38. テイム……なんで?
重苦しい町の空気から意識を切り替えるように、干城は目的の廃坑へと向かう。廃坑はここから山へ向かう分かれ道を、右に進んだ先にある。緩やかな傾斜をさらに進むと、やがてぽっかりと口を開けた、廃坑らしき影が見えてきた。
「あそこかな?」
「そうみたいね、行ってみましょう」
山肌にポツンと空いた穴、人の手によって掘られた跡が自然の洞窟ではないと示していて、それなのに周りには小屋も何もない草木もまばらな場所だった。
「ここみたいだね、魔力探知して探ってみるよ」
「アタシは風魔法を送って、廃坑の構造を調べてみるわ」
魔力探知には二つの魔力が感じられた、奈津希は微風に魔力を薄く乗せて廃坑内に送った。
「二つの魔力があるね」
「こっちは、幾つか枝分かれがあるけど、真っ直ぐが一番奥みたい、抜け道はないわね、上下の分岐もなさそうね」
魔力探知に引っかかった反応は二つ。奥は塞がっており抜け道もない。掘る場所を間違えて放棄された廃坑だろうか。だが、今考えるべきことはそれじゃない。一当てしてみるか、と干城は思考を切り替えた。
「行ってみよう。一度やり合ってみないと、どんな奴かも分からないしね」
「分かったわ。防御は任せて」
坑道の中は一寸先も見えない闇だったが、テルモグラフの視界がそれを補う。多少の地熱はあるようだ。
しかし、干城は奇妙な違和感を覚えていた。魔力探知で感じる敵の位置がまったく変わらないのだ。向こうもこちらの探知に気づいている気配はある。接近していることは分かっているはずなのに、殺意も、害意も、迎撃の意思すら伝わってこない。ただ静かに、こちらを待っている。なぜ、こんな餌もない暗がりにいるのか。なぜ、黙って待っているのか。
「奈津希、なんかおかしくない? ここまで近づいて、なんで何も仕掛けてこないんだろう」
「そうね。魔物って本能か条件反射みたいに襲ってくるものなのに……なぜかしら」
慎重に歩みを進める。すぐそこに標的がいる。獣臭や血の匂いが漂っている。それでも襲ってこない。テルモグラフでは分からない「何か」があるのか危険を承知で、干城はライトを照射した。眩い光の中に浮かび上がったのは、予想だにしない光景だった。一頭の白いレグラータは妊娠しているようで、腹を庇うように横たわり満足に動けない状態だった。そして、それを庇うように前に立つもう一頭は、これまでの凄絶な戦いを物語るように、白い毛皮の身体は全身が乾いた血と傷だらけだったのだ。
その姿を見た瞬間、干城の脳裏に自分たちの姿が重なった。隣の奈津希に目をやると苦しげな表情をしている、干城も自分も同じような表情なのだろうと思った。自分の命よりも奈津希の命が大事だった。自分より少しでも長く生きてほしいと願っていた。その痛いほどの想いが、目の前の異形から痛烈に伝わってくる。干城は胸が締め付けられる思いと共にレグラータを討伐する気力は完全に消え失せていた。
「奈津希。あいつ、もうボロボロだ。傷を治してやってくれないか」
奈津希は頷き、傷だらけのレグラータに『ヒール』を掛けた。ここまで必死に雌を護り抜いたのだろう。あたたかな光に包まれ、深い傷がみるみる塞がっていく。ボロボロの毛皮も、いずれかつての艶を取り戻すだろう。
干城はライトの光量を薄暗い程度まで落として、自嘲を込めた口調で話した。
「やれやれ、今回の依頼は失敗か。まあ、こういうこともある。ロクに情報を集めないで受けた俺たちが悪かったな」
「そうね。でも悪い気はしないわ……ねえ、これ食べるかしら?」
奈津希は苦笑混じりに言いながら、インベントリからディア肉の塊を取り出し、二頭の前に差し出した。警戒を解いた二頭は勢いよく肉を貪り始める。
ふふ、と微笑んだ奈津希が追加でもう一つずつ肉を差し出すと、それも綺麗に平らげた。満腹になった二頭がゆっくりと近づいてくる。そして、雄が干城に、雌が奈津希にそっと身体を触れさせた瞬間、薄暗い洞窟内が淡い光に包まれた。
二人は目を見張った。それは極めて稀な、魔物側が明確に「付き従いたい」という意思を持った場合にのみ強制力を伴わず成立するテイムだった。従来の、痛めつけて屈服させるテイムが『命乞い』だとすれば、これは『親愛』の証明だ。
テイマーの能力には二つの系統が存在する。
ひとつは、属性を持たない無属性のテイマーだ。主に動物との信頼関係を築くことで成立し、その多くは馬をテイムして駅馬車や郵便馬車の馭者を職業としていた。その都度餌を与えなければならない手間もかかる——それが、これまでの干城の認識だった。もし自分たちがその程度の能力であれば、割り切って使っていたのかもしれない。干城も、そして恐らく奈津希も。
奈津希とステータスを確認し合った際、自分たちに「闇属性」のテイマーの素質があることは把握していた。しかし、今日までテイマーの能力を使う気には到底なれなかった。
闇属性のテイマーは魔物を対象とし、従魔を自身の「影の空間」へと収容できる。術者の魔力を共有することで本来は餌すら不要となり、必要に応じていつでも影から召喚が可能だ。だが、干城と奈津希の心理はこの「都合よく呼び出す」というシステムをどうしても容認できない。
この異世界に勝手に召喚され、人生を奪われた自分たちの理不尽な境遇を、どうしても重ね合わせてしまうからだ。だからこそ、二人ともテイマーなど最初から「死に職」だと割り切っていたのだった。
「えっ……? テイムが成立した……?」
「嘘でしょ? なんで、アタシはテイムのスキルなんて発動させてないわよ」
二人は慌てて二頭に語りかけた。縛るつもりはない、自由に生きていいんだ、と。人の言葉が本当に理解できているのかは分からない。しかし、二頭の瞳には、それでも二人について行きたいという確固たる意志と、深い安堵が宿っていた。
「困ったな、どうしよう」
「討伐にはならなかったけど……ギルドには『テイムして危険を排除した』って報告すれば、一応の解決にならないかしら? 干城ディベートなら簡単には負けないでしょ、ギルドがなんと言ってきても、いつもの理屈っぽさで押し返すのよ」
「理屈っぽさって、そう言われても……でもやるしかないか。その線しか勝ち筋が見えないし」
確かに、街への脅威は消えた。取り急ぎ、今はその方便で乗り切るしかないだろう。テイムが成立してしまった以上は家族だ、誰にも討伐などさせない。二頭を優しく影の空間へと誘い、眠りについたのを確認した二人は、複雑な苦笑いを浮かべながら廃坑を後にし、ギルドへと向かった。干城はどう言われたらどう返すかというシミュレーションを頭の中で始めていた。




