46. 魔法の残酷さ
干城と奈津希の模擬戦が終わっても暫く誰も動く事も、声を出すこともできなかった。時が止ままの水を打ったような静寂……
「止め」
ディグモンドの声が訓練場に響く、その宣言で止まっていた時間が戻ったように訓練場にざわめきが戻ってきた。
「タテキ、ナツキ、一旦事務所に戻ろう、ここに居ても面倒になるだろう」
事務所に戻ったディグモンドは執務机の椅子に座って、ひと息吐いた後二人に話し出す。
「実力は見せて貰った、確かにあれじゃウチの奴らじゃ実力は見せられねぇ、しかも1時間身体強化を維持してあの立ち回りで息も切らしてねぇ」
「正直お前さん達をどう使えば良いのか分からねぇよ」
干城は何も問題ないとばかりに、涼しい顔で申し出る。
「如何様にもお使い下さい、奈津希と二人で吶喊して、皆さんで包囲して貰って討ち漏らしを処理して頂いても構いません」
「面白い案だ、今見せてもらった二人の実力なら不可能ではない。60人の傭兵団でも戦闘に40人、包囲に20人、毎回討ち漏らしが出る、5人一組で50人を包囲に回せば討ち漏らしもないだろう。だが、盗賊は80人は居るぞ、それでも良いんだったら、その案を採用するが?」
「構いません」
「分かった。その案で作戦と配置を組み立てよう。二人は休んでくれ、部屋は別が良いか?」
「同じ部屋で構いません」
「そうか、出発は明日の朝だ、部屋は三階の階段を上がって右奥の部屋を使ってくれ」
「分かりました、では失礼します」
二人が一礼して退室したあと、エコバルを呼んでディグモンドは明日の作戦を話し合った。
翌日盗賊がアジトに使っている洞窟の前に来た、裏に抜け穴がある事はディグモンドも把握していた。奈津希は洞窟入り口から薄く魔力を纏った微風を洞窟に送り、内部の通路を把握し、更に二箇所の抜け穴がある事を見つけ、ディグモンドへ地図上に抜け穴の位置を知らせ包囲網を一部修正させた。短時間で発見したその手腕にディグモンドとエコバルは舌を巻いた。
更に干城はヴァイスを召喚し、抜け穴付近で待機し、逃げ出した者を動けなくするよう指示した。
ディグモンドは白いレグラータに驚いた、従魔である事は分かるが白いレグラータなど知らない。
「今のはレグラータか? 白いレグラータなんて聞いた事ないぞ」
「珍しいですけど、レグラータです、討ち漏らし阻止に頑張って貰います。ディグモンド団長配置はいいですね」
「ああ、作戦開始だ」
「じゃっ、奈津希行こかね」
「アタシは洞窟入って、右の行き止まりを見て奥に行くわ」
「それで頼むよ」
気楽な散歩のような会話をして、身体強化で一気に洞窟に迫り、見張りの三人をあっという間に声も出させず殺して洞窟に侵入した。
木の陰からディグモンドとエコバル以下10名の配下は様子を見ていた。干城と奈津希の二人の動きは素速く暗殺者のような手際だった。
洞窟に入り魔力探知で奥に10人近い反応が一塊になっている場所を見つけた、疎らだったり集まっていたりマチマチだが、奥は人質か何かでその他が盗賊だろうとあたりをつけた。
奈津希が見に行った右奥の部屋は盗賊が戦利品として奪った金品や宝石類が置いてある部屋だった、人は居ないので後回しにしてきたと、干城と合流した奈津希は部屋の様子を話た。
纏った人数が盗賊であると確認し真空の魔法で声も音も立てさせずに窒息させた。
途中出会う盗賊は短剣で首を刺して、声を出させないように殺していった。奥に居た5人の男達が首領と主要構成員のようで、奈津希と二人で一気に急襲して重力魔法で動けなくして生け捕りにした。
最奥の場所を確認すると人質ではなく、捕まって盗賊の商品にされた女たちだった。魔法で生かされ、魔法によって歪められた女たち、魔法の残酷さを初めて知った。手足を切り取られ台座に埋め込まれた、生きながら剥製のようにされた者。笑顔を絶やさず、しかし意志を感じさせない目をした者。ただご主人様と呼ぶ洗脳されたらしき者。健常者と呼べる者は一人も居らず、それを見た干城は理解する事を脳が拒絶していた。奈津希も同じようだ、目の前の光景を拒絶するように顔を左右に振っていた。身体は吐きそうになった。
