51. ディノーラでの買い物
ディノーラ2日目。朝食を済ませた干城たちは、早速街の市場へと繰り出した。同じ水辺の街であるラエスタとも、ここは雰囲気が違う。あちらでは見かけなかった海老が、ディノーラの市場には信じられないほど豊富に並んでいた。
「へいお待ち! 活きのいいメルギリプト(大赤エビ)だよ!」
「こっちのシラーゲノス(鮭)も安いよ、買っていきな!」
方々の店から威勢の良い掛け声が響く。商品棚には大小様々な魚が並び、生のままの黒っぽい海老や、茹でられて鮮やかな赤になった海老が山積みだ。所々で調理された魚介の匂いが鼻腔をくすぐる。
網焼きの網から滴り落ちた脂が爆ぜて火を揺らし、立ち上る煙から香ばしい香りが漂ってきた。こうも食欲を刺激されれば、買わずにいられるわけがない。奈津希は干城よりもっと買っていた。
奈津希は魚屋で、捌いた後の骨やアラを買っていた、魚屋さんには不思議な顔をされたが、奈津希が骨の周りに身肉は残っている、まだ食べられる部分は十分にある、頭を料理すれば食べられるし、頭や骨はいい出汁が取れると話し、料理のレシピもいくつか教えていた。
「魚は頭と骨の周りが一番美味いんですよ。それにスープや煮物の煮汁にいい味もつくんです」
「……へえ! あんた、若いのに大したもんだ。そいつはいつも捨てちまってたよ。よし、そんな美味い扱い方教えてもらったんだ、これ全部持ってきな! おい皆、余ってるアラがあったらこの嬢ちゃんに回してやりな!」
その話を魚屋の女将さんが気に入って大量にタダで分けてくれた、女将さん曰く、情報に対して対価が安すぎると、周りの魚屋からも魚や海老、大量のアラを集めてくれた、奈津希はホクホク顔だった。
野菜や肉、チーズやソーセージの買った、時間停止のインベントリの恩恵がありがたい、でも最近考えてみると俺より奈津希の方が食材の消費が明らかに多い、今度相談して分けよう。
市場を回っているとふとした匂いに、奈津希と共にピタリと足が止まった、グリンと向けた左斜め後ろにはソース屋があり、ウスターソースの香りが漂ってきた。
「すみません、こちらはソースですよね」
「ああ、そうだディノソースって名前だ」
干城は、そういえばウスターソースってウスターシャーって地名のソースだったっけ? ディノーラのソースでディノソースは正しい名付けなのかと、どうでもいい事を考えていた。
「そうなんですか、あの、厚かましいお願いですが一口味見させて頂けませんか?」
「おお、構わねぇぞ」
小皿に垂らされたソースは、味も匂いもウスターソースだった、奈津希とお互い顔を見合わせ、ここで買わない選択肢はない、そうアイコンタクトした。
「このソース買わせて下さい、できるだけ買いたいです」
「そうなのか、そいつはありがたいが、材料費が嵩むから酢とかに比べると結構高いぞ」
「構いません、二人とも樽ごとでお願いします、幾つ売ってもらえますか?」
「樽ごと! 一樽50レラ(銀貨5枚)するぞ? 数は一人二樽だな」
「「分かりました、100レラ(金貨1枚)です」」
13歳の子供が二人とも、スッと金貨を差し出した。店主は二人が本気なんだとやっと確信し、奥から樽を転がしてきた。それを干城と奈津希は空間収納に仕舞い店をあとにする。付近の店主もマジか? という顔で見送っていた。
干城は白ラデスを売っている店を見つけ、店主に自分が炊いた白ラデス(長粒白米)が美味しくない、どう炊けば白ラデスは美味しく炊けるのか、その炊き方を聞いてみた。
「というわけで、ボソボソに炊きあがるんです」
店主は少し考えて干城に聞いた。
「坊主、もしかして赤ラデス(赤米)を混ぜてないのか?」
「はい? 白ラデスだけです」
「そりゃ駄目だ、白10、赤2くらいで炊かないとふっくらと仕上がらねぇ。赤ラデスはな、熱が入ると独特の粘り気が出るんだ。白ラデスだけだと水分が全部逃げちまうが、赤を混ぜるとそいつが白を包み込んでふっくらさせるのさ」
