4. 無一文、これからどうやって生きていこう
干城は先程の城での遣り取りに思い至る。
「あれ? でもさっき、異世界言語のスキルなしで普通に会話できてましたよね?」
「そういえばそうね。あれ、何でかしら?」
「日本語の筈がないのに、なぜ理解できているんだろう?」
干城は、自身のスキルに『身体強化魔法』と表示されていることに気がついた。──魔法。本当に魔法があるのだ。
「さっきはどうやって身体強化を使ったのだろう」
それを聞いた奈津希は何かを考え込んでいた。
「ライトノベルの定番なら、まずは体内の魔力を感知することよね、魔法は失敗しても無害そうなライトで試すべきかしら」
奈津希は目を閉じ精神を統一している様子だった、そして静かに呟いた。
「ライト」
差し出した奈津希の掌の上に、ぽっと暖かな光球が現れた。
「ええっ! それ、魔法か!?」
「やっぱり、魔法が使えるみたいね。色々試してみましょう」
二人はそれから、手探りで検証を重ねた。気づけばステータスには『生活魔法』の項目が増えている。
手から水を出して飲んでみると、少し冷たくて美味しかった。思った以上に喉が渇いていたらしい。
その時、干城はある違和感を覚えた。
「この水、少し冷たいけど歯に染みないな……。やっぱり俺たち、転生して新しい身体になってるんだ」
「そうね。それにしても、生活魔法は火、水、氷、風、光かしら? クリーン(洗浄)はないのね、上手くできないわ」
身体強化も生活魔法も使えたのだ。なら、本格的な戦闘用の攻撃魔法が使えない理由がない。
「普通の魔法も試してみましょうか」
奈津希はラノベによくある攻撃呪文をイメージし、手を前に突き出した。「ファイヤーボール!」──しかし、何も起きない。掌からは火の粉一つ出なかった。
「駄目ね、何も起きないわ」
奈津希が首を傾げる。干城はそんな彼女を見ながら、単純な疑問を抱いていた。
生活魔法が言葉なし(イメージだけ)で発動できたのなら、攻撃魔法もイメージだけでいけるのではないか、と。
干城は無言のまま、頭の中で『ファイヤーボール』の球体を強くイメージした。次の瞬間、彼の前に猛烈な炎の球が出現する。
「えっ!? 干城、今どうやったの!?」
「いや……生活魔法がイメージだけでできたから、もしかして魔法もイメージだけでいけないかな、と思ってやってみたら」
「えええっ!? 嘘でしょ!?」
驚きながらも、奈津希が干城の言った通りに試してみると、今度は彼女の手からも魔法が発動した。
天使の領域での記憶を消去され、修業の成果を封印されている二人は気づいていない。もし二人がこの世界の魔術師に基礎から習っていれば、「少し物覚えの良い優秀な弟子」だっただろう。やがては詠唱破棄を経て無詠唱に至っただろうが、今の二人に魔法や魔法詠唱を教える師は居ない、二人は詠唱呪文を知らないがゆえに、一般的な『詠唱魔法』をすっ飛ばしてしまったのだ。
つまり、覚える順番が完全に逆だった。二人の魂に魔法を刻んだ天使は、そもそも「無詠唱」でそれを刻んでいた。通常、魔法の発動には熟練度に応じた段階がある。長い呪文を唱える『詠唱魔法』、魔法名だけを叫ぶ『詠唱破棄』、そして一切の声を出さない最高峰の『無詠唱魔法』だ。
二人は最初から「無詠唱」で発動できる領域の熟練度を魂に刻まれていた、それが天使の常識だった。そのため、たまたま干城が勘違いで無詠唱を引き当てたことで、最高位の封印がダイレクトに解除されることとなった。本来なら、彼らが使った生活魔法にさえ、短い詠唱が必要な世界であるとも知らずに──。
更に二人が使っている魔法はこの世界で使われている魔法と少し違う、この世界の魔法は魔法の行使全てに自身の体内魔力を使うが、二人の魂に刻まれた魔法は発動のキーだけ体内魔力で、その他は周辺の魔素を集めて利用する、もし魔素が足りなければ体内魔力で補填する省エネタイプだった。天使達が二人の前世の記憶に刺激され色々と魔法で再現されていたりもする。
「ねえ干城、魔法を使ったら何となく魔法の事が分かった気がするんだけど」
「なんか、分かったと言うか思い出したと言うか」
「そうそう、そんな感じ」
「兎に角色々試してみよう」
「そうね」
封印されていた天使の修行の成果が開き出す、それから二人は色々と話しながら魔法の練習をした。
一通りの魔法は使えるようだった。
昼を過ぎた頃二人は空腹感を覚えて練習をやめた。
「奈津希さん、マズい事に思い至った」
「うん、何となく分かる」
「現状無一文で食い物もなく、知らない世界でツテもアテも仕事も住む所もない子供なんだけど、これからどうやって生きていこう?先の見通しもなく、勢いで城を出てごめん」
「しょうがないわ、アタシも城には居たくなかったし、あの時何も言わなかったしね」
「実際問題どうする?」
「う〜ん、そうねぇ、魔法がある世界ならラノベの定番の冒険者ギルドはないかしら?」
「探してみないと分からないですね、探してなかったら?」
「なかった時はなかった時、有ったとしても登録料が必要なら詰むわ」
「そうなったら街に居ても何も変わらない、物乞いするくらいなら、森にでも行って食べられそうな物を探しましょう。あと、普通に砕けて話して良いわよ」
生きる為には食わなくてはならない、食う為には働かなければならない。この国に、この世界に用も興味もなくても、好むと好まざるともそれは変わらない。勇者召喚の理不尽さを嘆いても腹は膨れない、そうと理解していても干城にとっても奈津希にとっても50年以上積み重ねた前世は簡単に割り切れるものではなかった。