生きて捕らえた者と殺した者の総数は83人で、作戦は完了したとディグモンドの元に向かい、戦利品庫と奥の女達の事を併せて報告した。
「そうか、お前さん達は盗賊の商品を知らずに見ちまったか」
「……商品?」
「そうだ」
「なんで人にあんな事をするのよ、何の需要があるっていうのよ」
「需要か……貴族の中にはな、そりゃあ嗜好が歪んだ奴が一定数いてな、そいつらに需要があるんだよ、噂じゃ神殿の神官にも一部居るらしいが真相は分からん、あくまで噂だ」
「貴族……貴族ですって……」
「また、あのクソどもか。心底胸糞悪い」
「あの女の人達はどうなるの?」
「見てみないと分からないが、恐らく毒で苦しまないよう安楽死だ」
「そんな、助けられないの?」
「助けるか……どんな状態なら助けたと言えるんだろうな。体は魔法で治す事ができるだろう。だが心は魔法でも治せない。たとえ体を治しても自殺するか、一生その記憶に苦しむかだ。苦痛しかない生を与えるよりも、死の安らぎを与える方が慈悲なんだよ」
奈津希と干城は何も言えなかった、ディグモンドの言う事も理解できた。だが、理解できる事と納得できる事は別だ。だからと言って今の自分に何が出来る。奈津希は自分なら回復魔法で身体は自信を持って治せる、だが心まで癒せるか? 心の安らぎとは記憶を消すことだ、自身の失った一部の記憶を思うと、悪い記憶を失うのは良いだろう。だか、それに伴って忘れてはいけない記憶まで失ったら? 二人は自問自答せずにいられなかった。
「何にしろお前さん達は合格以上だ。今は少し休め、あとの片付けは俺達がやる」
「分かりました、そうします」
二人はその場に木を背にして座り込んだ。
ディグモンドはエコバルにアジトの捜索と周辺に待機している団員に集合するよう指示を出した。
ヴァイスが戻ってきて、干城と奈津希の様子に心配そうに寄り添ってきた、干城はヴァイスの頭を撫で、奈津希はヴァイスに抱きついていた。
◇◇
ディグモンドは苦々しそうな顔で座り込む干城と奈津希を見ながら。たった二人だけで八十三人の盗賊を相手にし、主だった者だけを生け捕りにして、一人の討ち漏らしもなく壊滅させた。
昨日の二人の模擬戦に裏付けられた、傭兵団でも不可能な事を短い時間で成した圧倒的な武力と制圧力がありながら、驕ることもなく自分達の力に溺れず。凄惨な場を見ても心の安定と理性的な判断を保ち。不条理に憤り、不条理に死ぬ者に想いを寄せられる子供らしからぬ13歳の子供。
この歳でどんな生い立ちで、どんな修羅場を潜り抜けてきたらこうなるのか。それが子供として幸福な生き方だったと思えない。そして、この子たちはこれから歳を重ねれば、もっとその力を求められるだろう。それはこの子たちにとってもっと不幸ではないのか? そう思わずにいられなかった。
◇◇
レブテニィ傭兵団が用意した数台の荷馬車に盗賊と商品にされた女達、盗賊の死体と盗賊が溜め込んだ金品を積んで拠点へ帰投した。
干城と奈津希はディグモンドの書簡を持ってフリーランスギルドへ帰還した。
ソフィアに書簡を渡し、盗賊討伐の内容を話し商品とされた女達を思い出して、盗賊や貴族に憤りを感じずにはいられなかった。
その日は何もやる気にならず宿で休む事にした、翌日も仕事をする気にはならなかったが、奈津希と二人で盗賊は見つけたら逃さず殲滅すると心に決めた。
更に翌日ようやく二人はギルドに出向いた、ソフィアから盗賊討伐の報酬としてレブテニィ傭兵団から金貨5枚づつの報酬が届いていると言われた、かなり破格の報酬らしく、あの盗賊はかなり溜め込んでいたらしい。大きい金額の筈なのに少しの嬉しさもなかった。