干城はまさに「はっ?」という感じだった。古代米ですよね? 地球ではそのとおりだ。だが、ここは地球ではない、似ていても同じとは限らないのだ。何より赤米ではなく赤ラデスだ、干城にはどうしても赤米というイメージが抜けなかった
干城はしばらく放心したあと赤ラデスの小袋を4つ買った。これでやっと口の中の水分を全部持っていかれるようなボソボソの白ラデスから解放される。
市場をあとにし、白ラデスのショックから立ち直るため屋台広場に食べ比べに行く事にした。
魚介の屋台が多いが、ラエスタでは見なかった海老料理の店がチラホラあった、その中で海老の尻尾を三つ串に刺して焼いている屋台があったので、二串買って奈津希と一つずつ食べてみた。
「塩味が効いててビールに合いそう」
「流石にこの歳で飲むわけにはいかないわよね。あと、ビールじゃなくてエールなんだけど」
「あと2年くらいしたら飲めるかな? 特に年齢の制限はなさそうだけど。あと、エールもビールの一種じゃない?」
「良いわねぇ。2年後にはお酒をガブガブ飲んで そのまま朝までヤッちゃうわけね。あと、上面発酵か下面発酵かの違いだけで、親子みたいな違いなんだけど」
「なんでそうなる?」
「なんでそうならないの?」
「アケスケ過ぎんか? どんなエロゲだよ」
「こっちに来てそれなりに月日があったから、くるものはちゃんと来たわよ?」
「マジで?」
「大マジよ」
「いつか分からないけど、体調悪そうな日とか全然分からんかったわ」
「そりゃあ慣れてるからよ。それに、この身体は前世より重たくないのよ」
……
「……もう少し街を見て回ろうか」
「良いわよ」
暫く街を見て回り、結局宿に戻る事にした。
部屋に戻り、干城は「よっこいしょ」と13歳にあるまじき呟きをしながら椅子に座った。
「結構歩いた気がする、万歩計があったら軽く1万歩は超えてたね」
「アンタも爺臭い事言うわね〜」
普段身体強化して移動しているときは1万歩どころではないんだが、そんな昔話に花を咲かせていると夕食の時間になった。
この世界での料理の名前は分からないが、前世基準の見た感じは。
白身魚のムニエル、海老のビスク、殻付きの焼き牡蠣、野菜の上にシラーゲノス(鮭)の身を薔薇の花に模したサラダ、軽く炙った黒パン。
うん、ここは地球じゃない、ハイペリオン湖って汽水湖や海水じゃないよな? とかいうのは一旦忘れよう。ある物はあると目の前の事実を認めるのが異世界の歩き方なんだろう。
湖畔の街ディノーラ、並ぶ料理はハイペリオン湖畔のこの街ならではな豊かな魚介の恵みがふんだんに使われていた。
「これまた美味そうだね」
「このビスク味がものすごく濃くて美味しいわ」
奈津希はウットリした顔で味わっていた。
「白身の魚、味がしっかりしてる。バターとよく合ってる、付け合わせのほうれん草っぽい野菜も魚とバターの味が合わさって美味しい」
「そういえば、この国の料理って乳製品をよく見る気がするわ」
「国全体の特産品かな、結構よく使われてるよね」
「この炙った黒パン、ビスクに浸したらとても美味くなるわ」
奈津希はビスクが気に入ったようだ、炙った黒パンはビスクを吸って、止まらない美味しさだった。
「そう言えば、野菜は料理で普通に食べられてたけど、生野菜のサラダって初めて見たような気がするよ」
「言われてみればそうかも! ここらの辺は水と土が良いのかしら?」
……
「辛口の白ワインが合いそうな味なのに飲めないのがツラい」
「それよね、分かるわぁ……」
「牡蠣も美味しい、単品でお代わり頼みたい」
「頼めばいいじゃない?」
「う〜ん……やっぱり止めとく。お代わり頼んだら、このバランスが崩れて感動が薄れそうだから」
「一期一会? それもいい考え方だと思うわよ」
ムニエルのバターとビスクの濃厚な薫り、焼き牡蠣は牡蠣の旨味が溢れ出し、シラーゲノス(鮭)の身をバラに模したサラダは美しく飾られていた。湧き水の清流はハイペリオン湖に流れ込む、湖の水は畑の潤いとして活用され、この地で生産される野菜は質がよいと評判だった。




