40. 禁忌の存在
ネレイド伯爵の居城リグノス城の執務室では、白髪ながらも背筋を伸ばし美しい立ち姿の執事が、主への報告を行っていた。
「旦那様、レグラータが討伐された由にございます」
「そうか、遂にか。それでレグラータはギルドに納品されたのか? 雌の方はどうなっておる」
「それが……どうやら『討伐』扱いにはなっておりますが、番でテイムされたようでございます」
「テイムだと? 番で? 確かにこれまでの討伐戦で弱り切ってはいただろうが、まさかテイムとはな……」
「はい。ギルドとしては『脅威の排除』が完了したため、便宜上、討伐と見なしたとのことです」
「ふざけるな。あの白いレグラータは私の物だ。そのテイムしたというフリーランサーに、今すぐレグラータをこちらへ寄こせと言ってこい」
「畏まりました」
執事は恭しく一礼すると、静かに部屋を後にした。執事、ルーベン・ヴァン・ユグリスは、件のフリーランサーの所属と足取りを即座に調査。彼らが宿屋『フェルグカッツ』に滞在していることを突き止めると、主の命を果たすべく行動を開始する。
◇◇
二人がくつろぐ客室に、ノックの音が響いた。干城が首を傾げながらドアを開けると、そこには仕立ての良い衣服をまとい、背筋をしゃんと伸ばした白髪の男が佇んでいた。
「失礼いたします。私、領主ベルラーグ・ヴァン・ネレイド様の執事を務めております、ルーベン・ヴァン・ユグリスと申します。タテキ・アリハラ様と、ナツキ・ユウガ様でお間違いないでしょうか」
「はい、私がタテキ・アリハラで、あちらがナツキ・ユウガです」
「ご本人確認、ありがとうございます。本日は我が主、ベルラーグ様のご用向きで伺いました」
「そうですか。では中へどうぞ、お話をお伺いします」
干城はユグリスを部屋へ招き入れ、椅子を勧めた。奈津希は警戒を促すように窓を開けてベッドに腰掛け、干城はユグリスの対面に座る。
始まったユグリスの切り出しは、丁寧な口調ながらも「ヴァイスとユキを引き渡せ」という一方的かつ高圧的な要求だった。当然、干城も奈津希も容認できるはずがない。一時間ほど押し問答を続けたものの、干城たちに折れる気配が微塵もないため、ユグリスは一旦引き揚げることにした。
「どう言われようと、ヴァイスとユキを引き渡すことはできません」
「左様ですか。ご意思は分かりました。本日はこれにて失礼いたします」
「ええ。ですが、何度来られても応じるつもりはありませんよ。ヴァイスとユキは、私たちの家族なんですから」
「それも主人に伝えておきましょう。では、失礼いたします」
ユグリスが退室したドアを見ながら、干城は小さく息を吐いた。(この街の領主か……面倒くさそうな奴だな)
奈津希も不満げな声を漏らす。
「干城、どうする?」
「レノーラ見物は中止して、今すぐ宿を出てログマイヤに帰ろう。面倒な予感しかしない」
「そうね、相手はこの街の領主だし……そうしましょう!」
干城と奈津希には、召喚者に手を出した者に対して如何なる反撃をしようとも国は一切不干渉を貫く。と当時の殿下で今上陛下の言質も、その勅令の写しも持っている。やろうと思えばネレイド伯爵を殺しても国は一切不干渉だ。だからといって干城も奈津希も積極的に使う気はなかった。
二人は宿の女将に声をかけて早々にチェックアウトを済ませると、ログマイヤを目指してレノーラの街を後にした。ある程度街から離れて人目がなくなれば、身体強化の魔術を使って一気に走り抜ける算段だ。
「適当なところでバーチャルエリアに入ろうか」
「……そうもいかないみたいよ。向こう、何人か待ち構えてる」
街道の先には、数人の男たちがこれ見よがしに立ち塞がっていた。二人の姿を認めるや否や、街道の脇からぞろぞろと這い出てくる。
その目的は火を見るより明らかだったが、二人は気にした風もなく、そのまま男たちの方へと歩みを進めた。何も気づいていないかのように通り過ぎようとしたその瞬間、男たちの一人が鋭い声をかける。
「ちょっと待てよ、坊主に嬢ちゃん」
「何か用ですか?」
「何、大した用じゃねえさ。すぐ済む。――二頭のレグラータを置いていきな」
「お断りします。用件はそれだけですか?」
干城と奈津希は、男たちの雰囲気から「死臭」を感じ取っていた。ただの街の破落戸ではない。自分たちを「子供」と侮ってかかっている、本物の暗殺者だ。こちらの行動を予測して手を打っていたのか、あのユグリスという執事はなかなか有能なようだ。
すれ違いざま、暗殺者たちが一斉に襲いかかってきた。破落戸とは明らかに違う、互いの死角を補い合う連携。だが、二人にとっては、その一挙手一投足がスローモーションに映った。相手の狙いはレグラータの奪取。こちらを殺す気はなく、痛めつけて捕らえるつもりのようだ。(なら、こちらも殺す必要はないな。目には目をだ、遺恨のない相手に過度な報復は何も生まない)二人は瞬時にそう判断すると、襲い来る刃を紙一重でかわした。
合気道のような体術で相手の勢いをそのまま利用し、次々と投げ飛ばす。或いは地面に叩きつける。組み伏せ、流れるような動作で関節を外し、確実に無力化していった。
数分後――。街道には、ただの一度も反撃できず、呻き声をあげる男たちが転がっていた。干城と奈津希は一瞥もくれず、静かにその場を歩み去っていった。
◇◇
暗殺者が撃退された報を知り、ユグリスは驚愕した。相手はランクDとはいえ、まだ子供だった。見目が良く作法の心得もあったようだが、貴族の子女にあのような子供がいるとは聞いたことがない。だからこそ平民だと思い込んでいたのだ。
それが、差し向けた暗殺者8人を無力化したというのか。しかも、殺したのではない。こちらがレグラータを無傷で捕獲するために「殺すな」と命じた意図を汲み、あえて殺さなかったというのか? その底知れなさにユグリスはすぐにフリーランスギルドに赴き、タテキとナツキの来歴を調べた。職員に相応の礼金を握らせて分かった事実は、絶望ともいうべきものだった。
二人は数ヶ月前勇者として召喚され、前王、王太子、前宰相、そして数多の騎士や貴族を殺した、城の惨劇の張本人だったのだ。しかも、この異世界人に手を出した場合、彼らによる反撃の一切を国が容認するという勅令まで出ている。つまり反撃として街ごと潰す事が許される存在。
ユグリスは冷や汗が止まらなかった、正にこの二人は決して手を出してはならない禁忌の存在だった、今回は撃退だけで済んだが今後もそうとは限らない。速やかに旦那様へ報告し、レグラータは手の届かないところにあると説明して、これ以上の深追いを諦めるよう説得しなければならない。
ユグリスは足早にフリーランスギルドを後にし、逸る気持ちと共に主の居城に向けて馬車を急がせた。




