49. グローブスフィア
Cランク依頼も要点が掴めて来たので、依頼をこなし。ときに時間に余裕ができれば奥の方へ行って、自分を撒き餌に魔物釣りをし。ときにヴァイスとユキに会いに行き見る度に大きくなる子供たちと戯れ、一緒にご飯を食べ。奈津希がやりたがっていた、ラノベの定番、既に持っている素材で依頼達成をやりと。そんな日々を過ごしていたある日、すっかり常宿であるレマルグの月の客室。窓から差し込む穏やかな光の中で、干城は体を休めていた。
「干城、そろそろ旅行に行きましょう」
対面に座る奈津希が、お茶の入ったカップを置きながら切り出してきた。
「旅行?……あ! そう言えば……ランクCになった時にそんな話をしたね」
「そうよ、ここらで纏った休息が必要よ」
「ふむふむ、奈津希さんは旅行先に心当たりでも?」
奈津希は得意げに胸を張った。
「奈津希さんに任せなさい! ソフィアさんに良い場所を聞いておいたから」
「へえ、どこ?」
「ハイペリオン湖畔にある、ディノーラとベステノーアって街よ。湖を挟んで、こっちのログマイヤ側がディノーラで、向こう側がベステノーア。今回はまず、ディノーラに行きましょう!」
「ハイペリオン湖か、どのくらいの大きさなんだろうね。活動範囲が広がると、やっぱり詳細な地図が欲しくなるよな」
そう呟いた瞬間だった。「ん!?」
干城の姿に奈津希が怪訝そうに眉をひそめる。
「どうかしたの?」
今、何かが頭をよぎった……よぎった言葉を無詠唱で唱えた。
『――(グローブスフィア)』
その言葉がトリガーとなったのか、魔法なのかスキルなのかも分からないが、干城の脳裏に突如として鮮明な映像が浮かび上がった。それは、この世界の姿を写し取った、美しく輝く「惑星儀」だった。その表面には、明滅する二つの赤色の点がある。直感で、それが干城と奈津希の現在地だと理解できた。
使い方は思い浮かぶまま頭の中でスマートフォンの画面を操作するようにピンチアウトのイメージをしてみる。すると、惑星儀は滑らかに拡大され、やがて某ゼ◯リン地図並みの詳細さで地形や街道が映し出された。逆にピンチインすれば、またたく間に元の惑星儀のような視点へと戻っていく。
「どうしたの?急に固まって」
心配そうに覗き込んできた奈津希に、干城は一息ついて説明した。
「えっとね、どうやら『グローブスフィア』っていう便利魔法が使えるようになったみたいなんだ」
干城は頭の中に浮かんだ惑星儀のこと、赤色の点が自分たちの位置を示していること、そして自在に拡大縮小ができることを説明した。
ただし、あくまでこれは地形や街の位置を知るための「地図」だ。リアルタイムで他人の動向がわかるわけではなく、地図上に一般人や魔物の姿が映ることはなさそうだった。
話を聞いて、奈津希も興味津々で目を輝かせた。
『(グローブスフィア)』
奈津希のはしゃぎようから、同じように頭の中に惑星儀が浮かんだようだ。奈津希はさっそく、先ほど話題に上げたハイペリオン湖を探し始めたようだった。
「……あった。ログマイヤから西に道なりで364キロほど離れた場所ね。ソフィアさんの話だと、二頭引きの馭者を含めて11人乗りの乗合馬車で、途中の宿場町に寄りながら10日かかるって聞いていたから……馬車の移動速度なら、確かにそのくらいの距離感よね」
干城も自分の『グローブスフィア』でハイペリオン湖へ視点を飛ばしてみる。想像以上に巨大な湖だ。王都ログマイヤからハイペリオン湖へ向かう街道を辿っていくと、湖畔の宿場町ロブレストで道が二手に分かれていた。
ディノーラとベステノーアはどちらもロブレストから馬車で一日ほどの距離にあり、ロブレストからハイペリオン湖沿いに北東寄りに進むと、ディノーラに着く。ログマイヤからディノーラまでは364キロ。逆に西寄りに進むと、ハイペリオン湖の湾曲に沿って回り込むように進み、対岸のベステノーアに到着する。その距離は382キロ。
(街の位置関係のせいで、ログマイヤからの距離は18キロしか差がないんだな……)
一瞬、あまり変わらないように思えたが、徒歩や馬車が主流のこの世界の移動速度を考えれば、18キロの差でも半日~1日の違いが出る。十分に離れた距離だと、干城は思考を改めた。
どちらの街もハイペリオン湖の概ね南側にあって、ハイペリオン湖全体から見ると北側から半分以上は未開発のようだ。未開発の北側からと、ベステノーアのそばを通る西側の二つの川からハイペリオン湖に水が流れ込み、ディノーラは流出する川に挟まれた巨大な島のような地形に街を作っているようだ。
色々と把握はできた。
だが把握するほど雑学好きの干城の思考は混乱した。便利な能力だが、これはアカンやろとも思う。どうやって測位してるんだよ? 一体何視点なんだよ? というかこれ地球の科学技術だろ、何をどうやって再現してるんだよ、魔法どうなってるんだよ?
「え〜っと、奈津希……」
「ん? どうしたの?」
「グローブスフィアって出鱈目過ぎん? これ地球の技術だよね? なんで魔法で再現できるの?」
「干城、今更よ……バーチャルエリアだって大概な出鱈目だから」
干城は何も反論できなかった。確かにあれも地球の技術がそこかしこに見える。
「負けた〜……何も反論できない」
「でしょ。ここから導き出せる予測というか仮定は、全く記憶にないけど、アタシ達って転生する時に神様と接触して色々チート貰ってたのよ」
「そのチートは成長チートで何か切っ掛けがあれば発現するとかじゃないかしら? 剣士のスキルもそうだし。バーチャルエリアやこのグローブスフィアの能力にしてもアタシ達に馴染みがあるって事は、アタシ達の記憶を元にしてるとか?」
ラノベ好きな奈津希の見解らしいと言えばらしいが、以前自分達の能力について話したときも、奈津希のいう事が筋が通っているように思えた。少なくとも自分の論より。
そう考えていたら、奈津希が突然頭を抱えて呻き始めた。
「どうしたの? 突然」
「アタシ達の記憶を見られたって事は、アタシのあんな事やこんな事も見られたって事? あの黒歴史も……」
なるほど! 確かにそうだ。ここは何か呻く奈津希の為にアドバイスが必要だろうか?
「奈津希大丈夫だって、神様は良く言えばおおらかで懐が深い、悪く言えば冷淡で無関心だ」
「アタシの心に何の慰めにもなってないわよ。寧ろ面白がってない?」
「断じて、そんな事はない!」
干城はキッパリと強句して断言した。だが視線は泳いでいた。
「アタシの目を見て言いなさい」
しばしの沈黙と緊張のひとときが流れたが、奈津希は諦めたように言った。
「まぁ、済んだ事だし、神様なんて正真正銘どうにもならないし割り切るしかないか」
「そんな闇深い黒歴史なんだ……」
「叩くわよ?」
「すみません! 赦して下さい」
「しょーがないわね」
奈津希はため息交じりに肩をすくめて両手を広げた。
「赦された……」
何にしても、尺度が自在に変えられ、自分の位置まで把握できる正確な地図。何れ冒険者になって旅をするのに、これ以上ない強力な武器になる、そう思った。
だが、グローブスフィアの真のヤバさは別にあった。




