、指名依頼報酬の800レラ(金貨8枚)とは別に調査から証拠確保に尽力したと報奨金として1000レラ(大金貨1枚)ずつ受け取った、ランクA冒険者の報酬を軽く上回る金額だ。
指名依頼報酬が随分割高だと思ったが、どうやら子爵以上の貴族は、貴族の見栄で爵位が上がるほど指名料を割高に払うものらしい、王族や国の依頼ともなれば割高幅も跳ね上がると、依頼終了手続きをする際にソフィアさんに教えて貰った。
顕微鏡の可能性を認めたシルヴァノ王から10個の顕微鏡作製依頼を受けたので、顕微鏡を作り、納品時に製作時に苦労した点の所見を別に添えた設計図を渡した。国から顕微鏡をひとつ添えてセージ協会の錬金部に研究依頼をして製作ノウハウを確立してはどうかと話し、1週間後に二つ目の話である街道整備についての話し合いをする事で合意した。




