42. 面倒事の芽は早めに摘む
ギルドマスターに情報の意図的な開示を頼んで数ヶ月が経った、あれから特に絡んでくる貴族もなく日々報酬を得る為に依頼をこなし、ランクDになって討伐依頼など数々の経験も積んだ。それでもたまにF依頼の溝掃除はこなしていた、基本的にF依頼は誰でも受けられるし、朝イチから依頼の取り合いをしてる訳でもない。あくまで残り物処理をしているだけなので、他のフリーランサーから文句を言われることもない。
それでも、ソロや二人パーティでの報酬は、分配で考えると他のフリーランサーに比べれば稼ぎは良い、たまに暇潰しのようにF依頼をこなすのも、余裕を見せ付けているように思われているみたいだ、文句は言われなくても物言いたげな視線は感じる。
そんな、午前中にF依頼をこなしたある日のこと。
「はい、お二人とも依頼完了手続きと報酬の1レラです、カードをお返しします」
「ありがとうございました」
「ありがとうございます」
二人はカードを受け取り、ギルドの飲食コーナーで一休みして話し合う。
「干城、このあとはどうするの?」
「訓練場で模擬戦をしようか」
「あ〜……そうか……そうよね〜」
奈津希はチラリと依頼ボード付近には集まっているフリーランサーに目だけを向ける。
「面倒くさいけど、やらないともっと面倒になるだろうからね」
「仕方がないわね、アタシら稼ぎすぎみたいだし、F依頼こなすのも嫌味みたいに取られてるみたいだしね」
「ある意味単純で分かりやすいから助かりはするんだけど」
「ソフィアさんにもひと言伝えましょうよ」
「そうだね、それが良いかもね」
召喚者という二人の来歴を知らない者には12歳の天使の様な容貌とヘイゼルの瞳を持った可愛らしい子供でしかない、たが中味は57歳と55歳の社会人だ。
二人は訓練場で木剣ではなく、刃引きしたロングソードを手にとってお互い打ち合う模擬戦を始めた。
ギルドで注目の二人の模擬戦、ソフィアの呼びかけでグランドマスターのルヴィアス、ギルドマスターのリシーデル。パラパラと集まりはじめた見学のフリーランサー達には中堅やベテランも混ざっていた、子供が木剣ではなく重い模擬剣を手に取った事が奇異に見えた、明らかに体格に合ってない武器に薄く笑う者も居た。だが、二人が剣を交えた瞬間に訓練場の空気が一変した。まるで雷鳴が轟くような重く激しい金属音が響く。
身体強化による、素早い踏み込み。
風を置き去りにするような鋭い刺突。
それを奈津希が微笑を浮かべて平然と受け流し、干城の首元へ斬り返す。
干城はそれを楽しそうに弾き、バックステップと同時に無詠唱の火球を放って牽制する。
周囲の柵に集まりだし、ざわついていたフリーランサー達は驚愕に声を失う。激しい剣戟の接近戦を行いながら同時に無詠唱の魔法まで放っている、自分達の知る常識と目の前で繰り広げられている模擬戦が現実のものと思えない。
干城は素早く攻撃に転じる、奈津希は干城の斬撃を受け流しつつ、同時に水球による攻撃を行っていた。
火魔法と水魔法の衝突、訓練場は水蒸気に包まれるが、すぐさま風魔法で視界が開ける、そのときには二つの剣が交差していた。
時に身を屈め、時に受け流しつつ牽制の魔法を放つ。お互いに回避し、そこへさらに反撃として斬りかかる。斬撃とみせて蹴りが飛ぶ。そんな連続した激しい攻防が続く。
攻撃した側は、次の瞬間には防御姿勢を取っている。
連続した剣戟の重い金属音が訓練場に鳴り響き続いた。
息の根を止めるかのような猛攻を、互いの呼吸、視線、重心、足運び、魔法、フェイクを読み合うことで、受ける、流す、回避する。目まぐるしく移り変わる攻防。
初めて同じ実力を持つもの同士の技と魔法の読み合いに、干城は次は何が来るのか? どう繋げるか、そんなワクワクする高揚を感じていた。
そのまま1時間程の間、二人は終始楽しそうに身体強化を維持した模擬戦を続けた、その姿は周りのフリーランサーを恐怖させるのに充分だった。
そろそろ良いか、そう判断した二人は同時に剣を引く、剣戟の音が去り、水を打ったような静かな訓練場の中心で、残心の後に互いに礼をして息を整える。
決着はつかなかった。だが、決着をつける事は目的ではない。目的は自分たちの実力の一端を見せつける事だ。
干城はこれまで他のフリーランサーと仕事では合わないだろうと余り関わりを持たなかった。コミュニケーションの不足、それも原因のひとつだろう。
二人の認識は来歴を必要以上に秘匿するつもりもないが、積極的に開示する必要もない。この世界で名を売ろうとも、何かを成そうとも思ってない。
周りから見ると、昇級は早く、誰も受けないような割の悪い残り物の依頼で普通以上の稼ぎを出している、得体の知れない可愛らしい子供の二人パーティ。
これまでは直接的な嫌がらせこそなかったものの、周囲からの嫉妬や値踏みするような視線は感じていた。
放っておいても、問題ないかもしれない。
だが、二人は50年以上の人生経験則で知っていた、このまま放置しても、口で言っても、この手の手合いは絶対に解決しないと。
ここはフリーランスギルド、実力主義で、暴力を生業にした人間たちの集まりだ。全力を出す事もないが必要以上の能力の秘匿はむしろ下策だろう。
なら話は早い。名刺代わりに自分たちの暴力を見せつけ、無言で黙らせる。売られた喧嘩は買うが、無駄な喧嘩の芽は事前に摘む。それが干城と奈津希が出した答えだった。
約1時間に及ぶ身体強化を維持し続け激しい剣戟を交えながら、無詠唱の魔法で牽制や攻撃を織り交ぜる二人の子供の攻防。見ていたフリーランサー達は呆然と見ていた。
二人は模擬剣を元の位置に戻しながら話をする。
「こんなもんかな」
「久し振りに身体を思いっきり動かせからスッキリしたわ、運動不足だったのかしら?」
「そう言えば……そうだね」
「たまには模擬戦も良いものかも知れないわね」
干城と奈津希は、まるで週末にスポーツジムで汗を流したあとのような気楽さで歩き出す。
先程までの現実離れした激闘の疲労など微塵も見せず、楽しそうに談笑しながら訓練場の出口へと向かう二人の後ろ姿を、フリーランサー達はひと言も発する事なく見送っていた。
話しながら奈津希の前へ出てさり気なく向き直り、後ろ向きに歩く態勢でさっと観察したフリーランサーの横顔には、あれは下手に触れてはいけない存在だという恐怖がはっきりと刻まれている。どうやら名刺はしっかり届いたようだ、目的は達成したと思って良いだろう。
チラリと視線を向けると、ルヴィアスとリシーデルの二人もまた、複雑な表情でこちらを見ていた。彼らなら、今の戦闘が全力ではなく「見せ付ける為のパフォーマンス」であることを見抜いているだろう。




