37. エスラの町
翌朝は早めに出発した。奈津希はバーチャルエリアに残り料理を作る。昼食には戻るがそれまで走り、人が居ない時はスピードを上げて走ったりした。
太陽も真上かなという頃、周りに魔力探知や目視で人が居ない事を確認してバーチャルエリアに入る。
「ごはん出来てるわよ、それとも冷えたお茶飲む?」
「冷えたお茶? 先にそれを貰うよ」
「ちょっと待ってて……はいどうぞ」
「ありがとう、冷たいのに甘みを感じるね、どうやってるのこれ?」
「氷抽出の冷煎茶よ」
「氷抽出?」
「容器に氷を入れて、そこに茶葉を入れるの、あとは氷が溶けるのを待つだけよ」
「時間は掛かりそうだけど美味しいよ、料理は進んでる?」
「それが幾つかはつい調味料使っちゃったから、持ち出せなくなったわ、だから今はここの調味料を他の場所に移したの」
「そりゃ、ついやってしまいそうだ。それじゃ昼飯をいただくよ」
昼食を済ませ、一休みしてからバーチャルエリアを出て、再び走り出した。途中スピードを上げたりしたせいか、レノーラが見えてきた。このまま行けば街に入れるが、慌てなくて良いだろうと今日はバーチャルエリアに入る事にする。
「おかえり、早かったわね?」
「うん、それがレノーラに着きそうになったから、少し手前で今日は止めた」
「距離を見誤った? それともアンタが張り切った?」
「ちょっと張り切りました」
「じゃあ明日は朝からレノーラに入りましょう」
「良いの?」
「良いも悪いも、元々予定どおりじゃない、寧ろ料理が予定外にできたわ」
「じゃあ、そういう事でお願いします」
いつもより少し早く風呂に入り、夕食を済ませ、料理の話や他愛もない話をして、その日は寝ることにした、翌朝バーチャルエリアを出て、歩きながらレノーラに向かい、街門が開くタイミングくらいで街に入った、ギルドは西門にあるようでそちらに向かう。
ギルドに着くと、Dランクのレグラータ討伐の依頼票はまだ残っていた。受付に出して無事に受注を済ませ、廃坑の場所を確認してギルドをあとにする。
「奈津希、どうする? 先に廃坑に行ってみる、それとも街をブラついて明日廃坑に行く?」
「まだ午前中だし先に廃坑に行ってみましょ。片付けるなら早い方がいいわ。街を見るのはそれからでも良いんじゃないかしら」
奈津希の言葉に頷き、鉱山に向かって歩き出す。
ここレノーラは「鉱山の街」と呼ばれる、ネレイド伯爵領の都市だ。人口6万人を誇るが、街自体は麓の平地に広がっており、実際の鉱山は山を少し登った場所にある。
街から鉱山までは約6キロ。普段なら身体強化を用いて20分かからずにで移動できる距離だが、今は目立つわけにはいかない。12歳の子どもの短い歩幅でトコトコと歩いた結果、結局2時間ほど掛かってしまった。
道中は木も生えていない乾いた風景が続く。なぜこの辺りはこんなに景色が違うんだろうと、気になって道から外れて土魔法で地面を掘ってみると石膏が出てきた。それを空間収納にしまいながら、石膏が出てるくる乾いた地面。考えを巡らせて干城は昔ここは塩湖だったんだろうかと、この地の昔の風景に思いを馳せる。
(……しみじみ思うけど、1時間20キロメートルのペースで身体強化を使った移動って、やっぱり出鱈目だったんだな)
自分の足の遅さに、改めてチート能力の凄まじさを実感させられた。
やがて見えてきた鉱夫の町「エスラ」は、お世辞にも華やかとは言えなかった。防壁はなく、道は石畳ではなく土を均しただけ。掘っ建て小屋とまではいかないまでも、画一的で簡素な家々が建ち並んでいる。建物を見る限り、町を管理する代官の駐在所のようなものはなさそうだ。町長あたりが形だけの管理をしているのだろうか。
多数の鉱夫が住む場所だけあってそれなりの人口はあるはずだが、商店は数軒あるきり。まるで帰るべき場所を失った人々が流れ着き、寄り集まって一塊になったかのような、そんな寂れた光景だった。
「ここがエスラか。町っていうより、本当に生活を維持するためだけに作られた居住地区って感じだね。買い物ができる狭い範囲だけど、見ようによっては西部劇に出てくる町みたいな感じかな、そこから外れると集落みたいだ」
「そうね。人口は多そうだけど宿は見当たらないし、商店も数件。その代わりに酒場だけはボチボチあるのね。生活必需品以外はレノーラの街で買えってことかしら。良い意味で捉えるなら、機能の集約型?」
人の姿はある。子供達の姿も見掛ける、だが溌溂と走り回っている訳でも、笑い声も聞こえない。家には洗濯物が干され、生活感自体はあるはずなのに、どうにも活気が感じられない。普通の住宅街なら漂っているはずの、庭の花の匂いや街路樹の青臭さ。商店から響く威勢の良い掛け声や、行き交う人々の賑やかな喧騒。そういった「生活の彩り」が、この町には決定的に欠落していた。人口は少なくても村の方が人が生きる場所としてはマシと思える。
通り過ぎる人々は、何が楽しいわけでもなく、ただ今日を生き延びるために淡々と働いているように見える。そう気づいた瞬間、ハッとした。他人から見た自分も今の彼らのように映っていたのだろうか? この国に召喚され、この世界に大した興味を持つことができないまま、心の奥底ではただ食い繋ぐためだけにフリーランサーをやっている自分。その空虚な姿が、エスラの町並みにぴたりと重なった。
「鉱夫の町ってどこもこんな感じなのかな。なんか、ある意味、収容所か開拓地の居住地に見えるよ。いや、開拓地だったらもっと明日への勢いがあるか」
奈津希が少し冷ややかな視線をレノーラの街の方へと向けた。
「領主のスタンス次第じゃないかしら? ここの領主は『お前たちは鉱山で効率よく働くための歯車だ』ってそう言いたいのかもね。この町を見ていると、ラノベだと領主は代々能無し貴族がテンプレって、そんな邪推をしたくなるわ」
鉱夫の町エスラ。ただ働いて寝る為に存在する居留地のような町に。干城は自分自身にお前も同じようなものだと突きつけられているような苦い気分になりながら、町をあとにして廃坑に向かって歩き始める。




